第4話 ひやりと、より深く
「フランケンシュタイン……本名ですか?」
サラは表情こそ大きく動かさなかったが、好奇心に氷のような双眸をキラキラと輝かせていた。有名なゴシック小説に登場する科学者と同じ名前に、想像力が刺激されたのだろう。
フランケンシュタインさんはモルグへ向かおうと踏み出した足を止め、やせて落ちくぼんだ濃紺の目でサラをまっすぐに見下ろした。薄い唇が優しいほほえみを作った。
「いいや、フランケンシュタインは通り名というか、あだ名みたいなものだよ。本名は――」
「フランケンシュタインさん」先ほど彼を呼んでいた警官が、紙の束を胸に抱えて走ってきた。フランケンシュタインさんは再び声の主に顔を向けた。「どうぞ中へ来てください」
「わざわざ迎えに来てくれたのかい?」フランケンシュタインさんはいたずらっぽく笑って、警官から紙束を受け取った。
「違いますよ。警部が急かすものですから呼びに来たんです」
「焦ったところで事件が解決するわけでもないのだけどね」
上司の悪口にどう反応すべきか迷ったのか、警官は曖昧に空笑いを漏らした。フランケンシュタインさんは気に留める様子もなく、紙に目を通していた。
「ところでフランケンシュタインさん、彼女たちはお知り合いですか?」
突然に話の矛先が突き付けられ、私はドキリとして背筋を伸ばした。様子をうかがうようにちらと視線を寄越した警官の視線と一瞬ぶつかって、さらに緊張する。反射的にコートのポケットに手を入れて拳銃に触れた。
「ん? いいや、知り合いではないのだけどね」返事しながらも、フランケンシュタインさんはやはり紙から顔を上げない。「どうやら彼女たち、裏通りで殺された古本屋の主人について何か知っているようだよ」
「しかし、その事件は通り魔殺人として処理されたはずでは……」
「悪いけどね、警部補くん」フランケンシュタインさんはようやく紙から目を離し、警部補を見据えた。「あの報告書と調書には矛盾があるように思えてならないよ。実は今日、警部にその事件について僕に捜査させてもらえないか頼むつもりだったんだ」
「一度解決した事件を掘り返すのは警部は嫌がりますよ」
「心配しなくていい」フランケンシュタインさんはにやりと笑った。「君たち警察の手を煩わせるような真似はしないし、ちゃんと説明すれば彼も理解してくれるさ」
読み終えたらしい紙束を押し付けられた警部補は、困ったように眉を八の字にした。
「さあ、そろそろ警部も待ちくたびれた頃だろう。案内してくれ、警部補くん」フランケンシュタインさんは警部補の肩を軽くたたいて先に歩かせた。それから急に振り向いてサラと私に視線を向けた。「ああ、そうだ。君たちも来てくれ。古本屋の主人について話が聞きたい」
フランケンシュタインさんの後に続いて足を踏み入れたモルグは、薄暗く空気はひんやりとしていた。通りから見えていた部屋とは一枚の壁で区切られており、中央に取り付けられた扉からのみ行き来ができた。
「言うなればここは、死体の楽屋だな」
せわしなくあちこちを見回していたサラが、隣でぼそりとつぶやいた。あまり感心できない例えだったが、わからないではない。検死官にここで調べられた遺体は、身元確認の名目のもとでガラスの前に並べられるのだ。
室内に間隔狭く並べられた寝台はほとんど遺体で埋まっていた。遺体は老人や少女、青年など年齢も性別も様々だが、彼らは決まって不健康に痩せていた。
彼らの隣に立つ見張り番の中にはがっしりとして体格の良い者もいて、遺体とのコントラストが妙に目についた。
「君たちはここで待っていてくれ」フランケンシュタインさんはモルグの一番奥、何もない一角で立ち止まった。「もうすぐ警部たちが古本屋の主人とともにやってくる」
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