休暇用レコード40:早瀬弘樹編「冬の月夜と代弁者の過去辿り」
いいこと、
これはね、あの子が両親を知る為のお守り。貴方が代行者として最後に使用する道具になるわ
私謹製なんだから、大事に保管しなさい
作り直すのには、時間がとってもかかるし・・・
その瞬間、私が生きている保証なんてどこにもないのだから
なんて、これを寄越してくれた当時の
婿探しに海外の戦場に行った時点で、あの馬鹿は遺体で帰ってくるんだろうなぁ・・・なんて思っていたが、その時の予想は大外れ
あいつは婿を連れて、この街に帰ってきた
でもあいつは今、棺の中で安らかな表情で眠りについていた
・・・全ては自分の娘を守るため
子供の命と引換えに、何もかも犠牲にして死ぬのは、俺の周囲では侑香里が初めてというわけではない
慣れることはないが、思惑だけは理解できるようになった
それでも、こいつらは遺される側の気持ちなんて何一つ考えちゃあいない
太一も、遥も、侑香里も・・・家が関わる問題の為に、我が身を犠牲にしているのは理解できている
けれど、俺は・・・
「お母様!お母様・・・!目を開けて・・・!」
「・・・かなねえ」
死んだ母親に縋り付く
彼女たちが守った子供の、悲痛な泣き声を聞いていたらわからなくなる
なあ侑香里。お前はそれぞれの家が持つ力を用いて、彼方と冬夜に世界を救ってほしいらしいが
来るべき瞬間が来る前に、子供たちの心が壊れるんじゃねえのか?
そんな問いかけは、俺は口に出せない
聖書にも・・・答えは書いてくれていない
・・
侑香里が死んで、八年ぐらいか
「おかえり、冬夜」
「ただいま、義父さん。どう?一人暮らしは?」
「快適だっての。お前の夜泣きに付き合わされないから」
「夜泣きって・・・落ち着いたのは小学校に上がる前だってば。僕だってもうすぐ高校卒業で、四月から大学生だよ?」
この早瀬教会がある
冬夜には特別な事情がある
捨て子として教会に引き取られ・・・神父をしている俺「
今は、当初の予定通り冬月家に囲い、彼方の執事という名目で側に置いている
本人が望んで彼方の執事を目指し、こうして冬月彼方の専属執事の肩書を得てくれたのは想定外の産物だったが・・・
これも何もかも全部、侑香里の筋書き通りに進行している
もちろん、今日呼び出したのも侑香里の筋書き
十八歳。あいつが一人立ちを認められる年齢になったら、出生の秘密を伝える
それが、冬月侑香里が遺した最期の筋書き
そして侑香里から預けられたお守りを使用する日が、来たというわけだ
「冬夜。落ち着いて聞いてほしいことがある」
「なにかな?」
「・・・お前の出生の話を、そろそろ真面目にしようと思う。長くなるし、信じられないことを話すと思う」
「・・・うん」
「けれど、今から話すことに嘘偽りはない。これも何もかも、冬月侑香里から預かった「お前に伝えるべきこと」。俺はあくまであいつと、お前の親が伝えられなかった「伝えるべきこと」を「代行者」として語るだけだ」
「・・・わかった」
あいつはすんなり俺の言葉を聞き入れてくれる
動じることもなく、ただ淡々と
それこそ、来るべき瞬間が来たとわかっているように
「ん」
「え、父さん。これ」
「侑香里からの預かりものだ」
そして俺は、かつて侑香里から預かった代物が収められた箱を、冬夜に手渡す
この瞬間の為に用意された、冬夜が「あること」を知る為に必要なものだ
「綺麗だね。初めてみた・・・これは?」
「クロノグラス。まあ、魔法のお守り的なやつらしい。詳しいことは説明書」
「う、うん・・・」
冬夜は箱の中から紙を取り出し、それを読んでいく
俺にはよくわからんが、どうやらあのガラス瓶は魔法の砂時計みたいなものらしい
どう使うかもわからないそれを使用したら、所持者や、その者に関わった人々の過去を辿れるそうだ
ちなみに、所有者は侑香里の状態らしい
つまりあのガラス瓶を使えば、侑香里の過去を追体験できるようなイメージ
・・・で、合っているよな?
「ふむ。つまりこれを使えば、義父さんの記憶を見れるわけだ」
「俺のじゃねえよ・・・侑香里のだ」
「侑香里おばさまの?」
「ああ」
「なんで娘の彼方ちゃんじゃなくて、僕が侑香里おばさまの記憶を見るのかな・・・」
「理由なんざ直ぐにわかる」
怖気づく冬夜の代わりに、俺が砂時計をひっくり返す
確かこれが・・・お守りの発動条件だったはず
ガラス瓶の中に込められた記憶の砂はサラサラと流れ落ちていく
その流れに、俺たちの意識も巻き込まれ・・・
冬月侑香里が遺した過去へと流れていく
・・
『旅は道連れ・・・か』
『義父さんがいれば少しは安心かな・・・』
景色が広がった先で、俺と冬夜は顔を見合わせる
どうやら俺もついてきてしまったらしい
暑さも寒さも感じない世界で、俺と冬夜は適当に歩いていく
街中の景色はクリスマス。だから冬なんだろうと思うけど・・・
これから、どうしたら
「侑香里。この病院か?」
「ええ。そのまま受付に」
「了解」
『冬夜、あの二人を追うぞ』
『え、何で』
『あの車椅子の女が、彼方を産んだ頃の侑香里だ』
若かりし頃の
彼方はまだ侑香里の腕の中で眠っているようだ
嘉邦さんは侑香里が座る車椅子を押し、とある病院の中へと入っていく
『ところで、なんで侑香里おばさまって車椅子だったんだろう』
『お前知らんのか?あいつ、両足吹っ飛んでんだぞ』
『え・・・なんで』
『嘉邦さんと出会った戦場で、地雷を踏んだんだとさ』
『えぇ・・・』
『あの馬鹿と嘉邦さんは、安息日にいつも「告白決闘」やってたんだよ。ま、最後に侑香里が手を抜くまで、嘉邦さんが勝つことがなかったんだけどな』
『何やってるの・・・え、でも侑香里おばさまは自分より強い人しか興味がないって』
『その矜持を曲げる程度に、嘉邦さんを気に入ったんだと。ま、結果的には良かったんじゃないか』
侑香里が死んで、冬月が抱える使命と、冬月財閥を支えないといけない立場になったというのは、苦労性すぎて涙が出てくるが
孤児だったあの人が、惚れ込んだ女と限りある時間ではあったが、一緒に生きられて夢だった家族を手に入れた
冬夜と彼方の前では見せないが、あの人は立派な親バカだったりする
家族を夢見ただけあり、家族がいない時間の寂しさをよく知る人だ
彼方に寂しい思いをさせないよう、無理をして家に帰っては、彼方と過ごす時間を作っているそうだし・・・お願いはできる範囲で叶えているようだ
「かほ君、エレベーターに乗りましょう」
「ああ。しかし・・・今日会うのって、
「ええ。つまり、そういうことよ」
「・・・複雑だ」
「でしょうね。でもこれは、冬月と春岡の家同士の取り決め。本来であれば、私も彼方に自由を与えたいのだけれど・・・世界の存亡がかかっているから、甘いことは言えない」
話ぶりからして、面会の手続きを終えた冬月夫妻はエレベーターに乗って、目的の病室に向かうようだ
俺と冬夜は堂々とそれに付いていき、二人の会話に耳を傾ける
「しかし、なんというか・・・特殊な家に婿入りしたのを、改めて感じさせられる」
「でしょう?まさか、私の家が時間を司る能力者の家なんて思っていないでしょうし」
「ああ。でもそんなことはどうでもいい」
「そこが一番大事な部分じゃないの?」
「大事だけど・・・俺からしたら、娘の嫁ぎ先が既に決まっていることの方がしんどいんだが・・・」
「そこを気にするのね・・・」
「ああ。太一君と遥さんがきちんとした人なのは、俺も知っているから・・・不安はないんだけど、息子さんがどう育つかは未知数だ。グレたりしたらどうする。流石にそんな人間へ彼方は渡せないぞ・・・!?」
「それは、考えていなかったわね。ま、太一に似なければどうにかなるわ」
「楽観的すぎる」
流石親バカ。一歳時点でそんな不安を持っていたのか
・・・ま、安心してくれよ嘉邦さん。春岡の息子は、立派に育ってるぞ
彼方の隣に立つ為に努力を続けた男だ。未来のあんたも気に入っている
『か、彼方ちゃんの婚約者か・・・』
『どうした冬夜』
一方、俺と一緒に歩く冬夜は挙動不審に周囲を見渡し、何度も深呼吸を繰り返していた
そういえばこいつ、バレていないと思っているが彼方のこと大好きだもんな
何も知らないこいつからしたら、この状況は面白くないものだろう
冬月彼方の婚約者・・・
しかし俺は知っている。その婚約は破棄されることがないことを
『僕は遂にそいつと対面するのか』
『おもしれーこといってんなお前』
『え?』
『ま、もう少しでわかる』
目的のフロアに到着した二人は、エレベーターを降りて、病室へと向かっていく
向かう先は・・・
「お、侑香里。嘉邦さん」
「出たわね太一」
「いるに決まってんだろ。嫁と息子に会いに来て悪いのか」
『義父さん。この人は?』
『こいつが
「創始の春岡」と「終刻の冬月」
他にも夏と秋と、観測者家系の・・・四季月があるのだが、よく覚えていない
そんな時間を操る能力を持つ家系を「時の一族」と呼ぶそうだ
その中でも、春岡と冬月は特別な組み合わせ
終わりを打ち消し、世界を続ける力を持った家系らしいのだ
『この人が、婚約者の父親・・・ちゃらんぽらんだね』
『・・・』
彼方と春岡の息子に婚約が決まっているのはその影響
その「終わり」とやらが、俺たちが今いる時間の二十年後の三月にやってくるそうだ
冬月と春岡はそれを防ぐために、互いの子供たちに能力を託し、終わりに立ち向かわせる
二人がきちんと結びついていないと、終わりは打ち消せないそうだから
しかし、先程から冬夜が太一を見る視線が敵を見つけた時の視線で悲しくなるな
まあ・・・仕方ないか
「悪くはないわ。で、遥は?」
「この先の病室。戻る途中だから一緒に行こうぜ」
「ええ」
今度は三人、一緒に病室へ
クロノグラスの砂時計を確認する
砂の残量はもう少し。記憶の旅も、もう少しで終わるらしい
太一が病室のドアを開けて、三人はその中に
俺と冬夜もその病室に入り込み、この記憶の旅の・・・本当の「会うべき人物」と向き合った
「よっす、侑香里。嘉邦さん」
「貴方もいたのね、弘樹」
「ああ」
そこには若かりし頃の俺と、もう二人
この病室にいるべき人物・・・
『・・・遥』
『・・・はるか、さん』
『冬夜』
なんとなく、わかるものなのかね
まあ、正解ではあるんだけど。顔、そっくりだもんな
性格も遥によく似ていた。人見知りで・・・でも、ここぞと言う時は強くて
性別こそ違ったが、遥の生き写しみたいな感覚を何度も覚えたから
『義父さん。どうして僕はここに来たのかな』
『お前の母親と父親に会わせる為』
『両親は今、どこにいるの?』
『・・・遥が退院して家に戻った直後、春岡家は何者かに襲撃を受けた。二人はお前を守って死んでいる』
『だから僕は、冬夜に?』
『タイミングが良すぎたからな。お前を狙って起こした事件というのは、侑香里たちも勘づいていた』
だから正体を隠した。息子は行方不明扱いにして、名前を変えて、孤児として育てた
彼方との出会いは、予定より早まったが・・・最後は当初の目的通り、彼方の側で縁を繋がせた
『だからこそ、お前は早瀬冬夜として育てられた。お前を失えば、春岡が潰える』
『そっか』
『・・・嬉しくないか。お前が彼方の婚約者だぞ』
『嬉しいけど・・・僕はずっと、彼女に振り向いて貰えるように頑張ってきていたから』
侑香里はベビーベッドの上で寝ていた赤子に、彼方を近づけていた
彼方とその子は互いに目を合わせて、嬉しそうに手を繋ぐ
冬夜はその光景を見ながら、どこか懐かしそうに目を細めていた
『いつでも正体を公表したら結婚できるよっていうのは、変な感じ。けど、その権利を使うのは・・・きちんと、彼方ちゃんから好きになってもらった後にするよ』
『前途多難だぞ』
『それでも。もしも別の人が彼方を幸せにするって言うなら、僕はその約束を破棄するだけさ』
そこまでいうなら、俺はこれ以上何も言わない
どんな選択でも背中を押して見守ってやるさ。太一と遥の代わりに
親として、きちんと選んだ未来を・・・応援してやるさ
「ところで、遥」
「なあに、侑香里」
「この子の名前は?」
「夜。
「そう。きっとそうなるわ。貴方の子供だもの」
そこで、砂時計の砂が落ちきって・・・記憶を辿る時間が終わりを迎える
見ていた景色は砂のようにさらさらと解けて、気がつけば俺たちは・・・現実に
先程までいた、早瀬教会の聖堂に帰ってきていた
・・
時間の変わっていない時計を一瞥した後、俺は冬夜を抱きしめる
いや、もう冬夜じゃだめか
きちんとした名前で呼んでやらねえと
・・・意味をきちんと考えた遥と太一から怒られる
「夜」
「なあに、義父さん」
「両親がわかっても、その呼び方をしてくれるんだな」
「まあ、正直なところ僕にとっての父親って、太一さんではあるけれど・・・十八年間、僕を育ててくれたのは早瀬弘樹とかいう、飲んだくれで女癖が悪くて、とてもじゃないけれど神父とは思えない神父だから」
「おい」
「けど、誰よりも優しいお父さんをしてくれていたよね」
「・・・そうかよ」
「役目が終わったら、代行者というか、父親をやめるわけじゃないよね」
「今更やめられるか。死ぬまで付き合わせろ」
「ありがとう。そう言ってくれるの、凄く嬉しいよ」
「後、老後は頼んだ」
「格好つけるのなら、最後まで格好つけていてよ・・・まあ、そうだね。老後ぐらい任せてよ。ちゃんと最期まで看取るから」
「ああ」
叶えられない願い事はたくさんあったけれど、そう言ってくれるのは・・・親冥利に尽きる
後悔どころか、親代わりをやめたいと思ったことは何度もあった
けれど、ここでやめてしまえば・・・俺は自分の親と同じ道を辿ってしまう
それだけは嫌だった。同じだと証明したくなかった
でもな、いいことはあったんだぞ
周囲の支えがどれほどまでに大事なことか理解できたし・・・
同時に冬夜のお陰で、虐待してきた両親を恨むことをやめられた
嫌いなのには変わりないが、少なくとも同情はできるようになったのは進歩と言ってほしい
「十八年、ありがとう。大変なことは沢山あったでしょう?」
「まあな。でも、お前は遥に似て人見知りは激しいが、利口で手がかからなかったから楽ではあったよ。冬月の助けもあったし」
格好つけという名の強がりを述べておく
そして最後の贈り物を手渡す
侑香里から、太一と遥から預かった夜への贈り物を
「夜、受け取れ」
「・・・これは」
「感覚的にわかるだろう。それが「創始の指針」。彼方の「終焉の指針」と対を為すものだ。絶対に手放すなよ」
「・・・うん!」
「・・・俺は、お前に命をかけてまで世界を救えとは言わねぇ。逃げたいなら逃げちまえ。聖書にもそう書いていた」
「いや、そんなこと書いてないよ」
「そういうことにしておけ。主は時に逃げることこそ正しいと述べる。周囲は許さないかもしれないが、主は許す。俺も許す」
「・・・まあ、そういうことにしておくよ。ありがとう、父さん」
「例を言われることなんてしてねぇよ。聖職者としては聖書の改変はヤバいから。真似すんなよ」
「わかってるよ。でも、父親としては最高だよ、義父さん」
侑香里から託された使命はここでおしまい
俺はこれから普通の養父として、夜に接することができる
あいつがこれからどう進むかわからないけれど・・・
どうか、その道がお前にとって正しく、そして幸せであることを
俺は心から、祈っている
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます