コインインコロッカー

ひゐ(宵々屋)

コインインコロッカー

 魔法少女でも変身ヒーローでもないから、私は駅の汚いトイレで着替える。


 魔法少女でも変身ヒーローでもないから、私が身に纏うのは煌びやかなドレスでも鮮やかなヒーロースーツでもなく、就職活動用に作られた真っ黒なスーツだった。髪の毛も一つに結えば、量産された就活生の出来上がり。


 そして私は、それまでに着ていた「本当の私」を駅のコインロッカーに預けるのだ。本当の私は、ここに置き去りにされる。


 空いていた一つを開けた時だった。


「『シボウドウキ』ヲ教エテクダサ! 『シボウドウキ』ヲ教エテクダサ!」


 黄色と緑のセキセイインコがそこにいた。


「『シボウドウキ』ヲ教エテクダサ! 『シボウドウキ』ヲ教エテクダサ!」


 きっと意味も分からないのに繰り返すその様子に、私はロッカーを閉じてしまった。


 次のロッカーを開ける。

 今度は黄色のセキセイインコがいた。


「『ジコピーアール』ヲシテクダサ! 『ジコピーアール』ヲシテクダサ!」


 こういった質問に、意味はあるのだろうか。

 次の空きロッカーをあたる。


「学生時代ニ『ガンバッタコト』ハ何デ? 学生時代ニ『ガンバッタコト』ハ何デ?」


 白と青色のセキセイインコが、羽繕いをしながら騒いでいた。

 この質問に正直に答える人間は、どれくらいいるのだろうか。そもそも正直に答えられる人間は、どれくらいいるのだろうか。何を期待されているのだろうかと考えれば、「普通」以上の何かなのかもしれない。


 次のロッカーをあたる。


「自分ハ! サークルデ『フクブチョウ』ヲシテオリマシ! 自分ハ! サークルデ『フクブチョウ』ヲシテオリマシ!」


 新しいパターンだ。白いセキセイインコが、羽を広げ声を荒らげている。


「ボランティ! ボランティ!」


 言葉が変わっても、きっとセキセイインコは何一つ意味をわかっていない。

 時計を見れば、乗らなくてはいけない電車の発車時間まで、もう残り少なかった。


 最後の空ロッカーを開ける。

 言葉は何も飛んでこなかった。けれどもそこにも先客がいて、止まり木に静かに佇んでいた。


 それが何か言い出す前に、私は閉めようと思ったものの。


「……君、インコじゃないね?」

「はい、九官鳥でございます」


 真っ黒な体は、私の就活スーツを思わせたものの、オレンジ色のくちばし、黄色の模様が鮮やかだった。


「何してるの」

「就活のお手伝いをする、バイトでございます」


 九官鳥はぶるりと身を震わせた。


「おしゃべりできる鳥募集……といわれましてね、それで働き始めたのですが……もしかすると、あわない仕事だったのかもしれません」

「どうして?」

「アホらしいじゃないですか、決まった質問、中身のない会話。あのインコ達、何も考えてませんよ? あなたもいま、そう思ったでしょう?」


 はっきりとものを言う九官鳥は、止まり木から降りると、そのまま羽ばたいてどこかへ行ってしまった。


「さようなら、いやあ、話せてよかった。やめる決心がつきました。縁があれば、またどこかで」


 電車の出発時間は過ぎていた。面接のためにあらかじめ用意していた回答も忘れていた。


 私は帰ることにした。

 空洞を響かせるような、無駄な時間を過ごすところだったと、ようやく気付けた。

 ロッカーのために使われるはずだったコインで、サイダーを買った。



【終】

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