第27話 首跳ね起き
雨が降ったため、今日の体育の時間も引き続き体操場で行なうこととなった。
体育教師の
マットを出し終わるとその前に生徒が並んで座る。
「前転や後転、開脚前転あたりは中学でもやっているはずだから、今からネックスプリングをやってもらう」
ネックスプリングってなんだ? ハンドスプリングは前転跳びのことだよな。
「体操部の春日くんと若林くん、手本を見せてくれ」
「はい」
ふたりがマットの上で横になった。
「まずマットに寝て、そこから両足を持ち上げて顔の前まで持ってくる。そして──」
春日と若林が両足を跳ね上げながら上体を浮かせ、両足で着地して起立の姿勢に持っていった。
なるほど、あれをネックスプリングというのか。
たしか教科書では「首跳ね起き」と書いてあったっけ。ダンスなんかでよく見るやつだな。
「と、このように起き上がってもらう。中学で習っていないからもちろんできなくて当たり前です。できるからといって体育の成績が上がるものでもありません。ちょっとした挑戦だと思ってくれればいいですからね」
ちょっとした挑戦ね。
まあ技の原理がわかれば僕も
ただ、どうもなにかがおかしいような気がする。なにか作為的なものを感じるのだ。
雨が降ったから室内で、というのはわからないではない。
それなら体育館でバスケットボールとかバレーボールとか、バドミントンとか。やるものには事欠かないはずだ。
それなのに先週と今週、マット運動をやっているのはなぜなのだろうか。
どうにも怪しく感じてしまうんだよな。
そりゃ体操場を有している都立高校ということもあるのだろうが、それだけとは思えなかった。
仁科とペアを組み、交互にマットの上でネックスプリングを行なってみることになった。春日と若林が体育教師の義統先生とともに各組をまわって指示している。
「
「コツねえ。両足を跳ね上げるときに全力が出せるよう、その前に両膝を頭に引きつけて腰を浮かせて、その反動も利用すれば一発だろうな」
「ほんと、よくコツが見えるよな。その目は」
「目ってより、経験知だろうな。これまでいろいろな失敗を繰り返してきたから」
「こうすると失敗する、というのは蓄積されるとして、こうすると成功する、っていうのが見えるなんて特異体質かなにかか? それこそ本当はヒーローだった、なんてことはないよな?」
「あるわけないって。まあ無駄口はいいから、早く実施してみなよ」
マットへ横になった仁科が、上体をいったん持ち上げて軽く後転しつつ体を折り曲げてから反動を使って勢いよく跳ね上がる。
皆がなかなか決まっていない中、一発で成功させて周りを驚かせている。
さすが仁科だな。これで春日や若林の鼻も折れるだろう。
「次、お前の番な」
「わかってるって」
気楽にマットに横たわった。首跳ね起きは前転跳びの後半部分そのままであり、前転跳びができる人ならまず成功できる。
逆に首跳ね起きに成功したからといって前転跳びができるとは限らない。前転跳びのほうが難易度は高いのだ。
さて、問題は首跳ね起きをそのままやっても当たり前すぎることだ。
どうせやるなら、もう少し難易度を上げてもいいだろう。
ではなにをするべきか。たとえば後転倒立してから下肢を振っての前転跳び。または首跳ね起きからそのままうつ伏せ状態になるのも考えられるか。
おそらく体操部なら後転倒立からの前転跳びはできるだろう。となれば後者か。
春日と若林が近寄ってくるのが見えた。ちょっとばかり驚いてもらおうかな。
仁科同様、上体をいったん持ち上げて軽く後転しつつ反動を使って勢いよく跳び上がる。
体が宙に浮いているときも伸身姿勢を崩さず、着地することなくそのまままわり続けて両手で着地してうつ伏せ状態になった。
「あ、ありえねえ……」
案の定、ふたりを驚かせたようだ。まあこの程度はシニアクラスなら実施できるだろうから、経験の少ない高校生としてはじゅうぶん驚ける試技だったはずだ。
ちょっと嫌みのひとつでも言ってみたくもなった。
「おふたりもこのくらいはできるんでしょう? ぜひ披露していただいて足りなかったところを教えてください」
慌てるふたりを見ていると、あれだけしつこく迫ってくる秋山コーチに一矢報いた気がする。
これでなにか言ってきても、男子体操部の連中がよしとしないだろう。
「ふたりともたいしたものだわ」
聞き慣れた女性の声に振り返ると、当の秋山コーチが立っていた。どこから見られていたんだ?
「義統先生、このふたりを少しお借りします」
体育教師の義統先生はやや困惑したものの、すんなりと彼女を通した。
この学校ではこうも体操部に権力が集中しているのだろうか。まさか授業中に
「ここまでくればいいでしょう」
そっちはよくてもこっちは都合が悪いんだがな。
「ふたりとも、首跳ね起きの経験は?」
「今やりましたよ。なあ仁科」
「確かにそのとおり」
「そんなことを聞いているんじゃありません!」
秋山コーチが怒り心頭だが、聞かれたことはそのとおりのはずだが。
「こちらが勘違いしない聞き方をしていただけませんかね。勝手に質問して勝手にキレられてもこちらには打つ手がありませんので」
「なんですって!」
冷ややかな目で見られていることに気づいたのか、若干トーンが落ちた。
「と、とにかく、中学校以前に首跳ね起きを習ったことはあるのかしら?」
「ありませんね」
仁科と声が揃った。
「なくても成功させられるわけだ」
「コツさえわかれば、よほど足腰が弱くないかぎり成功しますよ。あの技は」
「それはそうだけど」
「コツを見抜くのは巽の役目。俺はそれを実施しているにすぎません」
「聞いただけで実施できるものなの?」
「ポイントは押さえているつもりですからね」
「でも、首跳ね起きからそのまま手で着地するなんて、シニアでもできないわ」
やはり高校ではちょっと刺激が強かったかな。
「いや、できる人はいるはずですよ。僕にできるくらいなんですから」
「いたとしてもトップクラスでしょうね。首跳ね起きであれだけの高さなんて見たこともないわ」
驚くのは勝手だが、それが授業を中座させる理由になるのだろうか。
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