毎日小説No.11 野球チート

五月雨前線

1話完結

   

 俺の名前は鎌ヶ谷物二郎。プロ野球選手だ。


 小学1年生の頃から野球を始めて以来、生活の全てを野球に捧げてきた。野球をしている時が一番幸せだった。ホームランを打った時の爽快感。チームが勝利した時の喜び。年齢が上がっていくにつれて、もっと野球をしたい、野球が上手くなりたいという気持ちが強くなっていった。


 中学でそこそこの結果を出した俺は、地方の強豪校へ進学した。そこで俺は努力を重ね、チームは3年連続で甲子園に出場。俺は4番バッターとして打席に立ち続け、輝かしい成績を収めた。俺の活躍はスカウトの目に留まり、高校卒業後プロデビューを果たしたのだった。


 入団した球団は茨城アルティメットハルクローズ。茨城に拠点を置く球団だ。プロデビューから14年、俺はハルクローズ一筋で戦い続けた。本塁打王をとった。首位打者にも輝いた。三冠王になったこともある。年を重ねるたびに野球の面白さに目覚めていった。もっと、もっと野球がしたい。ハルクローズのために戦い続けたい。そう意気込み、プロ15年目のシーズンに向けて準備を重ねていた時。球団の上層部から電話がかかってきた。


「物二郎君、次結果出さないとクビだから」


「なぬ!?」


***

「クビってどういうことだ!」


 電話を受けた翌日、俺は球団の本部へかちこみに行った。球団の職員は軽蔑したような表情を浮かべ、「言葉の通りですけど」と返す。


「俺は……俺は鎌ヶ谷物二郎だぞ! ハルクローズを代表する4番打者だぞっ!」


「昨シーズンの成績、覚えてないんですか?」


「ぐっ……」


「打率1割5部2厘。ホームラン1本。これのどこが『球団を代表する4番打者』なのでしょうか?」


「ぐぬぬぬ……」


「結果が出なければクビ。それがプロの世界です。次のシーズンの活躍に期待しています」


 お引き取りを、と職員は出口の方を手で示した。何か言い返してやりたかったが、職員の言っていることが正しい。俺はおとなしく本部を後にした。



 ……俺の野球人生、ここで終わっちゃうのかな。



 年齢は32歳。常識的に考えれば、プロ野球選手としての潮時は近い。だが、野球に対する情熱は誰よりも持っているという自負がある。しかし、情熱だけじゃいい成績は出ないんだよなぁ……。


「あの……」


 若手に打撃のアドバイスを求めるか? いや、しかし流石にそれはプライドが……。


「あの!」


「ん?」


 考え事をするあまり、声をかけられていることに気付かなかったらしい。振り向くと、白衣を着た見知らぬ中年の男性が佇んでいた。


「初めまして、人体力学研究所の黙村と申します。プロ野球選手の鎌ヶ谷物次郎選手ですよね?」


「ええ、まあ……」


「成績が伸びなくて悩んでいるようですね。私でよければ力を貸すことが出来ますが、いかがでしょうか?」


「……はい?」


***

 謎の人物の言葉など信じるべきではないとは思うが、「力を貸せる」という黙村の言葉が気になって仕方がなかった。結局俺は黙村に協力を要請した。すると黙村は大いに喜び、都内の郊外に位置する怪しげな研究施設に案内してくれた。


「ここでは人体力学についての研究を行っています」


「人体力学……?」


「より効率のいい体の動かし方や体の可動域、及び人間の身体能力の限界について調べています。研究領域の都合上スポーツの動きを研究する機会が多々ありまして、その影響から鎌ヶ谷さんに声をかけさせていただいたというわけです」


 黙村に手で示され、俺は施設の中に足を踏み入れた。広々とした施設の中には様々な機械に加えて、サッカーボールや野球のバットといったスポーツの道具が大量に置かれていた。


「えーと……とにかく打率と本塁打を伸ばすバットは……よし、これがいいでしょう」


 黙村は何百本とあるバットの中から真っ黒なバットを取り出し、俺に見せた。


「えっと、力を貸す、ということはすなわちバットをくれるということですか?」


「勿論です」


「お気持ちは嬉しいんですが、バットは10本以上持ってるんですよね」


「その10本以上持っているバットで打てないから困っているのでしょう?」


「そ、それはそうですが……」


「このバットには、最新鋭の小型カメラや動作センサー、及び超高性能のモーターやCPUメモリが内蔵されています。このバットを持って打席に立つだけで、勝手にバットが打ってくれる。結果成績が良くなる、というまさに魔法のバットなのです」


 自信満々に話す黙村を見て、俺は「力を貸す」という言葉の真意をようやく理解した。


「い、イカサマのバットを使えっていうのか!?」


「はい。それ以外に成績を上向かせる方法はありますか?」


「ぐっ……」


「絶対にバレないから大丈夫です。料金は前払いで2000万円です。今まで散々稼いできたし、このバットを使って成績を伸ばせば年棒もまた上がりますよ? 安い買い物だと思うのですが」


***

「打ったぁぁぁ!!!! 鎌ヶ谷、今季78号目ぇぇぇ!!!!」


 実況が絶叫し、応援に駆けつけたファンが狂喜乱舞する。異様な熱気に包まれるスタジアムの中で、俺はゆっくりとダイヤモンドを一周した。


 ああ、最高の気分だ。


 結局俺はあの提案に乗ってしまったのだが、今思えばその判断は大正解だった。黙村の作ったバットは超超高性能で、構えるだけで勝手にバットが動き、安打や本塁打を量産してくれるのである。まさにチートだ。バットの力で安打や本塁打を打つたび、俺は自分が誇らしくなった。チートの道具を使っていることをすっかり棚に上げて、優越感に浸っていたのだ。


 これで本塁打は78本、打率は4割2部5厘。打者三冠は確定だろう。年棒どれだけ上がるかな〜と思いを馳せながらホームを踏み、仲間とハイタッチを交わす。そこで俺は違和感に気づいた。俺がホームランを打ってめでたいはずなのに、監督、そして選手の顔が険しい。加えてベンチに見知らぬ人物が数人いる。スーツを着ていることからして野球関係者ではなさそうだ。そしてその人物が手にしているのは、先程俺が投げ捨てたバッド。


あ、まずいかも。


「おい、鎌ヶ谷のこのバット! 普通のバットじゃないぞ! イカサマだ! チートだ!!!」


 スーツを着た人物が発した怒号が響きわたり、それは球場全体に広がっていった。全方向から向けられる冷たい視線、とめどなく聞こえるシャッターの音。そして浴びせられる罵声。


 俺の野球人生が終わりを告げた瞬間だった。


***

〜2年後〜

「初めまして、人体力学研究所の黙村と申します。プロ野球選手の八ヶ岳雄二選手ですよね?」


「え、ええ」


「成績が伸びなくて悩んでいるようですね。私でよければ力を貸すことが出来ますが、いかがでしょうか?」


「え……?」



 歴史は繰り返される。プロ野球が続く限り、永遠に。




                      完

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