最終話

 別に、フギリストに載ったあの少女が生前の秘書で、あの少年が生前の俺だったことに、今更なんの驚きも無い。


 神が俺を試すとしたら、俺に過去を体験させるのが一番俺の精神に効くからだろう。


 端的に言えば「そっちの方が面白そう」だからだ。


「悪趣味にも程があるよな、あのクソ神」

「そんなこと言うと解雇されますよ」

「大丈夫だ。言ったろ? 神は慈悲深いって」

「そういえばそうですね」


 タイムパラドックスやら何やらは、この場合、特に気にしなくていい。


 何せこの嫌がらせの元凶は神だ。


「その説明で納得できますか?」

「するさ。じゃなきゃ『フギリスト』なんてもの、誰も納得できない」


 誰も納得はしてないのかもしれないが、『神だから』の言葉で誰も文句を言えなくなるのは確かだ。


 理不尽で、残酷で、悪趣味で、気まぐれ。


 それが神の本分。


「気まぐれなのは違いないが、それでもきっかけがあったのは確かだ」

「きっかけ……ではそれは一体何ですか?」

「とぼけるな。きっかけはお嬢さんだろ」

「その呼び方やめて下さい。首の骨へし折りますよ」

「きっかけは秘書だ」


 流石の俺でも動機までは分からないが、この一連の茶番を秘書が計画したことは間違いない。


「ほぅ、では根拠を教えてください。私が仕組んだという根拠を」

「秘書、お前は四月一日がループする寸前、いつもある場所に向かっていた」


 俺が秘書を部屋に置き去りにした後にも、きっと秘書は同じようにこの部屋を出て"上司"の下へ向かったのだろう。


『では、私は上司に呼ばれていますので』


「秘書、お前は俺の秘書になる前……いや今も、天使として神に仕えている」

「それだけでは、私がこの騒動のきっかけかどうかを判断できないと思いますが」

「そりゃ、いくらお前を問い詰めようが無駄だろうからな」


「俺は……正確に言えば神も、この時間遡行についていけているが、お前はそうじゃない」


「お前、毎回記憶リセットされてるだろ」


「…………流石ですね、死神さん」


 長い付き合いだから分かる。こいつが呆れたように笑う時は、図星な時だ。


「はい、その通りです。私が全て仕組みました」

「意外とあっさり白状するんだな」

「ここでごねる意味はありませんから」


 秘書の雰囲気がいつもと違う。まるで普通の少女のようだ。


「それで? 何でこんなことを?」

「そうですね……一言で言うなら『嫉妬』でしょうか」

「し、嫉妬?」


 思わず聞き返してしまった。


 何せ全く予想してなかった言葉が秘書の口から出てきたんだ。無理もないだろう。


「あれほど私の命に死に物狂いだったあなたが、今ではまるで何も覚えてないようにのうのうと暮らしている……それに腹を立てただけです」

「それは…………」


 『嫉妬』というよりはむしろ……


「寂しかったのか?」

「…………」

「なぜそこで赤くなる。あ、やっぱ図ぼ──ぁがッ!」


 無言で床に叩きつけられた。力強っ!


「骨は骨らしくそのまま地面に倒れててください!」

「い……いや、ごめんって……からかいすぎた……」


 でも、『寂しい』ね……可愛いとこあるじゃん。


「もう一発いっときますか……?」

「マジですんません! もう何も言いませんから!」


 とにかくここは一度撤退だ! ここにいたら秘書の照れ隠しで殺される!!


「じゃあ俺はもう行くから!!」

「は? どこに行くんですか?」

「……記念すべき十回目の直訴に」






 〜【天界】〜


「やぁやぁ死神くん! ごきげんよう。私の前に来たってことは全てが分かったってこどだろう? おめでとう!」

「…………」

「おや、どうしたんだい? 浮かない顔だが…………あ! 最終話で急に新キャラが出てくるのは如何なものかと考えているわけだね?」

「違ぇよ。そんなメタいことは考えてない」


 こいつが俺の、そして秘書の直属の上司である神。


 正直言って嫌いだ。


「酷いこと言うねぇ、これでも私は神だよ? もっと敬ってくれてもいいんじゃない?」

「悪いが雑談をしに来た訳じゃない。さっさと本題に入るぞ」

「せっかちだなぁ……」


 こいつと話していると、自分が掌で踊っているような感覚がして虫酸が走る。


「実際、君は今でも踊っているけどね」

「何か言ったか?」

「いや、別に」


「さて、お望み通りそろそろ本題に入ろう」


 秘書から逃げてきたけれど、今は一刻も早くこいつから離れたい。


「さっきも言ったけど、死神くんがここに来たってことは全て分かったのだろう? この一連の騒動について」

「……あぁ」

「それじゃあ、私に聞かせてくれないかな。君の答えを」

「…………まずは──」


 俺は四月一日に起こった、この悪趣味な茶番劇を全て説明してやった。


 これを仕組んだのが俺の秘書であり、その秘書の願いを聞いてタイムリープを起こしたのが、目の前にいるこの神だということを。


「…………なるほど、それが君の答えか」

「……あぁ、そうだが?」

「はぁ…………がっかりだよ」


 がっかり? どういう意味だ?


「どういう意味も何も、やっぱり君は変わらなかったということだ」

「……分かるように説明しろ」

「まず、この茶番劇を仕組んだのは君の秘書ちゃんじゃない」


 …………は?


「じゃあ……誰だって言うんだよ」

「君さ。少年」


「死神じゃない、人間の時の君」


 理解が追いつかない。こいつは一体何を言っているんだ?


「君は最愛の人の死に耐えきれず、自らの死を選んだ」


「けど本心ではわたしに願ったはずだ」


「『もう一度、やり直したい』と」


「私はそんな純新無垢な少年の願いを叶えたまでさ」


 そんなこと……馬鹿げてやがる……


「知ってるだろ? 私は気まぐれなのさ」

「タイムリープは、秘書の願いじゃない……?」

「そう。あくまで君の秘書ちゃんが願ったのは君を過去の君自身に会わせること。タイムリープとは無関係だ」


 え……それじゃ、おかしいだろ。


 過去の俺が自殺した瞬間にやり直すなら、いつまでも自殺した後の死神おれにたどり着かない。


「おいおい、私は神だよ? 君の願いを聞かなかった世界線の君を連れてくるなんて朝飯前さ」


 たとえこいつの言うことが真実だったとしても、何ら支障は無い……はずなのに。


 この不穏な空気はなんだ? 得体の知れない……取り返しのつかない間違いを犯してしまった感覚は?


「それにしても……やっぱり今回もダメだったか」

「…………今すぐタイムリープをやめろ」

「嫌だ」

「なぜだッ!!!」

「約束だからさ。君と私との」


 約束……? 俺がこいつと……?


「正確に言えば君とのね」


「やめて欲しかったらこの茶番劇を仕組んだ奴を当てろって。でも君は間違えた」


 何だこいつの言い方……まるで俺が一度目じゃないみたいに……


「うん、君は一度目じゃないよ。もう何度も同じミスを繰り返している。がっかりだよ」

「なんで……こんなことする必要があった」

「え? なんでって……」




「そんなの、『そっちの方が面白い』からに決まってるじゃないか」




 俺は……バカだ。


「お前は……悪魔だ」

「ひどいなー君は。ちゃんとヒントもあげてたのに」


 まぁ、君にそれを言われるのも慣れてるし。と神は嘲笑う。


「よし、じゃあもう一周いってみよっか! あ、今度も記憶はリセットさせてもらうから」

「……一つ教えろ」

「ヒントは何かって?」


 ……やっぱりこの質問、前の俺も聞いたんだな。


「仕方ないなぁ、今回も教えてあげよう」


「君、私に会いに来たのはこれが何回目だっけ?」


『書類の電子化が進んでいないことを嘆くなら、また上に直訴すればいいじゃないですか』

『うるせぇ、もう九回はしたわ』


 ……俺は、何で嫌いなこいつに九回も会いに行ったんだ……?


「それじゃあ、十一回目にいってらっしゃーい」

「やめ──ッ!!」











「………………あれ?」


「なんかタイムリープしてね?」

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時間跳躍する死神と悪趣味な茶番 砂糖のカタマリ @amatoo0717

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