第38話 ヒーローショー事務所

 ヒーローショーの事務所で行なわれる面接にやってきた。どうせ初めのうちはやられ役を任されるのだから、それほどきつくはないはずだ。

「君、せんまいの生徒なんだ。じゃあ体操部に入っているとか?」

「いえ、部活動はしていません。アルバイトをやらないと学校に通えなくなりますので」

「家計が苦しいとか?」

「はい。母子家庭でして、高校の入学金を支払ったら底をつきました」

「高校に入らず就職する気はなかったの?」


「入学後にアルバイトをすれば家計を支えられますから、母と相談して最低でも高卒ということで合意していました」

「ということは、アルバイトのシフトを飛ばすようなことは心配しなくていいのかな?」

「はい。学業を優先していただければ、夕方や土日の仕事には入れます」

「いちおう交通費は別途支給するし、給与も日払いになるけどだいじょうぶかい?」

「そのほうがありがたいくらいです」


「あとは危険手当が出るけど、同時に保険にも入ってもらわないとならないから、そのぶんの天引きも計算に入れておいてね」

「わかりました」

 面接官は品定めをするように全身くまなくチェックしているようだ。動きやすい服装で来てくれとの条件だったので、高校のジャージを着てきた。


「それじゃあ、実際どの程度動けるのか、確認させてもらおうか」

 いよいよ実技テストか。今日までの努力の成果を見せられるかどうか。初めてのことなので緊張がないとはいえない。だが、体操部に見られながら地道に練習してきたから、見られていることには慣れてきたところだ。

 面接官はスマートフォンを取り出して、電話をかけた。


「ああ、渡会わたらいくん。今から事務所に来てください。新しい子が入るから動きを見てほしいのですが。ええ、すぐにです」

 スマートフォンをしまった。

「先枚の生徒で体操部員なら即採用なんだけどね」


「いちおう体操場での練習は学校側から認められています」

「へえ、動きを見てもらえるんだ」

「いえ、ただバク転とバク宙の自主練を体操場でやるように指示されているだけです」

「ずいぶんおかしな練習風景だね。どうせ体操場を使わせてくれるなら、宙返りの指導くらいしてくれてもいいのに」


「僕はこれまで砂場で練習してきたんですけど、他の生徒が真似すると危ないから、砂場では練習しないように。練習するなら体操場内でやるように、と指導されました」

「自力でバク転とバク宙ができるようになったのかな?」

「いえ、自力では前転跳びが精いっぱいでした。バク転とバク宙は高校入学時に体操部とかけあって、それだけを教えてもらって退部しました。担当の松本コーチが初心者には教えないとのことで、バク転とバク宙さえ教えてもらえたらすぐに退部します、と言って交渉が成立しました」


 事務所の扉を叩く音が聞こえた。面接官が応えると扉が開いて男の人が入ってくる。

「渡会くん。彼の動きをチェックしてください。バク転や宙返りはある程度はできるらしいから。殺陣の経験はないんだよね?」

「はい、殺陣は習う環境にありませんでしたので」

「だから彼が殺陣の動きを憶えられるか、重点的に見てください」


「わかりました。僕は渡会。ここの班長をやっています」

 右手で握手を求めてきた。それを握り返した。

「巽です。よろしくお願いします」

「じゃあ、下の練習場に行こうか。そこで君の動きをチェックさせてもらうよ」

「わかりました」




 練習場で僕なりのバク転とバク宙、そして前転跳びと前方宙返りを披露した。

「うん、ちょっと変わっているけどバク転もいいし、宙返りも高いね。スタンドから後方伸身宙返りができるのもいいアピールになる。あとは着ぐるみでどこまで活かせるかだね」

「ありがとうございます」

 事もなげに答えた。

「あれだけ動いて息が切れていない。スタミナもかなりありそうだね」

 渡会さんが少し考えごとをしているようだ。


「次は着ぐるみに入ってもらうか、殺陣のチェックをするか。どちらがいい?」

「おそらくですけど、最初は敵戦闘員役でしょうから、着ぐるみは使わないと思いますので、殺陣をやってみたいです」

「確かに新入りにいきなり着ぐるみはないからね。でも突然誰かが休んだ場合は入ってもらうこともあるから、そこだけは覚悟しておいてね。じゃあ先に殺陣をやるよ。畳の上にあがってもらえるかな」


 練習場の隅にある畳敷きの上に立った。

「まず僕が右手でこう突くから、タイミングを合わせて後ろに跳んで倒れてみて」

「はい」

 渡会さんの右手正拳突きが当たったつもりで派手に後ろへ跳んで受け身をとる。

「へえ、受け身もさまになっているね。学校で憶えたの?」

「いえ、前転跳びをマスターしたときにしこたま砂や土に頭から落ちていましたから、そのうち危ないと思ったら受け身がとれるようになっていました」


「なるほど、経験は豊富なんだ。じゃあ次は回し蹴りをするからそれに合わせて跳んでみて」

 綺麗な後ろ回し蹴りが来たので、ギリギリまで引きつけて遠くまでジャンプする。

「スタンドでの後方伸身宙返りを見て思っていたけど、君、ジャンプ力あるね」

「垂直跳びは百センチくらいですね」

「その身長で!? すごいね。僕は八十センチくらいなんだけど、その二十センチ上か」

 まあ自慢できる体力としてはスタミナと垂直跳びくらいだしな。


「じゃあ今度は逆をやろう。まず君が右手正拳突きをして。その後で回し蹴りも見てみたいな」




 ひととおり流れに沿って手合わせをしてもらった。そのあと着ぐるみに入ってのバク転や宙返りなどをチェックした。

 すべてが終わってから、渡会さんと事務所へ戻った。

「所長、確認終わりました」

「ずいぶん長かったね。で、どうだった、この子は」

「筋がいいですね。とくに目です。一度見たものを再現する能力に長けています。おそらくステージを一回こなしただけで、全員の動きをカバーできると思いますよ」


「そんなにか」

「はい。これならすぐにでもスーツアクターをやってもらえると思います。ですが初日からは酷なので、初日は敵戦闘員をやってもらいましょう。そこで僕たちの動きを見てもらいます」

「スーツアクターはなり手が少ないからな。巽くん、君の入所を歓迎するよ」

「あとはここに通わない日も学校で受け身の練習をしてもらいます。天性のよけカンがあるのですが、それに頼るといつかはケガをします。まずは基本に立ち返って受け身を積んでもらいましょう」


「うん、いいんじゃないか。じゃあ来週土曜に桂木デパートの屋上で行なわれるショーでデビューしてもらおうかな」

「はい! よろしくお願いします!」



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