第2話 護身用拳銃を忘れずに

 森を抜け、サラと私は明るく開けた小径に待たせてあった2人乗りの小さな馬車に乗り込んだ。後方に腰かけた御者が退屈そうに空気を食んでいた馬に合図を出すと、大きな車輪が回転して馬車はゆっくりと進み出した。爽やかな風がスカートの裾を優しく揺らして草の香りを運んだ。ユニコーンの血液に濡れた部分が時折ふくらはぎに張り付くことを除けば、おおむね快適だった。


「今日のユニコーン撃ち、私が見てきた中で最も腕が良かった」サラは蹄が地面を蹴る音にかき消されないよう少し声を張った。「これまでも彼女が撃つのを何度か見たが、確実に上達していた。心臓は確実に避け、外に流れる血を最小限に抑えていた。優秀だ」


「直接伝えてあげればよかったのに。すれ違ったときに見向きもしなかったでしょ」


「ただの素人の感想だよ、聞かされても困るだけだろう」サラは言った。「そういえば、メアリー、ただの会釈にしては随分と長く彼女と視線を交わしていたね。気になることでも?」


「いや、ただ珍しく目が合ったものだから。いつも帽子を目深にかぶっているからわからなかったのだけど、彼女は恐ろしいほどきれいな赤い目をしていてね、思わず見入ってしまったんだよ」


「魔女の目はどれも赤いだろう?」


 サラは不思議そうに首をかしげた。


 確かに、ユニコーンを撃ち殺せるのは魔女だけであり、軍服の彼女も例外なく魔女なのだから目が赤いことは当然だ。


「それはそうだけどね、サラ」私は少し笑った。「比べる必要もないくらいに見事な赤だったんだよ」


 いつの間にか道の両側に並んでいた木々は人工的な建築物に変わり、馬車は黄色いレンガ造りのテラスドハウスの前で停車した。馬車を降りて御者に礼を言い、一足早く玄関扉に向かうサラの背中を見送った。それから無意識の習慣に従ってテラスを見上げた。3つのフロアに上げ下げ窓が3つずつ、屋根裏部屋。2年前の私が普通に生活していれば建物内に入ることはおろか、前を通り過ぎることすらなかったかもしれない弁護士や官僚クラスの人々が住むテラスだ。


 2年前の春、少なくとも知り合いではないとある人物から受け取った『あなたは今年採用のユニコーンの囮に選ばれました』と記載された手紙によって、人生のポイントが切り替えられた。手紙を受け取った翌週からの3年間、私の普段通りは立消えになった。その代わりに自由な時間と1人のメイドとテラスハウスが貸し出され、1週間に一度ユニコーンの血液に衣服を濡らす生活が半強制的に決定された。


 そんな生活サイクルにも2年もたてば慣れてくるものだが、宮殿のような外観を目にするたびに自分が間違った座標を占めている気がした。


 しかし、私の1年後にユニコーンの囮になり、同じテラスで生活を送っているサラは同調してくれなかった。


「また飽きもせず眺めていたのか?」


 座標を確かめ終えた私に、玄関扉にもたれていたサラは口端をゆがませて嫌味っぽく笑った。


「癖になっていてね、入る前に眺めないと気が済まないんだよ」


「早く落とさないと、その血が染みになる」サラは言って、扉を開いて室内に入った。


 私も彼女に続いて入り、自分の寝室がある2階に上がった。寝室の窓とは垂直の位置にある壁に沿って設置されたクローゼットから新しいスカートを取り出し、手早く着替えた。


 それからコートを羽織り、護身用の拳銃をポケットに入れた。ユニコーンの特性上、囮には決して失ってはいけないものがある。それを守るために手紙の人物から拳銃が支給され、外出時は携帯するように命じられていた。

 

 地下にいるであろうメイドに汚れた服を届けるつもりだったが、階段ですれ違ったのでそのまま彼女に預けて1階まで下りた。


 私が着替えて下りてくるのをずっと待っていたのか、サラは退屈そうに階段の手すりにもたれて丸いトップを人差し指でコツコツつついていた。


「ごめん、待たせたね」駆け下りると、サラは伏せかかっていたまぶたをパッと上げた。


「本当に。でも問題ない。一般市民に開放されている時間帯は限られているが、 今から行っても十分に間に合うよ」


「間に合うって……目的地があるの?」


「ああ、散歩はついでだよ」


「で、どこへ?」


「モルグへ」

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