第18話 バク宙の問題
「今の要領で、次は伸身姿勢で宙返りしてみようか」
「伸身宙返り、ですか。確かにあれだけ高ければ余裕はありそうですけど……」
「けど?」
「トランポリンで先に感覚をつかむんじゃなく、先に実施するのはありなのかな、と」
その言葉でキャプテンは気づいたようだ。
「た、確かにそうだよな。でも試しに一本跳んでみようか。君くらい高さが出るのなら、ある程度形になると思うから」
「わかりました。じゃあ次は
「よし、今のお前の実施でイメージがつかめたわ。次は決める!」
親指を立てた右拳をこちらに突きつけてくる。
「じゃあ、仁科、いきます!」
ダッシュした仁科はロンダートの着地から素早く体を跳び上がらせて、完璧な伸身姿勢を作り、その後で上体をやや後ろに反らして軸をベクトルから外し、両足を引きつけながらゆっくりと回転を始めた。頂点で頭が下を向いたのを確認したら体を解いて着地点目指して下りてくる。ピットの中に落ちた仁科に駆け寄った。
「俺、できちゃったわ、バク宙」
「ああ、綺麗なバク宙だった」
「それじゃあいったん休憩しよう。今プロテイン持ってくるからね。マネージャー!」
キャプテンがマネージャーからプロテインをふたつ持ってきてくれた。仁科にも渡して僕たちはまずいプロテインをゆっくりと飲みだした。
「それじゃあ次の課題なんだけど、どうしようか?」
仁科とともに浅岡さんに振り返る。
「課題ですか? 僕は伸身宙返りですよね。仁科は今の完成度を高めていくか、バク転からもしくは伸身宙返りってところかな」
キャプテンは首を横に振った。
「おそらく仁科くんだと伸身宙返りはできないかな。高さが足りていないんだ。
その宣告を聞いても仁科はまったく落ち込まなかった。
「まあそのくらいハンデがないと、巽の日々の努力には追いつけないってことですね」
「そういうこと。だから仁科くんは、ロンダートからバク転してそこから宙返りを目指してみるかい? それとも立った状態からの宙返りを先にマスターしてみるかい?」
「立った状態からのバク宙いいですね! 男性アイドルグループがよくやってるやつ!」
仁科は俄然やる気が湧いてきたようだ。
「それでお願いします! よし、これだけは巽よりも先に成功させてやるからな。そうしたら女子にモテモテだ!」
大声を出した後ににやにやした表情を浮かべているが、うちは体操部のある公立校なのだから、バク宙ができる男子はそれほど珍しい存在でもないのだが。
まあその指摘は夢を壊すから黙っておこう。
「それじゃあ次、巽くんだね。伸身宙返りをしてもらうけど、さすがに手本がないと難しいよね」
「いえ、たぶんなくてもできると思います」
「できるの!?」
キャプテンは驚いた表情を隠さなかった。
「抱え込みでもかなり余裕がありましたから。軸を胸に置いて抱え込みより少し胸を反らせればもっとベクトルから外せて伸身でも回転できると思うので」
「確かに君の言うとおりなんだけど……、なんでわかるの?」
不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「毎日跳んでいますからね。できそうかどうかもある程度わかるようになりました」
「じゃあもしかしてここ以外でも練習しているとか?」
「いえ、さすがに憶えたての技はやりません。確率が上がったら始めるでしょうけど」
「さっきの感じだとバク転はある程度憶えているよね?」
「だと思います。マットの上ではもう怖くないので、少しずつハードルを上げていこうかなと」
「それはちょっと待ってくれるかな。それで君が失敗して大ケガをしたら、教えた僕たちが責任を問われるからさ」
「えっと、わかりました。でも砂場くらいならいいですよね? 頭から落ちてもたいしたことありませんので」
「それもあまりオススメはできないんだけどね。だから体操部に正式に加入して練習として技を磨いてくれるのがいちばんありがたいんだけど……」
まあそういう流れにはなるだろうな。
「いえ、松本コーチとの約束がありますからね。バク転とバク宙を憶えたらきっぱりと退部します」
「コーチに遠慮しているのなら、僕がなんとかするからさ。君たちも体操部で頑張ろう、とは思えないのかな?」
「おそらくそんなことを考えているのはキャプテンだけだと思いますよ。新入生だって足手まといが増えたら練習時間を奪われるだろうからイライラするでしょうし」
「それをまとめるのがキャプテンの役割だろ?」
淺岡さんはなんとかなだめようとしてくれているんだけど。
「いえ、すでに仁科と決めていますので。一度決めたことはやり遂げないと気持ち悪いですからね。僕たちはここで必要とされていないんですから、長居するつもりはありませんよ」
「本当にいいんだね? 後悔しない?」
「僕はバク転もバク宙もできて、もう憧れていた“ヒーロー”になったような気がしていますから」
「“ヒーロー”か。本当なら完成するのに一年くらいかかると思っていたんだけどね。君たちは課題を出したらすぐにできるようになってしまったからね」
「教え甲斐がなかったかもしれませんね」
「いや、天才ふたりに教えられたのは僕の誇りになると思うよ。この先、君たちがどんな道を選ぶのかわからないけど、バク転とバク宙を有効活用してくれたら、僕はそれだけで嬉しくなると思うんだ」
「それじゃあ伸身宙返りを練習しましょうか」
「そうだね。伸身のイメージがつかめているのなら、それを実現させてみよう」
立ち上がってストレッチで体をほぐし、練習しようとするとトランポリン部の富澤コーチが大慌てでやってきた。
「仁科くんと巽くん、ここにいるわよね?」
富澤コーチは首を素早く左右に振ると、僕たちを見つけて駆け足で近寄ってくる。
「コーチ、どうしたんですか?」
肩で息を整えている。ようやく収まったようで、ゆっくりと口火を切っていく。
「あなたたち、青天体操教室って知っているわよね?」
仁科が応対する。
「ええ、同窓生に一度連れていってもらいましたから」
「今そこの稲葉コーチと栄コーチが校長室に見えられて、うちと演技会をやらないかっていう話が出たのよ」
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