第3話 フランケンシュタインと呼ばれる男

 死体安置所モルグの前には、少し陽が傾き始めているにも関わらずそれなりの人だかりができていた。身なりのいい紳士淑女が足を止めて、それぞれに憐れむような表情を作ったり顔をしかめたりしていた。それでも、その場から動こうとせず目を離せないでいるのは、ガラスの向こうに並べられた何人もの死体のせいだった。


 テラスから20分ほどかけてゆっくりと歩き、ようやくモルグ周辺の様子が見て取れるところにまでたどり着いた頃には、吹き付ける風が冷たさを増していた。


「私が予想してたより人が少ないな」


 サラはいかにも意外そうにつぶやいた。しかし、遠巻きに見るその群衆は多いとまでは言えないが、少ないとも言えなかった。


「私にはいつもより多く見えるけど」


「今朝の新聞の事件事故欄を飛ばし読みしてしまったのか? 昨夜、向こうの通りで針子の少女が刺殺された。犯人はすぐに警官が捕まえたし凶器も近くに落ちていたが、恨みが原因だったのか外傷がひどいらしい。その少女を見る機会が与えられたのだから、好奇心と暇を持て余した人々が集まると考えるのも当然だ」


「君もそのうちの1人?」


「まさか」サラは鼻先で笑い飛ばした。「原因も方法もわかっているのにわざわざ見る必要はないだろう。私が見たいのは別の人のだよ」


 サラは私のコートの袖口を摘んで引っ張った。モルグへ向かう足が、つんのめりそうになりながら速度を上げた。


 足を止めたガラスの向こうには、不健康な痩せ方をした、腰に布をかけられただけの裸の老紳士が横たわっていた。目立つ傷が少ないせいか、ただ眠っているだけであるようにも見える。頭の白い髪はまばらで長く、無精髭が生えている。生前は身なりに関心がなかったのか、あるいは整える余裕がなかったように窺える。針子の少女は老人の3人挟んだ左隣にいるようで、人々はほとんどそちらに集中していた。


 サラは両手をコートのポケットに突っ込み、あごを引いてじっとその死体を見つめていた。


「知り合い?」


「彼が私のことを覚えていたなら」サラは言った。「彼は近所の古本屋のご主人だよ。何度か本を買いに行ったことがある」


「それは、なんていうか……残念だね」


「この街は惜しい人を失くしたよ」サラはわずかに目を伏せた。「しかしそれ以上に残念なのは、彼の死が単なる『通り魔による気まぐれな銃殺』だと片付けられたことだ」


「でも、新聞記者が適当に書いた記事じゃなくて、警官がちゃんと調べて出した結論でしょう?」


「もちろん。だが殺人そのものを目的にしているような人物が、額に小さな穴を1つ開けただけで満足するだろうか?」


「そういう人もいるのかも。殺人は好きだけど死体は苦手……とか」


「なるほど、あり得なくはない」サラの声は若干、心ここに在らずな響きだった。「だとしたら彼は新たな連続殺人の第一被害者だ。この辺りの連続殺人者はなぜかほとんど伝統的に刃物を使うし、たまに銃は使っても少なくとも4発は撃ち込んでいる」


「ねえ、サラ」私はできる限り優しい声で言った。「顔見知りが多数の被害者のうちの1人だなんて信じたくないだろうけど、確率が低いことは確率がないことを意味しないし、なにより警察の調べと目の前の遺体が証拠だよ」


「ご主人のことを知っているからそう考えるわけでも、そう信じたいわけでもない」サラは少し不機嫌に言った。「額に一撃、それも見事に中心を。仕事か趣味で撃ち慣れている。欲求があったとしても発散する機会に恵まれている人が連続殺人者に?」


「もっと強い刺激を求めたのかも」


「だとしたらなおのこと一撃だけなんてあり得ない」


「僕は黒髪の子の意見に賛成だよ、銀髪のお嬢さん」


 背後から割り込んできた男性の声に驚いて、サラと私はほとんど同時に振り向いた。


 グレーの中折れ帽を被った青白い顔の男が、僕はこの件に関して何かを知っているぞとでも言いたげに笑っていた。


 サラも何も言わずに男を見上げているし男も名前を呼ばなかったのだから、知り合いではないのだろう。


「あなたは……」


「僕は――」


「フランケンシュタインさん!」


 モルグから出てきた警官が叫び、男が顔を上げた。


 どうやらそれが彼の名前らしい。

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