第47話 アクシデント
ステージでの練習を続けていると、レッドウイング役の
僕も後れないように輪の中に入ると、渡会さんが右膝を抱えて転がっている。どうやら殺陣の最中に膝を捻ったらしい。即座に救急車が呼ばれ、渡会さんは所長と監督とともに病院へと連れていかれた。
残された僕たちはステージを所在なげにうろつくしかなかった。渡会さんの状態次第だが、メインヒーローであるレッドウイングを欠いたままヒーローショーを開催するしかないのだろうか。
「渡会さんの代わりにレッドウイングをやれる人に代役を頼むしかないだろうな」
「俺も当初はレッドの練習もしたけど、ここ何年も代役なんてやっていないからな。しかも今のレッドの立ち回りなんて憶えていないぞ」
「レンジャーの人でレッドのバックアップする人っていないんですか?」
「怪人がバックアップできるらしいけど、そうなれば今度は怪人の代役が必要になるな」
「うまい落としどころってないんですかね?」
怪人は大きなスーツを着なければならないので、代役をやれる人は少ないらしい。
初演は明日の土曜夕方の回だ。そこまでに渡会さんが復帰してくれないとショーが中止になりかねない。
僕のショーデビューがお流れになるし、期待していた給料も支払われないかもしれない。そうなったら高校を辞めざるをえなくなるのだが。
渡会さんが病院から帰ってくると、右膝を包帯でぐるぐる巻きにしていた。
「皆、すまない。ドクターストップがかかってしまったよ。少なくとも二週間は運動するなと念を押されているんだ」
明日の初演までに回復するとはとても思えない。
体操経験者は多少の怪我を押してでも競技を継続するような人が多い。おそらく渡会さんも明日は包帯をとって無理にでも演技しようとするだろう。
「そこで、代役を立てようと思うんだ。レンジャー役でレッドの代わりができる人を動かして、空いたところにそのヒーローの代役を入れる。そうやって玉突きに替える方法もあるんだけど。ブルーはどう思う?」
「ここまでブルーの殺陣だけをやってきたので、今のレッドの殺陣を憶えている人なんていないと思うけど」
ブルー役の人に同意するように、他のレンジャー役もレッドの代わりはできないという。となれば怪人役をレッドにすることになるのだろうか。
「渡会さん、俺怪人以外やれませんよ。今からレッドの殺陣なんて憶えきれないですし」
そう。レッドウイングは渡会さんが作り上げた殺陣で演技するから、他の人がおいそれと代役などできないのだ。
所長と監督が顔を寄せている。
「まいったな。渡会の代わりを今から用意して、明日までに間に合うのか?」
「それなら渡会の回復に賭けたいところですね。とにかく動き出してしまえばなんとかするだろう」
「しかし、あまり無理をすると後遺症になりかねないという話でしたからね」
となれば、今回のショーのためだけに渡会さんを無理やり演じさせるのはかえって効率が悪いかもしれない。
「妙案がないわけじゃないんだけど」
渡会さんの言葉に皆が注目する。
「幸いなことに、僕の殺陣を間近で何度も見ていた人がいるんだよ。その人を代役に鍛え上げられれば、皆に迷惑をかけずに乗り切れると思うんだ」
「そんな都合のいい人っていましたっけ?」
「戦闘員の
その場にいた全員の視線を集めることになった。
「た、確かに間近で見ていましたけど。ショーの経験のない僕がいきなり主役じゃまずいですよ」
「いや、ヒーローショーはチームプレーだ。君がある程度こなしてくれれば、残りは殺陣の相手をするアクターがサポートすればいい。それに、君は特別な目を持っているからね。一度見たものをそのまま再現する能力だ」
「渡会、それは本当か?」
「はい、
所長が僕を見ている。
「巽くん、デビューでいきなりレッドウイングは酷かもしれないけど、渡会くんから演技の指導を受けてください」
監督が忙しく頭を掻いている。
「多少殺陣が雑になっても、周りがすべてフォローする。元々君は今回のショーでは計算外だったんだ。いなくても成立する役どころだからね」
車椅子に座るほど深刻な怪我をしている渡会さんの演技よりも、怪我のない素人の演技のほうが期待が持てるのであれば、迷惑をかけないためにも引き受けるべきかもしれない。
しかし、ただの素人だから他のアクターが納得するとは思えない。
「じゃあテストをしようか。巽くん、レッドウイングのスーツを着てください。そして皆の前でバク転とバク宙をしてもらおう。その演技がレッドにふさわしいかどうか、皆で決めればいい。少なくとも怪我をした僕が押して出演した場合と比べれば、よいのは確実だからね」
長年願っていたレッドウイングになれる。
だが、所属してすぐにメインでよいのだろうか。
渡会さんの指示でレッドウイングの姿になり、ステージ上でバク転とバク宙を披露した。いずれも感心してもらえたようだが、殺陣は未経験だからどこまで演じられるかわからない。
「よし、バク転とバク宙は申し分ないね。あとは殺陣だ。巽くん、レッドの殺陣を思い出しながら、軽く合わせてみようか。皆、通し稽古の準備を。今は一秒でも惜しい。素人をヒーローに仕立てるには、皆の助力が不可欠だからね」
リーダーの渡会さんの指示に従い、皆が初期配置についた。
母子役がステージ上で歩いているところに戦闘員Aグループが登場する。そして僕を含めた六人のレンジャーがステージに上がる。
「巽くん、ステージに出たらいったん止まって見得を切る。観客にレンジャーが現れたことを強く印象づけるためだから。止まっている間にステージを確認して、殺陣を始める相手の位置を確認すること。そこまでの流れを繰り返すよ」
登場の仕方から殺陣の流れまで、何度も繰り返した。通し稽古までたどり着くのがひと苦労だ。
殺陣の最中にバク転とバク宙を挟むのは慌ただしかったが、狭い視界でステージを確認しながら本番に向けた準備を整えていく。
果たして明日のステージまでに間に合うのか。
僕は念のため
不測の事態で、明日の授業には出られないことを職員会議で
無断で休んでもよいのだろうが、高校から特別にアルバイトを認められているのだから、やはり学校には報告したほうがよいだろう。
あとは義統先生がなんとかしてくれるはずだ。
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