第30話 トランポリン対決
翌週の体育の時間でトランポリンをすることになった。今日は雨が降っているわけではないのだが。
やり方が露骨になってきた、ということかもしれないが。
トランポリン部に仮入部している
「じゃあひとりずつトランポリンに載って、跳躍してみましょうか。まずは
「そうですね。ひねりがやりたいです」
「宙返りではなく?」
「ただ宙返りができたところで意味がありません。もう少し映えるものをやりたいんです。ひねりの感覚を身につけたいので、ひねりをやってみたいのですが。おそらく体操部の春日くんと若林くんならひねりも簡単にやれそうなんですよね」
軽くケンカを売ってみた。
「じゃあ春日くんと若林くんから見せてもらおうかな。ひねりの演技を見せてほしいんだけど」
「かまいませんよ。素人に見せてわかるものでもないでしょうけどね」
どうやら買ってくれたようだ。実に単純な性格だな。
まず春日がトランポリンに載って高くジャンプする。周囲からどよめきが起こる。
「じゃあひねりを入れますね」
ひねり、まっすぐ、ひねり、まっすぐと交互に実施している。
まずはひねりのポイントをマスターしておこう。
別に体操部へ本格的にケンカを売っても意味がないからな。
ひねるときは下から跳ね上がる直前に手を前へ振って体をねじるようにしている。
そうか。跳び上がってからひねりを入れようとしても支えるものがないからひねれないんだな。ひねりのきっかけは跳ね上がる前に入れなければならないわけか。
「さて、ここからが見ものだ」
若林がつぶやくと、春日が宙返りを始めた。
「ちょっと春日くん、授業では宙返りはやらないで!」
お構いなしに抱え込み二回宙返りをするとそこにさらにひねりを入れてきた。あれが月面宙返りか。
「あれを伸身姿勢でやれないのか?」
「お前バカだろう。トランポリンでも後方伸身宙返り一回ひねりなんて大技だぞ。貴様は開脚跳びが関の山だ」
だよなあ。まあトランポリンはヒーローショーでも使うだろうから、今から慣れておくに越したことはないか。
高く跳んでいた春日がバネを殺す動きでジャンプを終えた。ゆっくりこっちへ歩いてくる。
「すまない。今のは勘違い野郎にはできない芸当だったな」
勘違い野郎ね。別に体操がやりたいわけじゃないんだけど、そのあたりを誤解している人は「勘違い野郎」ではないのかね。
「じゃあ次は若林くんで」
「富澤コーチ、すみませんが僕にやらせてもらえませんか。今のでひねりのポイントがわかった気がするので」
「なにっ!?」
まあこう言うとだいたいの人は驚くわな。どう思われてもいいから、僕はひねりの感覚を試してみたかった。
「じゃあ次は巽くんね。間違っても宙返りはしないこと」
「できませんよあんなの。ひねりをきちんと入れられるか確認したいだけなので」
まずはポンポンと跳ねてから一気に高く跳び上がった。高さで言えば春日よりも出ているだろう。場内が沸いている。
「ひねり入れます。」
まず着地したら強く脚を踏み込んで、跳び上がる前に右手を前へ振る。そのままの勢いで跳躍すると、体がゆっくりと回り始めた。
確かにこうすると体がゆっくりひねられるな。
三百六十度ひねる前に右手を戻してトランポリンに着地するとそのまままっすぐ跳躍する。
また着地したときに今度は左手を前へ振った。
今度は左回りのひねりが生まれた。着地するとまたまっすぐ跳躍する。
次はより勢いよく右手を前へ振ると、今度は体がキリモミ状に回転を始めた。
さすがに回転しすぎた。体を開いてひねりをある程度相殺し、ゆっくりになったらそのまま春日がやったように膝でトランポリンを吸収してジャンプを終えた。
「巽くん。今のはなに? あんなに強く回転したらトランポリンから放り出されるわよ。ひねりすぎは宙返りよりも危険なの。もう二度とあんなに激しいひねりはしないこと。いいわね」
富澤コーチが念を押すと、次に若林の試技が始まった。
「やはりド素人はトランポリンについても無知だよな」
「自宅にトランポリンがあるわけでもなし、特性を知っている人がどれだけいると思っているんですか?」
若林は開脚跳び、屈伸跳び、ひねりと多彩な技を披露している。
「トランポリンは若林のほうが上だな」
「なにを! やつは宙返りをしていないだろう。宙返りも含めれば俺のほうが上だ!」
「その宙返りは禁止技だからな。トランポリンの成績としては若林のほうが上で間違いないだろうに。そんなに負けたくないのか?」
同じ体操部でも負けたくない相手がいるっていうのは励みになるだろうな。
「ド素人の貴様に勝てればそれでいいんだよ」
「なぜド素人にケンカを売っているのか。よくわからないんだよな。ド素人とわかっているのなら、相手にしなければいいだけだろうに」
どうやらそのひと言でカチンと来たようだ。
「貴様みたいなド素人に会いに、あの稲葉さんが何度となくうちに来ているんだ。俺たち専門家目当てじゃなくな」
「あの人も勘違いがひどくてね。今度会ったら君たちを紹介しておくことにしよう。それなら文句ないだろう?」
「本当に俺たちを紹介するんだろうな」
訝る目をこちらに向けている。
「正直付きまとわれていい迷惑なんでね。関心を逸らせられるなら喜んで協力するよ。春日くんと若林くんだよね。他に紹介しておいたほうがいい選手っているのかな?」
「ふん、意外と物わかりがいいじゃないか」
授業が終わり、トランポリン場から体操場の脇を通り抜けるときに、中から聞き慣れた声がしてきた。
さっそく春日と若林をつかまえて体操場へ連れて入った。
「ほう、巽くんのほうから入ってくるとはね。なにか用かい」
「稲葉さん、僕より優秀な選手がふたりいますので紹介したいのですが」
「春日くんと若林くんか。君たちのことはよく知っているよ。ジュニアの大会で何度かうちの潮と対戦しているからね」
「僕よりよっぽど見込みがありますので、ぜひ彼らを支援してください」
「そのためにはうちの体操教室に通ってくれないとね。彼らは別の体操教室に通っていたから手が出せない」
志願者の前でわざわざ言うことだろうか。
「じゃあ僕を勧誘するのは、他の体操教室に通っていないからですか?」
「その一面は否定しないよ」
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