第16話 より高く【第二章終わり】
バク転を習った翌日、いよいよトランポリンを使った練習が始まった。
「まずは巽くんからやってもらおうかな。富澤コーチから才能があるって言われていたから」
「僕に才能なんてありませんよ。あるとすれば努力の才能くらいなものです」
ちょっと子どもっぽかったかな。
「じゃあまず僕が手本を見せるよ。ふたりとも僕になったつもりで、どこを見ればいいのかやどこを意識しているかなんかを考えてみてね」
浅岡キャプテンがトランポリンで高く舞い上がった。やはり高いな。
体操経験者の新入生も高かったけどそれ以上だ。これがちゃんとトランポリンを使えている証なのだろう。
「じゃあ後方宙返りをするから、よく見ていてね!」
そういうとトランポリンで高く跳び上がると大きく抱え込んでくるっと回る。そして上空で体を解いてそのままゆっくりと下りてくる。
それを連続して行なっている。
「だいたいわかったかな? じゃあ巽くんからやってみようか」
そういうとキャプテンはトランポリンを鎮めてゆっくりと下りてきた。
トランポリン上に移動して、まず一回ジャンプする。そして下りてくるところで膝を曲げて一気に踏み込んだ。高く跳び上がった僕は、二回、三回とジャンプする。
ここからが問題だ。
まず宙返りをするとき浅岡さんは上体をやや後ろに傾けていた。おそらくあれで体の軸がジャンプから外れて体が回るんだと思う。どのくらい傾ければ適切なのかはやってみないとわからないが、ジャンプの頂点までに半回転しているの理想だろう。
滞空時間はかなりあるから、砂場で土下座くらいの回転でもじゅうぶんに回りきれるはずだ。
イメージを掴んだらさっそく試してみる。
下から上へ跳ねる前に上体をわずかに後傾し、体の軸を上昇ベクトルから外した。するとゆっくりと体が回転を始め、頂点までに半回転して頭が下になっていた。
後はこのまま下りるだけだ。
「やっぱり才能があるわね、あの子」
トランポリン部の
それに気を取られていたら落下地点が中心からやや逸れていった。
このままだと危ないかな。そう判断して今度は上体を前傾させてトランポリンで跳ねた。
すると体は前方へ回転を始めて頂点で頭が下を向く。そのまま体を解いてトランポリンの中央で下りると膝を使ってバネを吸収した。
そしてゆっくりとトランポリンから離れた。
「巽、すげえじゃん! バク宙の直後に前宙かよ!」
「前宙は見せていないんだけどなあ」
キャプテンはたいしたものだと感心しているようだ。
「バク宙をしたのはいいんですけど、落ちる場所が中央じゃなくて危ないと思って、反対にまわったら戻れるかな、と考えたので」
「君、本当に体操初心者なの? じゃあ体操部じゃなくてトランポリン部に入らない?」
富澤コーチが熱を帯びた声だ。
「そうだよ巽! 俺たち体操部は辞めるけど、次にトランポリン部でもいいじゃないか」
うーん、まいったな。
このくらいの危機回避は当たり前だと思うんだけど、周りが妙に持ち上げてくる。
「床でバク宙ができるようになったらそれで未練はありませんので、体操部は辞めますよ。トランポリンもその練習だからやっているだけですから──」
「じゃあ次、俺やらせてください。俺もバク宙してみたい!」
「ちょっと待ってくれるかな? 仁科くんにはマットが必要そうだから。巽くん、このマットの端を持って待機していてね。仁科くんが宙返りをしたらこのマットを彼の落下地点まで滑り込ませるんだ」
キャプテンが僕に頼んできたが、そのとき富澤コーチの声がかかった。
「こういうのは初心者には任せられないわ。巽くん、私が代わりにやるから。初心者にやらせて事故が起きたら私の責任になるのよね」
富澤コーチが僕の代わりにマットの端を持ってスタンバイする。
「わかりました、お願いします」
トランポリンから下りて、仁科の宙返りを見ることにした。
仁科はトランポリンでポーンポーンとジャンプしている。やはり一度経験すると飲み込みが早いな。このぶんだとバク宙は仁科のほうが先にマスターするかも。
「それじゃあバク宙いきます!」
仁科が跳び立つスピードを見ていて気づいた。
「仁科、それじゃあ高さが出ていない! 回らずに下りてこい!」
「えっ? なに?」
彼はすでに後方宙返りの体勢に入っていたが、やはり高さが足りていない。あれじゃトランポリンに叩きつけられる。
するとすかさずマットが滑り込んでその上に仁科が落ちた。
「ふう、なんとか助かったわね」
痛た、と膝を押さえながらトランポリンを下りてきた。
「巽、なぜ止めたんだ」
「ジャンプが低かったんだよ。おそらく回転することに気をとられて高さを出すイメージが崩れていたんだ」
「もう少し高く跳べば宙返りも成功できたかもしれないのか?」
肯定すると、仁科はすぐにもう一本跳ばせて欲しいと頼み込んで受理された。
「やはり巽くんってただの素人じゃないわね。高さが足りていないことをひと目で見抜くなんて」
「僕も彼の才能には光るものを感じます。でも松本コーチに認められていないから、バク転とバク宙を憶えたらすぐ退部ってことになったんです」
「浅岡くんとしてはどう考えているの?」
「僕としては体操部の一員として練習に参加させたいんですけどね。彼は明らかに素人だけど一般人じゃないと思うので」
「才能の塊、といったところかしら」
「そしておそらく仁科くんも、かなりの才能の持ち主だと思います」
「じゃあケガなんてさせられないわね」
仁科はトランポリンの上に立って、二本目を跳ぶ体勢に入った。
「仁科、頑張れ! 高く跳ぶことを忘れるなよ」
「わかってるって。今度は高さを出してきちんと回転してみせる!」
もう高く跳ぶコツは飲み込めているようだ。
そのまま体の軸を跳び上がるベクトルから外せば自動的に体が回転を始める。ゆったりと宙返りをして下りてきた。
キャプテンと富澤コーチがマットを滑り込ませ、その上に仁科が着地した。
「仁科くんもたいしたものね。君もできればうちに欲しいくらいなんだけど。伊達コーチがなんて言うかしら」
「伊達コーチって?」
「トランポリン部男子コーチよ。おそらく君たちの跳躍を見れば強引にでも奪い取るくらいわけない人なの」
「ちょっと怖い人なのかな?」
突然トランポリン場の入り口から男性の声が響いてきた。
「誰が強引で怖いって? 才能のあるやつを適正な競技に誘っているだけじゃねえか」
富澤コーチと僕は慌てて声のするほうへ振り向いた。
「伊達さん、驚かさないでよ」
「すまんすまん。でもふたりの演技を見て基本はできていると見たが?」
「いえ、ふたりとも今日が二回目のトランポリンなのよ」
「二回目でもう宙返りができるのか。ぜひともうちに欲しいな」
腕を組んで立っている姿に華がある。短髪で競技歴の長そうな人だなとの印象を受けた。
「バク転とバク宙ができるようなったら、体操部を辞めるそうよ」
富澤コーチは事もなげに言い放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます