休暇用レコード41:冬月彼方編「彼方で紡ぎし可能性と、春の夜」
世界を救えたあの日
彼女から、一年の記憶が抜け落ちたことがわかった
「夜兄さん、僕は反対だよ」
「せっかくあいつと思いが通じたんだろ」
「もう「冬夜」に戻る必要なんてないと思うぞ」
「一年前の彼方にとって、僕は冬夜だから。少しでも変化が少ないほうが・・・彼女も安心するだろうから。わかってよ。蛍、幸雪、雅文」
長くしてもらった髪を一つに纏め、かつてのようにお揃いのリボンで飾る
夜として執事をやめてから、袖を通すことは二度とないなと考えて直しこんだ執事服をもう一度着込んで、完成
「・・・そんな苦しそうな顔で言われても」
「「わかったよ」なんて言えるほど、俺たちも腐っちゃいない」
「お前はありのままでいいんだよ、夜・・・」
拓真と朔也、巴衛の声を無視して、僕は春岡夜ではなく、早瀬冬夜として廊下を歩く
そして・・・彼女が静養する部屋へ立ち入る
「・・・冬夜?」
「うん。ごめんね、待たせて。具合はどう?彼方ちゃん」
「本調子ではないわ。それに、ここには見ず知らずの人ばかりで、不安で」
「大丈夫。もう不安なことはないよ。後は全部任せてね」
青と紫が綺麗に混ざりあった目を潤ませた彼女を抱きしめる
僕としても、まだ回復しきれていないから休んでいたい
それでも僕は執事として、彼女の側に居続ける
大好きな君を、守るために
・・
私の家は、世界を救う役割を持つ家だった
だった、と過去形にしているのはもう既に救った後だから
実感は・・・ないけれど
「・・・」
「彼方ちゃん、どうしたの?」
「ねえ冬夜」
「何かな?」
部屋の窓を吹いていた
彼は私の幼馴染兼執事
小さい頃からずっと一緒に過ごして来た彼とは、何もかも気兼ねなく話せる仲だと思っている
こうして、込み入った相談も彼だからできる
「私、本当に春岡夜を見つけて、世界を一緒に救ったのよね?」
「う、うん・・・そうだよ」
少しだけ、歯切れが悪い
冬夜はいつも私の婚約者の話になると気まずそうに顔を顰めていたわね
「彼を見つけて、共に終末を壊した。そして今・・・この時間が続けられている」
「そうね」
「でも、君は・・・この一年の記憶を失ってしまった」
「みたいね」
「戻る気配、ありそう?」
「わからないわ。けれど、その日を待ってはいられないわ」
「・・・そうだね。今度は世界のためじゃなくて、冬月家を支えるために」
「けれど私、異性で付き合いがあるの、貴方と蛍ぐらいでしょう?」
「後は、時間旅行で一緒だった・・・」
「あの五人?」
「うん」
「そうね・・・皆さん私のことを心配して、今でも様子を見に来てくれるのよね」
そりゃあ、あの五人の人生を軽く救っているからね・・・なんて重いことは言わないようにしておこう
「なら、少しは期待してもいいかもしれないわね」
「それは?」
彼方が取り出したのは、不思議な道具
天球儀みたいなものだけれど、なぜこのタイミングで?
「「アーミラリ天球儀」・・・お母様が遺してくれた魔法のお守りを、蛍と朝比奈さんが直してくれたものよ。時間経過で部品が壊れていたり、錆びていたりしていたみたいだから・・・きちんと動くようにしてもらったの」
「へえ・・・どんな道具なの?」
「今生きている世界線とは別のパラレル世界を調べられる魔法具と聞いているわ」
「うんうん。なるほど。で、これで何をするの?」
「これで最善の未来を探して、伴侶を見つけるわよ、冬夜」
「・・・」
「どうかしたの、冬夜。凄くしんどそうな顔をして・・・具合でも悪いの?」
「い、いや・・・なんでもない」
箱に収められたそれを机に置く
すると冬夜の表情がますます青ざめて、今にでも吐きそうな状態になっていた
「か、彼方ちゃん・・・?」
「善は急げともいうでしょう?」
「いや今でなくてもいいんじゃないのかな・・・?」
「せっかくなのだから、冬夜も来なさい」
「なぜ!?」
「だって、私の夫よ?貴方も仕えるのよ?」
「ああああああああああああああああっ!?」
彼らしからぬ大きな声と共に、冬夜は床へ蹲る
「そ、そこまで悲痛な声を出さなくていいじゃない・・・なんなの?私に結婚してほしくないの?」
「一生支えるから結婚しないで・・・?」
「わがまま言わない」
「・・・」
「しょぼくれた顔もしない」
「だめ?」
庇護欲をそそられる表情は、冬夜の十八番
昔からこうだ。泣き虫で、困ったことがあると涙目でこちらに訴えかけてくる
この小動物、よくここまで無事に生きていられたわね
でも、言うことは聞いてあげたいけれど、聞いてあげられない
これは冬月家に必要なことだから
「ごめんね、冬夜。流石にできないわ」
私も自由の身であれば独身を貫いて、貴方と蛍と愉快に暮らそうと考えることもできるのだけれど・・・
私は残念ながら「終刻の冬月」・・・終わりを司る家の当主
そして、数多の人間に支えられている「冬月財閥」その総帥としての役割がある
能力を繋ぐこと、財閥のさらなる発展を・・・私は得なければならない
「お父様からは私の独断で決めていいと言われているわ。できれば春岡夜がいいそうだけど」
「うんうん。その方が」
「会ったこともない男と結婚なんて、死んでもごめんよ」
「・・・」
「だからね、冬夜。できれば私が一度でも会ったことのある人から伴侶を選びたいの。できれば貴方の意見も交えてね」
「・・・まあ、それなら」
「じゃ、早速一人目に行ってみましょうか」
天球儀を起動して、私と冬夜は可能性の先へと進んでいく
別世界の
不安で胃を抑えている冬夜には申し訳ないけれど
私は少し、楽しみだったりする
・・
目を開けた先には、最初の世界
どうやらこの道具、私視点ではなくて傍観者立ち位置で世界を見る道具らしい
天球儀を抱いた私は、冬夜が手を引いてくれた先へと進む
どうやらここはマンションの一室のようだ
こういう状況に慣れているかのように歩く彼が連れて行ってくれた先には、目が赤くなっている私がソファに座っていた
側には・・・永海市長の秘書見習いを務めている人物
「彼方」
「雅文。どうしたの?」
代々行政関係者を排出している家系の出身。父親は現永海市長
冬夜の話だと、銃火器の扱いに長けていて、非日常で生きていた割には常識人らしい
「見てくれ、これ」
「あ、この前話してくれていた「あれ」?」
「そうそう。遂に出ました!」
ふわふわの白兎と黒兎が書かれた子供向け絵本
彼は幼少期に誘拐されて・・・誘拐先で育てられた過去を持つ
銃火器の扱いは、育ての父親に学んだそうだ
そんな彼は家族の記憶に縋りながら、解放される日を待っていた
絵を書くことが趣味だと教えてくれた、幼い妹と・・・もうすぐ産まれる妹を喜ばせるためにずっと練習していたそうだ
そこから、絵本作家になるのが夢になったと言っていた
「貴方の絵本。出版されたのね」
「ああ。はい、最初の一冊は彼方にプレゼント」
「ありがとう。ところで、これはどんなお話?」
「互いが互いを救うために、神様に色々な物を差し出したうさぎのお話だ」
互いが互いを救うために
そのワードになぜか引っかかりを覚えた
それに、なぜだろう
なぜ私は岸間さんが絵本作家になるのが夢だと知っていたのだろう
もしかしなくても、忘れている一年の間に・・・?
「黒兎は俺じゃない。お前には、忘れている「大事な存在」がいたはずだ」
自分の側にいる私ではなく、見えていないはずの私に語りかけた瞬間
平行世界が真っ暗闇になってしまう
そして、流れるように次の世界が始まっていく
・・
次の場所は、バリアフリー設備がしっかりしている一軒家
段差のない玄関には、外行き用と思われる車椅子が置かれていた
リビングから聞こえる声に導かれるように、私と冬夜はリビングに入ってみた
車椅子から予想はできていたが、その先にはやはり車椅子に乗った彼が待っていた
永海市長の秘書を務めた父と絵本作家の母を持つ小説家
冬夜の話だと、私のことが妹的な存在として大好きらしい
現に、様子を見に来てくれる回数は彼が一番多いと思う
「かーなたっ!彼方彼方彼方!」
「何、拓真」
「呼んだだけ!」
いつもは年長者らしく落ち着いた雰囲気で接してくれる彼は、ここでは小さな子供みたいに私を呼んでいた
そういう一面もある人なのだろう。可愛らしいと思う
「ねえ彼方」
「今度はなあに?」
「名前って凄く大事なものだよね」
「そうね」
緑の目を持つ私は、車椅子を器用に動かして正面にやってきた一葉さんをぎゅうっと抱きしめる
合図かなにか分からないが、正面に来たら抱きしめる・・・そんな取り決めがあるのかもしれない
そういえば、彼は抱きしめられるのが好きだと言っていた
・・・誰かに抱きしめられるのは、初めてだとも
お母さんは生まれた時の死別して、お父さんは事故死。弟さんを引っ張るために、子供らしからぬ子供で居続けた反動ではないかと自己分析をしていた
「今度書く小説はね、自分が生きるために、好きな人に名前を偽っていた男の話なんだ」
「へえ・・・どうしてそんな話を?」
「またまたすっとぼけちゃって。俺たちの共通の知り合いで、名前をなかなか呼んでもらえない子がいたでしょう?」
「そう、だったかしら?」
「「君」は知っているはずだよ。その子の名前を。こんなところで暇を売っている場合じゃないこともね?」
また、同じ
岸間さんと同じように見えていないはずの「私」に訴えかけてくる
どうしてこんな現象が起きるのか
考える前に、私達の意識は別の並行世界へ
・・
三回目ともなると、色々と慣れてくる
今度は古めかしい空気が存在する一軒家
畳の質感も、柱に刻まれた傷でさえも風情を感じる代物だ
今度は誰が出てくるのだろう
そんな事を悠長に考えながら歩いていたら、私達の横を小さな子供が通り過ぎる
その子が行き着いた先には、男性が待ち構えていた
「真冬。走らない」
「お父さん!」
真冬と呼ばれた少女を抱き上げたのは、
今じゃ世間を騒がせている名探偵。同業者潰しとか不名誉な称号がついているそうだが、そこは置いておいて・・・
冬夜の話だと、彼には私そっくりのお嫁さんがいたそうだ
まさか、そんな奥さん想いの彼との未来も存在しているだなんて、想定外だ
「まあまあ。いいじゃないの。一軒家なんだから。それに元気なことはいいことよ」
「けどなぁ・・・俺が止めないと、真冬は壁に激突していたし」
「あら。それなら突き当りに座布団を貼り付けましょうか。これならぶつかっても安心でしょう?」
「そういう話じゃないんだよ・・・」
確かに元気なのはいいことだけど、元気すぎるのも考えものよね
危険から遠ざけたい。その気持ちは痛いほどわかるわ
だって私も・・・あれ?
私は誰を、危険から遠ざけたかったのかしら
「大事な存在を守る為に、お前が全て考えたり、お前一人が犠牲になることはなにもない」
「守りたい人間は本当に俺たちか?今のお前の側に誰がいる?」
また世界が崩れる
どうしてこういう「訴えかける」ような現象があるのだろう
蛍と朝比奈さんが何か、細工を仕掛けたのかしら
『冬夜は、どう思う?』
『さあ。きっと進んだ先に答えがあると思う。僕の時もそうだったから』
『貴方の時も・・・?』
『昔ね。まあ、その話は帰った後にしよう。さあ、次の世界だ』
あんなに嫌がっていたのに、今では進むことを楽しんでいるような
冬夜の変化に、違和感を覚えながら次の世界へと向かっていく
・・
次の世界は・・・日本屋敷のようだ
こんな豪華な家に住んでいそうな人には心当たりがないのだが
そんな中、縁側に腰掛けていた平行世界の私は、黒い瞳を廊下の先に向ける
家主の登場らしい
「彼方、いらっしゃい」
「
「なっていないさ。両親も喜んでいる」
「毎日のようにやってきても?」
「うちのものからはもう通い妻扱いされているが?なんなら、住んでくれてもいいのだが」
縁側に腰掛けた彼には本当に見覚えがない
『ねえ、冬夜。この人見覚えがある?』
『ミオボエナイヨ?』
・・・あ、これは話してくれない感じのあれだな
すっとぼける冬夜を詰める私の横で、朔良と呼ばれた青年は、平行世界の私の手を取る
・・・このどこか女性慣れしている感じ、
「
「本名で呼べて、私も嬉しいわ」
「ありがとう。けどさ、彼方」
「なあに?」
「忘れているから仕方ないとは思うけど、お前の隣にはまだ本名を隠しているやつがいるぞ」
「そう、なの?」
「ああ。お前じゃなくて・・・「そっちのお前」」
『見えているの?』
「見えているっていうか、存在している前提で話せって頼まれたからなぁ・・・」
「ま、そういうこと。そいつは偽名でも喜んで返事をすると思うが・・・」
「俺は本名で呼ばれたほうが嬉しかった。きっとあいつも、そうだと思うから。早く呼んでやってくれ」
ああ、またこの流れか
世界が壊れて、また次の世界へ
平行世界に最善の未来を探しに来たのに、数多の可能性からお前の最善はここではないと伝えられる
どこに行けば私の最善があるのかしら、ねえ・・・?
天球儀は、私の質問なんか答えてくれない
その代わり、また別の世界へと導いてくれた
・・
今度は物に溢れている場所に到着した
正直これだけで、この部屋の持ち主が誰かわかってしまう
『・・・またこの男は』
『冬夜、流石にこの状態で掃除は出来ないわよ』
「彼方、あれとって」
「はいはい。謎の粉ね。どうぞ」
「ども」
ここでもまた変なものを作っているようだ
「今度は何を作っているの?」
「水浄化コイ。こいつを水の中に入れるだけで、溝水でもあっという間に浄化できて飲水にできる代物だ」
「溝水を・・・?」
「非常時には役に立つと思うぞ」
「そうね。できれば、役に立たないでほしいけれど」
「ああ。けれどいつだって、何かは突然やってくる。俺の両親が死んだ時も、突然のことだったみたいだし」
本人は覚えていなかったが、彼の両親は災害で命を落としている
昔は言われるがままに変なものを作っていたけれど、今は自発的に人の助けになる開発をしている
・・・少し、変なのは変わりないけれど
「突然って怖すぎるよな。お前の記憶が吹き飛んだ時もそうだったよ。正直ゾッとした」
『朝比奈さん・・・?』
彼の部屋から暗闇へ
朝比奈さんの影も消えて、私達は何もない空間に放り出される
そして暗闇の・・・最深部
「やっとこれを使ってくれたね、かな姉」
「蛍・・・あ」
最終地点と思われる場所で待っていたのは、黄金色の髪を揺らした青年
私と冬夜と小さい頃からずっと一緒にいる科学者・・・
彼の登場で、これまでの異常が腑に落ちてくれる
「やっぱり、貴方と朝比奈さんはこの道具に細工を施したのね」
「うん。魔術が仕込まれた道具相手に、できるかどうかわからなかったけど・・・巴衛がいたから出来たんだ」
「・・・二人は手を組んで、天球儀に細工を仕込んだ。その目的は?」
「冬月彼方の記憶を取り戻すため」
本来ならばここにいないはずの冬夜が投げかけた質問に、目の前の蛍がこれまでのような「映像」のような存在ではなく、実体を持つ存在だと把握する
「かな姉一人だけしか入り込めないよう、媒体容量も調整したんだけど・・・流石だね。ここまで付いてくるなんて予想外だ」
「・・・君に彼方ちゃんの記憶を取り戻してもメリットはないだろう?他の五人だってそうだ。彼方ちゃんが、思い出さなければ」
「俺たちにもチャンスがもう一度ある・・・なんて、いいたいの?」
「・・・」
「・・・そんな情けはいらないよ。俺たちだって可能性を持つ者たち。数多の並行世界の先には、かな姉と結ばれる時間が少なからず存在する」
並行世界の数だけ未来がある
先程まで見てきた光景は、可能性の一つ。どこかの世界では実在した光景なのだ
もちろん、見ていない蛍との時間も探せばどこかにあるのだろう
「でもね、ここじゃないんだ。ここは、貴方の世界なのだから」
「・・・」
蛍はそう、冬夜に投げかけた後・・・私の前に立つ
「この天球儀は数多の並行世界を見ることができる。それはかな姉も知っているよね?」
「ええ・・・もちろん」
「俺たちの細工は「記憶収集」。並行世界を歩く度に、かな姉に少しずつ記憶が帰ってきているはずだよ」
「・・・そうね。心当たりがない記憶がいくつか」
「それなら準備は完了だ。後は、予め仕込んで、集めておいた「俺たちが持っている記憶」の全てをかな姉の中に流し込む。現実に帰った頃には、全ての記憶を取り戻せているはずだよ」
「・・・そう。嬉しい話ね。でもね蛍。私は分からないの?そこまでする理由ってなにかあるの?」
「あるよ。だってかな姉は、俺の「ヒーロー」。何度も救ってくれた貴方に、恩を返したいと思うのは、おかしなこと?」
小さい頃の蛍は、お父さんからの虐待と、お母さんの首吊り自殺を目撃した影響で精神的に不安定だった
施設でもまともに暮らせず、打ち解けることが出来なかった彼を公園で見つけて・・・彼に手を差し伸べた
「俺は俺の心を守ってくれた貴方たち幸せを、心から願っているだけだよ。かな姉たちが幸せになるためなら、俺は何だって成し遂げてみせる」
だからね、かな姉
早く思い出してあげて。冬夜兄さんの全部を
夜兄さんと歩いた一年を
聞こえなくなる前に、それだけは聞き取れた
宙に浮かぶ感覚と、蛍の声
忘れていた一年の記憶は、キラキラと瞬きながら、私の中でゆっくり解けて
現実に戻る頃には、私の中に定着していた
・・
あの天球儀に細工を施してから六年目の春
桜は春風に舞い、永海の街を巡っていく
その様子を俺は「ある人物」を待ちながら眺めていた
「蛍」
「かな姉、夜兄さん」
「久しぶりだね、元気にしていた?」
「うん。巴衛の助手はやっぱり大変だけど、やりがいはあるからね。色々勉強させてもらっているよ」
「そう、よかったわ」
記憶を取り戻したかな姉は、手始めに夜兄さんを叩いたそうだ
自分を気遣う気持ちは嬉しかったけど、夜兄さんが自分の正体を隠す必要はどこにもなかったのだから
それに対して一通り怒った後、元々の関係性に・・・思いの通じている婚約者に戻れた二人は、口に言うのも憚れるほど愛し合ったそうな
居候をしていた巴衛には全部聞こえていたそうで、俺らに「機密事項」として情報が共有されたのはここだけの話
でもまあ、なんだかんだでかな姉にとっても、夜兄さんにとっても・・・俺たちにとっても「最善の未来」にたどり着けたので、もうなんだっていいと思う
あの天球儀は、かな姉が記憶を取り戻した後・・・役目を終えたというように、ただの天球儀になったそうだ
魔術は奇跡の産物・・・というように、その理屈は科学技術では決して解明できない代物だ。俺にも、天球儀から力が失われた理由はわからない
制作者であるかな姉のお母さん・・・侑香里さんが生きていれば、何か教えてくれたのかもしれないけれど
侑香里さんは、あの天球儀以外にも魔法のお守りを作っていたようだから。存命であればそういう類に関わる話をしてくれたかもしれない
そんな侑香里さんが作り上げた二つのお守り。今はかな姉の自室に飾られているそうだ
岸間雅文の絵本、一葉拓真の手帳、朝比奈巴衛の懐中時計、藤乃宮朔良の銃剣
相良幸雪の万年筆、俺の開発ゴーグル・・・そしてお守り二つと、世界を救った春岡と冬月の家宝「創始の指針」と「終刻の指針」と共に
俺たちの私物は、まるで形見分けのようなのだが・・・俺たち自身が望んだことだ
俺たちはそれぞれが何らかの形でかな姉に命を救われた
その恩を返すため、最後まで彼女の為に尽くすと誓うように「自分にとって世界一大事なもの」を預けている
もう二度と、忘れられないように・・・誓いを形にして、彼女に手渡したのだ。何も後悔はしていない。むしろ本望だ
・・・俺たちの話が長くなりすぎた。夜兄さんの話に戻らないと
それから、かな姉は冬月財閥を引き継ぎ、正式に総帥の座に就いた
俺たちはその補佐として今は働いている
その後ろで夜兄さんとはトントン拍子に結婚まで決めて、彼は冬月家の婿養子になった
そしてその一年後に・・・
「蛍おじちゃん!」
「あ〜春夜〜。こんにちは〜」
「蛍、春夜の前だと凄くデレデレするわよね・・・」
「好きだもん。それに俺、親戚関係的な意味の「おじ」になれない生物だから・・・こうして、甥っ子に慕われるのは最高というか」
「・・・甥っ子ではないよね。まあ、蛍も春夜も嬉しそうだし、あえて何も言わないけれど」
夜兄さんと同じ黒髪に、かな姉と同じ青と紫が混ざった瞳
どこからどう見ても幼少期夜兄さんの容姿を持つ
だっこだっこ!と甘えてくる彼のお願いを聞かないなんて選択肢はなく、俺はその小さな身体を抱き上げた
それと同時に、なぜか俺がかな姉と夜兄さんに抱きしめられる
何が起きているのかわからない
「どうしたの、二人して」
「久しぶりに会ったら、改めてお礼を言おうと思っていてね」
「私達がここにいられるのは、貴方や皆のおかげよ。私をこの未来に連れてきてくれて、本当にありがとう」
「・・・ま、うん。受け取っておくね。でも、他の人にこれやったら駄目だから!」
「わかっているわ」
「蛍だから、特別なんだよ。見守ってくれてありがとう」
「うん。もちろん、これからも見守っているから。安心してね」
ずっと一緒にいる大事な人達
俺に手を差し伸べてくれた女の子と、不安定な俺をずっと支えてくれた男の子
そんな二人は俺が出会う前よりずっと前から一緒で、互いのことを心から思い合っていた
「俺の幸せ」が「二人が幸せになること」に変わるまで、時間はそうかからなかった
これからは、二人と一人で・・・生きる道こそ別れてしまうけれど
歩く先だけは、ずっと一緒だ
手を繋いで歩く二人を数歩後ろで見守りながら、大事な宝物の額へ自分の額をくっつけた
これからの「俺にとっての幸せ」は、少しだけ形を変える
二人の幸せだけでなく、家族の幸せも・・・俺の幸せだ
「蛍、どうしたの?」
「ごめん、今いくよ!」
考え事をしていたら、少しだけ距離が空いていたようだ
駆け足で追いついて、かつてのように並んで歩いていく
ずっとずっと、いつまでも
終わりの時間が来る、その日まで
図書館管理者の休暇用レコード 鳥路 @samemc
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