第生話

「いやー! 私死神に会うのって初めてで! ホントに鎌とか持ってるんですね! 想像してた姿そのままですよ!!」

「俺は想像してたのとちょっと違ったかな……」


 俺はてっきり、普通の人間が死神を見たら、腰を抜かしてこっちの話を大人しく聞いてくれるものだと思ってたけど……


「丸くした目を輝かせて、まさかお茶菓子でもてなしてくれるとは……」

「お母さんが買ってきたのが丁度あったので! お客さんは丁重にもてなせというのがうちの家訓です!」


 それはそれは、教育が行き届いてることで。


「死神に会ったなんて話、あの子にしてもエイプリルフールの嘘だって思われちゃうなぁ……」

「あの子?」

「私と一番仲いい友達で──」


 〜〜♪♪


「あれ、電話だ。誰からだろう?」

「出てあげるといい。明るい声で電話に出て、少年を安心させてあげなさい」

「?」


 少女は電話に出る。バカみたいに元気に。


「朝から電話してくるなんて珍しいね! どうかしたの?」


 電話の向こうの少年は束の間の安堵を堪能しているだろうか。それとも、変わらない現実に絶望しているだろうか。


「うん! 今ちょっとお客さん来てるけど、多分大丈夫!」

「先客がいるのに更に客を呼び寄せるのかお前は」

「お客さんは丁重にもてなせというのがうちの家訓です!」


 どういう教育してるんだ。こいつの家は。


「うん! うん! それじゃあまたね!」


 ……飾らず言えば、楽しそうに生きる少女だと思った。非業の死を遂げる不運な人間役としては申し分ない善良さだとも。


「少年とは話せたか?」

「はい! でも今から家に来るって……何かあったんですかね?」

「いいや、考えすぎだ。少年はそこまで深く考えてはいないだろう」


 まだ、何も起こってはいない。


「ってあれ? 私、友達が男の子だって言いましたっけ?」

「あぁ、言ったぞ」

「あ、そうでしたか! 失礼しましたー」


 ……不安になる素直さだ。これもフギリストに載る人間の特徴なのか?


「それはそうと死神さん! 私ずっと気になってたんですが……」

「何だいお嬢さん」


 身を乗り出し、いかにも真剣といった面持ちで少女は尋ねる。


「やっぱり死神さんが来たってことは、死ぬんですか?」

「あぁ、死ぬ」

「私が?」

「そう、お嬢さんが」

「わぁ……」


 何だそのリアクション。少なくとも死を宣告された人間のするリアクションじゃないだろ。


「私、死ぬのって初めてです……」

「そりゃそうだろ」


 ここまで自分の死を達観してる人間なんて中々居るもんじゃない。フギリストの人間はやはり器が違うのか。


「そっか……私死ぬのか……」

「それほどショックを受けているようには見えないがな」

「あ、バレました?」


 少女はまるでイタズラがバレたように、恥ずかしそうにはにかんだ。


「死神さんの言う通り、あんまりショックじゃありません」

「虚勢か?」

「あははっ! かもしれませんね!」


 嘘だ。きっとこの少女は、本気で自分の死を恐れていない。


「私のおじいちゃん、三年前に病気で死んじゃったんです」


「お葬式の時に冷たくなって横たわってるおじいちゃんを見て……私、違和感みたいなのを感じたんです」


「まるでただ眠っているみたいなのに、身体は熱を吸い取っているように冷たくて……固くて……動かない」


「私はおじいちゃんのことが大好きだったけど、なぜかお葬式ではちっとも泣けませんでした」


「悲しくはあったけど、それより違和感の方が勝ちました」


「"死ぬ"って、何なんだろう?」


「ずっと……頭のどこかにあった疑問が、あなたのおかげでやっと解消されそうです」


「だから、ありがとうございます」


「死神さん、私を殺しに来てくれてありがとう」


 長年死神をやっているが、お礼を言われたのは今回が初めてだった。


「君は、死ぬのが怖くないのか?」

「怖くないわけじゃないですよ! 痛いのは嫌ですし、死んだ先に何があるのかも分からないですし…………何があるんですか?」

「安心しろ。お嬢さんはフギリストに載った人間だ。高待遇なのは保証する」

「フギリスト?」

「『不幸な犠牲者リスト』の略だ。善良な少年少女を対象に、神が独断と偏見で犠牲者を決める」

「なんですか、それ」


 人間に、命の大切さと死の身近さを学ばせるなんて名目の下作られたと言うが……本当、笑ってしまうほどくだらない制度だ。


「フギリストに載った人間は、死んだ後天国に行く」

「へぇ……やっぱりあるんですね、天国」

「そこで神の直属の部下……要は天使として働ける」

「天使!」


 俺を見た時より驚いてやがる。


「……天使はいいぞ。死神と違ってホワイトな職業だ。仕事も楽で給料もいいし定時で帰宅出来る。しかも完全週休二日制だ」

「なんか夢が覚めます」

「基本的には自由な仕事だ。『フギリストなんてもん作りやがって!』と神を一発ぶん殴ってもいい」

「上司殴ったら解雇されません?」

「大丈夫、神は慈悲深い」


 神は慈悲深く、気まぐれで、残酷で……そして、何より悪趣味だ。


「私が天使かー想像つかないなぁ……」

「もうそんな事考えるのも君が初めてだ。普通なら『死にたくない』とか言って縋り付くもんだけどな」

「あんまり死の実感湧いてないですから!」

「おい」


 友達と話すように死神と話し、昨日のテレビ番組について話すように自分の死について語る。


「死神さん、私っていつ死ぬんですか?」

「それは言えない。ルールなんだ」

「そうですか。じゃあどうやって死ぬんですか?」

「それも言えない」

「えー……ケチですね」


 はっきり言って異常だ。


「自分の生に、後悔はないのか?」

「そうですね…………無いと言ったら嘘になります」


 そんな異常な彼女が、最も人間らしく笑ったのはこの時が初めてだった。


「あの子に、一言言い残したことがあります」


 奇しくもそれは、彼女の死が一回目と同じ、交通事故で死ぬ四月一日の夕方。


「やめろ…………」


「ありがとう──」


「もうやめてくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!!!」


 少年の怒号はアスファルトに虚しく響き、


「──大好き!」


 少女の告白は血飛沫とともに散った。


「もし神がいるなら……もう一度……ッ!!」

「おい、少年」

「なぁ、死神…………」


「神は……いないのか……?」


 いるよ。


 いなきゃ、こんなことになってない。


「……もう、お前らが苦しまないように、俺が全部終わらせてやる」


「だから、安心して死ね」


「ありがとう……」


 長年死神をやっているが、お礼を言われたのは今回が二度目だった。






 〜【死神界】〜


「にわかには信じられませんが……死神さんの頭がおかしくなっていないのなら、これは大問題です」

「なぁ、我が秘書」


 俺は秘書に、事の顛末を説明した。


 だが整理の必要は無い。わざわざ整理しなくても、もう分かっているから。


「分かっている? 何をですか?」

「タイムリープの原因」

「……それは少女の友人である少年が自ら死を選ぶことで──」

「たかが人間の子供一人自殺するくらいで、時間が逆行するか? 自殺くらい、毎日嫌という程起きているのに」

「…………では他に原因があると?」

「あぁ、ある」


 俺は自慢の指を上に向ける。


「神だ」

「……確かにあの方なら時間を巻き戻すくらい容易いです。しかし理由がありません」

「神は気まぐれだ。そして悪趣味でもある」


 あいつは嫌がらせのために、こんなことをしてやがるということだ。


「気まぐれ……それだけのためにタイムリープなんてことを?」

「タイムリープだけじゃない。奴は俺達を過去へタイムトラベルさせた」

「…………どういうことですか」


 フギリストに載った人間は、天使になる。


 じゃあ、死神になる人間は?


「……自殺した人間」

「その通り。大正解だ」


 秘書は黙る。


「俺も死神になってからだいぶ経つ。時間感覚がバグりすぎて死んだ時の事なんてすっかり忘れてたよ」


「確かに俺は自殺した。繰り返される地獄の中、それだけが唯一の希望だったからだ」


「気づけば骨だけになってたなんて……笑っちまうくらい悪い冗談だ」


「きっとあいつは自分が何をしたのかも忘れ、のうのうと死神を続けている俺に、天罰でも与えたかったのかもな」


「お前だって知ってるはずだ。神は慈悲深く、気まぐれで、クソがつくほど悪趣味だ」


「だろ? ?」


 死神は笑った。


「……えぇ、まったくその通りですね。死神さん」


 天使もまた、あの笑顔で笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る