2022/12/20

「ヒナタ、お出かけの準備できた?」

「うん!」


 子供と大人のようなやり取り。だが、これは成人もとうに過ぎたれっきとした大の大人同士の会話だ。傍から見れば、どんなイチャ付き方だとゾッとする人が殆どだろう。


 しょうがないじゃないか、片方の大人の中身が五歳児以下になってしまったのだから。


 ヒナタに暴力を振るってしまったあの時、偶然にもヒナタのスマホに掛かってきた着信はヒナタの叔母からのものだった。

 ヒナタの叔母からは、定期的にメールでの連絡が着ていた。勿論、同棲してからそのメール返していたのは全部自分だったが。

 だが、どんなにヒナタのかつての文章を真似ても、まるで問題がないように振る舞っても、違和感というものは滲み出てきてしまうものらしい。その端々の違和感の積み重ねが、ヒナタの叔母を行動させた。

 結果として、叔母さんの行動はヒナタを、そして自分を救うこととなる。その日の深夜、泣き疲れて毛布に丸まったヒナタの横で、不在着信になったコールに折り返した。


 そして、全てを打ち明けた。


 叔母さんは只々黙って、時折頷いて、嗚咽で途中が詰まっても、聞いてくれた。全てを話し終えた後、叔母さんは「明日のお昼間まではどうか持ちこたえて欲しい」とだけ告げて電話は切れた。

 次の日の正午になる前に、玄関のチャイムが鳴った。鉛のような体を引き摺って、三つ掛かった鍵を解除し、扉を開ける。

 姪っ子のボロボロになった恋人を見て、叔母さんは多少なりとも驚いてはいた。そして、すっとそのボロボロの手を取り、握り締めて言った。「よく頑張ったね」と。

 殴られて、罵倒されて、二度と姪に近づくなと言われる方がどれだけ良かっただろうか。

 只々只々泣いた。その場にうずくまって昨日のヒナタのように、子どもの様に泣いた。

 死ぬまで、この事を忘れることはないんだろう。




 ヒナタが北海道へ帰るまでの準備は、あれよあれよという間に進んだ。そして次の年を待たずに横浜から離れることも、律儀に叔母さんから教えてもらった。

 今日はヒナタが横浜に居られる最後の日だ。そんな最後の日を自分なんかと過ごさせていいのか、とつい玄関で叔母さんに聞いてしまった。

「グズグズなその恋人関係をどうにかしてきなさい」

 困ったような慈しむようなそんな顔で見送られる。その言葉を噛み締める様に「はい」と返事を絞り出した。ヒナタの手を引いて、あのアーケード街に向かおう。




 立つ鳥、跡を濁さず。ヒナタはこの街の事を綺麗さっぱり忘れて立つ。では、ヒナタから立つ鳥としての自分はどうするべきなのだろうか。

 考えながら歩いていれば、またあの大きな書店の前。ついでに鳥もいる。……ミミズクって渡り鳥だったっけか?

「とりさん!」

 ヒナタが無邪気にぬいぐるみの方へ駆け寄る。目を引かれるのは変わらないらしい。

「それはブッコローっていうこの本屋さんの鳥さんだよ」

 ぶっこ……? ヒナタは首をかしげる。そうブッコローと、もう一度伝える。ぶっころー……ヒナタはたどたどしくその名前を繰り返す。

「その鳥さんが好きな人の事をゆーりんちーっていうんだよ」

 ちょっと語弊はあるが、まぁ概ねそんなもんでいいだろう。するとヒナタは、ぬいぐるみをずいっと顔の前に出し、ハルはブッコロー好き? と聞いてきた。まぁ、好きな方ではあると思うと答えれば、ヒナタはニカっと笑った。

「じゃあ、ヒナタとハルもゆーりんちー!」




「……ヒナタはブッコロー好きなんだね」


「うん! ブッコローすっごくかわいい!」

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立つ鳥よ コウモリ障子 @kaijinkoumori

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