第22話 必殺技

「いいのかい、高村さん。彼らはバク宙を成功させたら退部しなきゃならないんだよ?」

「まあ短い付き合いかもしれないけど、経験者が補助しないことにはいつまで経っても成功なんてできないんだからね。邪魔が入る前にさっさと始めましょう」

 たかむらさんが着ているジャージの袖をまくっている。


しなくん、バク転とは違って胸を中心に回転するのよ」

「わかりました。仁科、いきます!」

 覚悟を決めた仁科は、力強くマットを蹴ると両膝を引き寄せて胸を中心に回転する。

 高さが若干足りないかなと思われたが、なんとかギリギリで回りきった。


「すごい子ね。一度見てアドバイスを聞いただけで技ができるなんて」

「そ、そうですか? 俺って才能ありますかね?」

「筋はいいんじゃないかしら。いくらバク転ができるからって、素人が一発でバク宙を成功させるなんてなかなかできないわ」


「じゃあ次はたつみくんだね。君の場合体の構造があるから高く跳びすぎるとしても、体を解くタイミングは間違えないように」

 仁科と場所を入れ替わってマットの上に立った。


「跳びすぎる? スタンドのバク宙で?」

 高村さんが首を傾げて不思議な顔をしている。

「巽、いきます!」

 上体を畳んで膝のバネを活かして高く跳び上がり、軸を上昇ベクトルからズラして回転していく。


「うそっ!」

 ジャンプの頂点に達する前に半回転してしまった。このまま頂点で解くと背中から落ちるはず。ここで体を開いていかないと危険だ。

 そう思ったのだが股関節がロックされて体を解けなかった。そのまま脳天から落ちていった。

 そこを淺岡キャプテンと高村さんが補助してなんとか頭から落ちる事態は避けられた。


「巽くんはじゅうぶんに高さが出ているけど、やはり体がついていかなかったね。仁科くんは一回目からなんとかまわりきったからこちらは完成といっていいかな」

「昨日バク転を習った子が、失敗したとはいえここまで高いバク宙をできるものなの?」

「ああ、高村さん、巽くんは垂直跳び百センチなんですよ」

「百センチ!? ありえないわよ、そんなの……」

 浅岡さんが僕たちの手前までやってくる。


「少なくとも巽くんは体に合ったバク転と宙返りを模索しないといけないね。仁科くんはもう少し高さが欲しいかな。できるだけ見栄えのよいバク宙のほうが女子にモテるだろうからね」

「浅岡くん、ふたりのバク転見られるかしら? できればバク宙ももう一回見たいんだけど」

 高村さんが淺岡さんに提案した。


「どうする? いちおう高村さんにも見てもらって、完成したかどうか確認してみるかい」

 仁科と顔を合わせてうなずいた。

「お願いします」

「よし、じゃあ巽くんはできる範囲内で、仁科くんはバク宙をもう少し高く跳んで退部できるように。悔いを残さないようにね。じゃあ連続バク転を仁科くんから」

「ここも仁科くんからなの?」


「俺は巽の引き立て役なんですよ。逆の順序だったら俺の演技がつまらなく見えますからね」

「何いってんだよ。俺は小学二年から毎日練習してきたからの差だけだろうに。筋は間違いなく仁科のほうが上だよ」

「小学二年から毎日? あなたたしかド素人って言われていたわよね?」


「誰かに教えてもらったのは昨日が初めてですよ。それまではオリンピックの録画と一冊の教科書だけですから」

 仁科が早く跳びたそうな顔をして待っていた。

「悪いな、仁科。じゃあ連続バク転な」

「任せとけって」

 立った状態からバネを使って後方へジャンプし、床に手をついたら全身のバネを利かせて足で着地する。その勢いのまま次のバク転へとつなげていった。

「すごい……」

 高村さんはぽつりと漏らした。ただのスポーツ万能ではこうはいかないだろう。


「じゃあ次、僕の番ね」

 ピットへ向かってダッシュし、ロンダートから不格好ながらもバク転を行なった。そしてスタート位置に戻って次はロンダートから高く跳び上がる。そのままゆっくりと抱え込み宙返りをしてピットの中へ落ちる。ピットから這い出て駆け足で皆のところまで戻っていく。


「巽、お前はやっぱりハンデがあるよな。まあ着地の練習は砂場でやればじゅうぶんだろ」

「そうだね。砂場で練習すればすぐにものにできそうだ」

「砂場って?」

 高村さんが不思議がっている。


「あ、僕の昔からの練習場所なんですよ。学校の砂場でそれまで練習していましたから。ここにも砂場があって安心しました。これならいつでもバク転とバク宙の練習ができそうだ」

 高村さんが凍っているのがよくわかる。まあ常識はずれなのは確かだろうな。


「じゃああとは立った状態からのバク宙ね。仁科くん、次は腕を勢いよく振って高さを意識してね」

「わかってますって」


 凍っていた高村さんがなんとか動き始めた。

「ちょ、ちょっと待って」

「はい?」

「あなたたち、これだけできるのに体操辞めちゃうわけ?」

「そうですけど」

「もっと難しい技に挑戦しようとか、金メダルが欲しいとか、そういう気持ちはないの?」

 仁科と向かい合って声を揃えた。

「ありませんよ」

 あっさりとした答えに呆気にとられているようだ。


「彼らはヒーローになりたかっただけなんだそうです。ヒーローがバク転やバク宙をやっていたから自分たちもできるようになろうって。ふたりともそういう欲しかないんですよ」

 浅岡さんが補足してくれた。


「じゃあ仁科くん、バク宙いってみよう!」

「はい!」

 先ほどよりも腕を大きく振ってしっかりと跳び上がり、軸をベクトルから外して大きく宙返りをした。頂点までに半分まわり終えているので、あとはマットを見ながら確実に着地した。

「よし、これで仁科くんはバク宙もマスターしたね」

「キャプテン、ありがとうございました!」


「じゃあ次、巽くんの番だけどどうする? もう一度やってみるかい?」

 少し悩んでみたが、ちょっとあれを試してみようと思いついた。

「そうですね。ちょっとアレンジしてもよければやってみたいです」

「アレンジね。いいんじゃないかな。おそらく補助が必要だよね?」


「そうですね。思いついたとおりに体が動かなかったら危ないので、補助してもらえると助かります」

 浅岡さんが補助しようと僕の横に立った。

「すいません。もう少し後ろで構えてもらえますか。そう、もう少し。だいたいそこで」


「今度はなにをするつもりなの?」

「ヒーローにはつきものの必殺技です」

 高村さんの疑問に、にかっと笑顔を見せた。


「じゃあいきます!」

 バク転と同じ要領で体重を後ろにかけながら高くジャンプした。

 しかし膝は引き込まず代わりに胸を大きく反らす。そのままの姿勢で宙返りしてマットをしっかりと見ながら着地する。


「スタンドから後方伸身宙返り……。ありえないわ……」

 浅岡さんが手を叩いて近寄ってくる。

「補助は要らなかったみたいだね」

「回転不足になるかもって思ったんですけど、じゅうぶんまわれていましたね」


「これだとロンダートからでの後方伸身宙返りくらいわけなくできそうだね」

「そのつもりです。それも砂場で着地を練習すればいいでしょう」

「こんなバカなことって……」

 高村さんがひとりではんもんしていた。



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