第5話 恣意的にミステリアス

 フランケンシュタインさんの言ったとおり、ほどなくして古本屋の主人が、いつの間にか私たちから離れていた警部補と男性――彼が恐らく警部なのだろう――によって担ぎ込まれ、手近な寝台に寝かされた。


 彼らが連れてきた遺体は、ガラス越しに見たときよりもさらに痩せて歳をとったように見えた。サラは少し前かがみになって額に空いた穴をじっと見つめていた。私も隣からそっとのぞき込む。小指の爪ほどの穴が眉間の少し上をまっすぐに貫通している。確かに、これは苦しむ姿や血を楽しむ者の犯行ではないのかもしれない。


「もう一度捜査したいってどういうことだ、フランケンシュタイン」


 男性は冷静さの中に苛立ちとあきれを数的しみ込ませたような声で言った。


「どういうことも何もそのままだよ、警部」フランケンシュタインさんは言った。「殺害方法がいくつかの死体と類似しているのは認めるが、それらからは金目のものがすべて盗られていただろう。しかし彼の服からは銀貨が数枚出てきている。となれば、模倣犯による犯行だと考えるのが自然ではないかな?」


「……確かに、そうかもしれんが」警部は気難しそうに眉をひそめた。「しかし、そうだとして世間にはどう言えばいい? 新たな殺人者があたりをうろついている、なんて軽い混乱を招きかねない。報告書にもあるが、現段階でもこのご主人を殺害した容疑者は捕まえられていないんだ」


「いまさらその程度で誰も混乱しないだろう。それにわざわざ公表しなくていい。犯人が身構えるのは避けたい」


「もうすでに犯人に心当たりでもあるのか?」


「いいや、まだ調書と報告書を読んだだけだからね」とフランケンシュタインさん。「だから悪いんだけど、さっき警部補くんが持ってきてくれた事件は今回はパスさせてもらうよ。こっちの方を調べたい」


 どこか挑戦的な笑みを浮かべるフランケンシュタインさんに、警部はわざとらしく大きなため息をついた。


「そう何度も勝手をさせるつもりはないからな。仕事をなくして困るのは自分だぞ、探偵さん」


 捨て台詞を吐いて、警部補とともに警部は出入り口の方へ歩いて行った。2人の背中を見送ったフランケンシュタインさんは、サラの向かいに回り込んで遺体に顔を近づけた。


「死体にある目立つ傷はここぐらいだね……焼け跡は……」


 ぎりぎり聞き取れない声量でぶつぶつと何かをつぶやきながら、フランケンシュタインさんは遺体の顔のあたりに視線を這わせた。角度を変えたり距離をとって全体を見てみたり、遺体に百面相する彼は目の前の作品が贋作か真作かを見定める鑑定士のようだった。


 しばらくすると満足したのか、フランケンシュタインさんは遺体から顔を上げた。彼はにやりと笑いながら、帽子のつばに触れて角度を直した。


「通りで馬車を捕まえよう。現場へ行こうか」


 言うが早いか、フランケンシュタインさんは黒いコートを翻してその場を離れた。間髪入れずにサラは後を追い、慌てて私もそれに続いた。


 モルグから少し離れた通りで馬車はすぐに捕まった。フランケンシュタインさんはサラと私を馬車に詰め込んだ。


「君たちは先に行って待っていてくれ。僕は少し寄り道をしてから行くよ」


 フランケンシュタインさんは御者に――これは私の推測だが――行き先を伝え、馬車の進行方向とは真反対のどこかへ足早に歩いて行った。


 馬車はゆっくりと進み出した。行き先はわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ユニコーンの囮たち 佐熊カズサ @cloudy00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ