禁断の果実
さようなら
持病の薬や頓服薬の量を手に取って、皮肉にも嗤った。
分かっている
この量じゃ死ねない事を。医師から処方された身体の痛みを誤魔化す、ギリギリの摂取量の痛み止め。調べれば劇薬だった。
「この薬で効かなかったら段階踏んで別の薬だすから。」
片道二時間、私にとって今は遠すぎる距離の運転。電車だと行けないから、必然的に車移動だ。
段階踏んでと言う医師は悪くない。悪くなってるのは私の身体だ。
この薬、長年飲んでるので効かないですよ。私の言葉は笑われてしまった。
「流石にこの量を毎食後に飲んだ事ないだろうから、やってみましょう。今まで処方されてたものとは段違いですから。
まあ日常生活送るのもキツイのは診断結果や症状みてわかるけどね。
分かっていると思うけど、この薬の頓服は呑まないでね。」
嗚呼、また私の別の持病で軽視されたのかな。この劇薬よりも更に強いのは、持病の担当医と話さないと専門外で対応できないと言われた。
医師を前に言葉を失ったのは、これで何度目だろう。
いつも羞恥心で、自分が情けなくなる。
もし私を蝕んでいる持病が無ければ、もっと検査してくれましたか?
私の前で内緒話するみたいに、声を顰める医師達をぼーとみていた。
半身に軽度な麻痺と痛みからくる頭痛や目眩で虚な私を一瞥して、
「あーここ変形してるから、軟骨の可能性あるけど持病あるし、暫く通ってもらいましょう」
し、ば、ら、く
私の虚な頭に響いた言葉が、鉛のような重さで流れ込んできた。
二週間に一度しか、専門医の貴方は診れないじゃない。
ここにくるまでに、様々な事があったのに。
一縷の望みに縋って、傷みに耐えてここまで過ごしてきた。
浅い呼吸と身体の軋みに耐えて、懇願するしかなかった。
「お願いです。段階をといっても、現状誰も頼れなくて通院もキツいです。何とか他に検査残ってるなら、やって頂けませんか?
薬も診断書必要なら、持病を診てくださってる先生方に書いて頂いて、次に持ってきます。このままだと生活が出来ません」
掠れた声を発する喉が痛んだ。
元々患っていたものが、変形という形で悪化した。医師からしてみれば、何てこと無いのだろう。
医師の段階を踏んでというのも、分かっている。ただもう限界なんだ。今回の患いで更に夢や希望を失った事で、私の精神は磨耗した。
「お願いです」
骨専門医は私を一瞥して、「この方に説明してあげて」ともう一人の医師に振って他の患者の元へ行ってしまった。
県内で大きな手術を一手に引き受ける大学病院だ。忙しい上に抱えてる患者数も多い、分かっている。分かっているけど、悔しくて歯を食いしばってしまった。
顎から頭蓋骨、肩甲骨、背骨を伝って痛みが走って息を呑んだ。
私の様子に、悲しげに眉を顰めて「段階を踏みましょう」処置室で横になるように案内された。
どうして
私はいつもこうなるのだろう。
軽視されるくらいの症状なら、この身体は動いてくれて良いじゃないか。
動かなくても鈍痛がして、動けば雷に打たれたかのように激痛が身体を走る。
できない事が増えて、諦めて、次のできる事に目を向けて、伸ばして抗って生きてきたのに。
軽視されてないというなら、簡単に言わないで欲しい。
結局は私の持病があるから、迂闊に進められないのでしょう?
これ以上、薬が増えたら大変ですもんね。
薬の相性があるのは、長年この身体を生かしてるんだもの、分かっている。
分かっていても生活に支障きたしたコレは、私に「生きる」事をやめたいと希死念慮を駆り立てるには十分だった。
診断を受けて、二週間。
劇薬と言われるギリギリの摂取量を飲み続けて、少し痛みは減ったが動けば傷んだ。
左半身の手に軽い痺れが残っている。これでは仕事ができない。
顎をやられているから、声の仕事も論外だ。食事も人と話す事もままならないから、本当に厭になる。
一人だとままならないから、持病の一つである担当医から入院を勧められたのは大学病院の翌週。
でも今週になって、骨からくる偏頭痛と痛みの対応が難しいと言われ、もし少しでも動けるなら自宅療養して欲しいと言われた。
それはそうだ。偏頭痛の症状が重く、光も音も全て遮断して投薬しないと、痛みに蝕まれるのだから。
相部屋でもいいけれど、緊急時は一人にならないと辛いものがある。
それに対人緊張から、酷いと対人恐怖症まで現れるのだから救いようがない。
だからといって、長期入院を個室は家計的に厳しい。
元々主治医は持病の入院に反対だったから、少しでも落ち着いたならこれ幸いと思うだろうな。分かっていた事だけど、流石に色々と諦めて調整した私の覚悟は宙に浮いた。
週に三回は訪問看護師が様子見で一時間弱の訪問する、買い物ヘルパーも週に一度は買い物代行で来てくれている。
それなら私が日常を一人過ごせるなら、自宅が一番の病院なんだろう。
その療養中に感情のコントロールが効かなくなって、衝動が抑え込めなくなった。
頭の中で医師たちとのやり取りが浮かんでは胸を痛め付けて、自己嫌悪と自責の念が思考を攻め立てた。
加えて身体の痛みも【劇薬】が効いていても、長年の患いで耐性ついているのだから気休め程度にしかならない。
感情をそのままに、終焉の準備でもしているのか、私は生きる希望であったものたちを手放した。
選択した。これでいい。そう思うのに、反動の衝動を抑えきれずに、鬱々とした事を書き連ねて、頭の整理をしている。
愚かな馬鹿は独り嗤うことで、涙が止まりますようにと指を動かした。
いっそ、本当に、皆んなの記憶から私という存在が消え去って、忘れてくれないかな。
そう思うのに、こうして感情を、想いを、文として認めて「私は生きていた。」という反比例する葛藤を遺しているんだから、本当に愚か者だと呆れてしまう。
手の中の新たに加わった劇薬、持病の薬たちが早く飲め。と眺めている私に言っているようで笑った。
飲むから、急かすな
じゃらりと音を立てて、大きく呑み込んだ。
不謹慎だが、この量を飲んでも死なないんだから、多量する行為で自ら選ぶ人達は何錠飲んでいるのか不思議だ。
薬が効く時間や効能はものによるが、早くて三十分遅くて一時間程度。薬の効能も長年飲んでいれば、効いてきた時の症状で分かってしまうので行動はしやすい。
これ以上飲んだら、下手な飲酒よりも危ないのは分かっている。
過剰摂取してしまったら、薬を出してもらえない。が、暫くしても痛みが酷い場合は、もう諦めたように追加で呑むしかない。
そんなに遠くない未来、私は腎臓と肝臓やられるだろうな。独り微笑った。
良いじゃない、痛みを超えてそのまま逝けるなら幸せだ。
でもきっと緩やかな死からの激痛なのだろう。私にとって痛みが更に増えるだけで麻痺している。
ふと今まで見送ってきた故人の闘病していた姿を思い出した。
痛みに悶えて、夜も眠れない苦しさ、発作を起こし昏睡して病院や自宅で療養、生きる事に消耗していた余生の中でも、私を見る目は温かかった。
「貴方の夢が叶うのをもっとみたかった」
私を誰よりも応援してくれていた祖母と知人の言葉を反芻して、追加の頓服薬を口に放り込んだ。
幼少期から人生色々あった。この身体も環境もままならないのが、私の人生だった。
そこに終焉に王手をかけるものが手に入っただけだ。それも合法的なものだから、服用も咎められない。
禁断の果実は甘いときくが、実際は口の中に苦さを残して体内に溶け込む。
故人が私を通してみた夢、私が叶えるであろう可能性は多少叶えたよ。故人が生きている内に、間に合わなかったのが心残りだが。
私は少しの間、楽園で光の中に居ることができたよ。故人たちへの土産話にはいいかと思い出して、懐かしんだ。
薬が効いてきた身体は、思考を単純にさせる。
生きたいと望むものから、私は距離を取って手放した。その現実を体内で溶けて馴染んでいく薬みたいに、じわじわと受け入れていった。
生きたいと望む想いを手放した。それが虚になった私の応えだ。
選んだ現実も薬と共に呑み込んで、悲観に暮れるのはやめよう。
私は大切な人に傷を遺す、加害者になるのだから。
全て忘れて欲しい。そうすれば、貴方の負担にならないし、貴方は悪くない。誰も悪くない。悲しまないで欲しい。
私は最悪を独り抱えて堕ちていきたい。
薬で朦朧としてきた世界に、
さようなら
独り笑った。
摂取量を僅かに超えた薬は毒となって、私の未来を徐々に減らしてくれる。そう願って、このまま起きなければいいのにと、彼が、大切な人達が愛してくれた私の顔に触れた。
上手く笑えていますか?
さようなら
私の愛すべき劇薬。終焉へ導く禁断の果実は虚な夢を魅せてくれる。
さようなら
人知れず消えてとけていった。
患い 鳴深弁 @kaidanrenb0ben
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