父と

東雲そわ

第1話

 家業が休みの日は、父と外食をする事が多くなった。親子揃ってハンバーグが好物という事もあり、初老と壮年の男二人が毎週のようにランチタイムで賑わう地元のレストランに通っている。


「ご飯おかわり無料だからな、いっぱい食べろ」


 席に着くなり、父は毎回のようにそう口にする。口下手の息子に気を使い、何か言葉にできるものを見つけては、それに縋るように話しを続け、沈黙を遠ざけようとしてくれているのだ。

 父の気遣いに対し、こちらも何か話題を振らねばと考えを巡らせるものの、ろくな話題が見つからず、調子のいい相槌を打つばかりで、ともすればスマホの画面に視線を逸らしては、不用意な沈黙を招いてしまう。愚息の極みだ。

 父との仲は決して悪いわけではない。ただ、仲が良いかと問われれば、それを肯定できる程の自信はなかった。性格が真逆の人間。本来であれば生きていく上で相容れてはいけないと思える程に正反対の人間なのだ。ぶつかり合い、いがみ合い、互いに存在そのものまで否定できてしまえるような人間が、決して切れない親子という関係で存在してしまっている。現にその関係は、殺意も含めたあらゆる感情を父に向ける程に破綻していた時期もある。


「ジャンボハンバーグのお客様」

「はいはい」


 湯気の向こうで笑顔を作る店員が、父の前に鉄板を置く。

 父の注文は毎回決まっていて、三百グラムもあるジャンボハンバーグだ。ライスはおかわりも含め米粒一つ残さず食べるというのに、付け合わせのコーンは「食べるのが面倒」という理由でいつも残している。

 自分の前に置かれた鉄板には、父の物より一回り小さい二百グラムのハンバーグ。自分よりも背の低い父だが、身体つきは今も衰えを知らずがっしりしているので、食べる量も多かった。

 食事が始まれば互いに自然と無口になる。味の感想すら言葉にしない。会話もせずに黙々と食べる様は、端から見ればおかしな光景に見えるのかもしれないが、それでも別に構わなかった。それが今もまだ父と共有できる数少ない時間なのだ。

 崩れ落ちた中から見つけた、まだ温かさを残す小さな欠片。どんなに些細で子供じみた事でも、今はそれを壊さないよう大切にしたい。


「ご飯、おかわりするか?」


 見れば、食べるペースが速い父のライスは米粒一つ残さず無くなっていた。

 ランチタイムで賑わう店内を忙しなく歩く店員を、父の視線が追いかけている。

 慌てて、まだ半分近く残っていた自分のライスを掻き込むと、妙なところで恥ずかしがり屋の父の代わりに、いつものようにライスのおかわりを頼むのだった。

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