第14話 致命的な不具合

 浅岡キャプテンが僕を見つめる。

たつみくんは毎日の恐怖心が強いだろうけど、さっきの視界を再現するつもりで実施してみて。あとは補助の僕たちを信用してくれればいい。姿勢は気にしないで、回ることだけ考えるんだよ」


 体操部キャプテンと旧知の友。補助としては申し分ないだろう。

 あとは毎日の恐怖心を抑え込めるかどうか。いや、抑え込むんじゃない。正しいやり方で行なえば失敗しないことは、先ほどの特訓でわかったはずだ。

 だからできるはず。いや、絶対にできる。


「わかりました。ふたりに補助をお願いします」

 僕の決意がわかったのか、浅岡キャプテンは力強くうなずいた。しなもそれにならう。


 マットの端に立ち、先ほど補助ありで見た景色を思い出す。体育館入口、天井、逆さまの体育館奥壁、マットの順に上から下へ景色が降ってくる。そのイメージを強く浮かべた。

「じゃあいきます。補助お願いします!」

 立った姿勢から体を前屈ぎみにしつつ両手を後ろから下、前そして上へと振り上げると同時にマットを両脚で蹴った。

 視界では体育館入口、天井、逆さまの体育館奥壁の順に景色が振ってきて、マットが見えたと同時に両手を突くと肩関節がロックしてしまってこれ以上上げられない。そこから腹筋を使って両脚をできるだけ遠くへ振り下ろす。股関節が抵抗になってしまって両脚の振りが鈍くなりマットに土下座するかたちになってしまった。


「巽くん、これはやっぱり問題ありだね」

 その言葉に仁科は不意を突かれたようだ。

「でも、俺もキャプテンもお前に触っていないし、立てなかったものの回れはしたんだから成功じゃん」


「たぶんだけど、これ、連続して実施できなきゃ意味がないんだと思う。僕のロンダートはバク転ができないから、そのままバク宙をする形になっているけど、本来なら間にバク転を二、三回挟まなきゃいけないんだよ」


「巽くんの言うとおり。君たちにはバク宙も教えないといけないから、バク転の連続もマスターしてもらうからね。巽くん、今のバク転のイメージは頭に入っているかな?」

「えっ? 次は仁科の番ですよね?」

「君の日々の努力と体の状態を確認してもらうためにも、まず君に連続バク転をマスターしてもらうから。そうしないと、まったくの素人である仁科くんの補助を任せられないし」


 そういうものなのかな? まあ今明確なイメージを持っているから、そのうちに挑戦できるのはありがたいんだけど。

「わかりました。じゃあ連続バク転いってみます」


「実施の前にアドバイス。君は手をついたときに遠くへ両足を振り下ろそうとしているよね。すると体はかなり前傾して着地するから、もう少し手前に両足を着地させること。そうすれば体が傾かずに一回目と同じ姿勢に揃うから」

 なるほど。跳ぶ距離を稼いで安全に着地しようとしていたけど、連続でバク転をするなら二回目へつながる下り方を考えなければならないのか。

 前転跳びも連続でなんてできやしないからそういう発想がそもそもなかったな。

 じゃあ両足はもう少し体の近くで着地させて、体勢を一回目と揃えるイメージでやってみるか。


「仁科くんはその場所で一回目の補助をしてね。僕は二回目の補助をするから」

「わかりました」

 ふたりが配置についた。

「じゃあ連続バク転、行きます」

 意を決して、まず一回目。手を後ろから下、前、上に振り上げながらマットを両足で蹴る。

 視界が体育館入口、天井、逆さまの体育館奥壁ときてマットに着手。そこからマットが見えると両足を先ほどよりも手前に向けて振り下ろす。

 しかし股関節がロックしてしまい、うまく手前に両脚を下ろせなかった。そのまま上体を起こしたとき、すでに二回目に向かうことになるがこの体勢では揃えられそうになかった。このまま同じ景色をもう一度見るのは不可能だ。

 両手をついて両足を遠くへ振り下ろす。また土下座の姿勢になってしまう。

 一回目はなんとか回れたもののかなり強引に二回目に入ったので結局回転不足に陥ってしまった。

「巽くんはイメージしたように体を動かせるタイプなんだけど、体の構造が違うから他人の実施を見てもアレンジを加えないと再現できないんだね。他人の実施を見て再現できる選手は数少ないけど、君の場合はそれだけじゃ駄目なんだ」

「イメージできても再現できないわけですね」


「そう。誰に言われるでもなく、景色を見せられるでもなく、イメージだけで体が動くタイプ。そうじゃなきゃロンダートからバク宙のつもりで跳び上がる練習だってうまくいかなかったはずだからね。あの状態で宙返りせずに着地するってだけでもかなりの才能なんだから」

「これは難題かも」

 仁科が頭を掻いている。


「仁科くんは初めて挑戦するんだから経験値の差だけだね。君も毎日練習すればすぐに追いつけるから。なにせ小学生の頃から今までできなかった人が一日でできるようになるんだから」

「そうか。正しい練習のやり方さえわかれば、何年もかからずにできるようになるのか」

「それは僕への嫌みなのかな、仁科くん?」

 目をすがめ、彼を見やる。


「いや、お前の七、八年ぶんの努力を数日でマスターできたらすごいなあと」

「同じことだよ」

 淺岡キャプテンは僕たちのやりとりを見ていた。


「バク宙は後日改めて教えるから、仁科くんはイメージがつくまで巽くんの補助を受けて練習してね。巽くんはイメージと実施を合わせられるようにアレンジしてみよう。もう補助はいらないと思うけど、念のため僕が補助につくから二人で交互に練習していこうか」

「はい!」

 僕たちふたりで元気よく返した。


「キャプテン、仁科もそろそろバテると思うので、適宜休憩を挟んでくれると助かるのですが」

「そうだった。ふたりとも初心者なんだよね。巽くんがあまりにできるものだから、経験者に指導している気分になっていたよ。それじゃあ二十分休憩しよう。ちょっと待っててね。プロテイン持ってくるから」

 女子マネージャーを呼んで、ボトルをふたつ受け取ってこちらに戻ってきた。


「これプロテインね。疲労回復と筋肉増強の効果があるから、練習効率が高まるんだ」

「噂では聞いたことありますけど、これが本物なんですね」

「巽くんもプロテインは初めてなの?」

「はい。けっこうお金がかかるって知っていますから」


「そうなんだよね。個人で買うにはちょっと高い。うちは業者と契約しているから安く仕入れられるんだけど。まあ飲んでみてよ」

「いただきます」

 ふたりでボトルに口をつけた。


「なんですか、これ。なんか粉っぽいし変な味なんですけど」

「そうなんだよ。プロテインって体にはいいのにまずいのが多くてね」

「これじゃあお金があっても飲みたいとは思わないかも」

 同感だった。




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