第10話 トランポリン部?
始業式が終わり、預かった教科書をかばんにしまった。
今日はクラス分けと教科書・教材の配布が主だったので、やることはもうなかった。
カエル顔の春日くんと、吊り輪の若林くんの名前は栄さんから聞いて知っていた。でもそれは今あえて言う必要はないだろう。
「おい、お前」
思いがけず春日くんのほうから口を開いてきた。
「僕、ですか?」
「入学式の日に、あの栄さんと立ち話をしていたよな。あの人と知り合いなのか?」
これだから安易に話しかけられたくなかったんだよなあ。
まあ少ししたらすぐ退部する予定だから、ここは割り切ったほうがいいだろう。
「以前お会いしたことがございまして」
「ただ会っただけにしては楽しげだったじゃないか」
「初めて会ったときに大いに恥をかきましてね。それで笑われたのを憶えていたのでしょう」
春日くんがずいっと身を乗り出した。
「笑われたって、なにをしたんだよお前」
「バク宙をやろうとして、結局怖くてできなかったんですよ」
「ハハハ、やはりまるっきりの素人か。それならレギュラーは俺が獲れるな」
レギュラーでも代表でも、いくらでもなってくださいな。僕と仁科はバク転とバク宙さえできればそれでじゅうぶんなんだから。
「そういえばバク転とバク宙ができるようになれば退部する、とか言っていたっけな」
「よくご存じで。聞き耳でも立てていましたか?」
「ふん、将来のライバルになりそうなら情報を収集しておくにかぎるからな」
なるほど、この顔でデータ重視なのか。ギャップを感じざるをえないが、顔つきやしゃべり方は人それぞれで、勝手に決めつけるべきじゃないな。
まあ「弱みを握りたい」ってことかもしれないのだが。そうなると案外狡猾だ。
入部届の半券を持って列に並んでいると、入部届を受け取っていた男子生徒がやってきた。
「皆さんこんにちは。僕は
へ? あの感じのよさそうな人がキャプテンだったのか?
「やっぱり僕のことを知らない人もいたようですね」
浅岡さんは頭を掻いている。ということはこの人、先枚高校の有名人なのか。
「これから皆さんにトランポリン部へ案内致します。隣でやっているので、すでにご覧になった方もいるでしょう」
それにしても体操部へ入ろうというのになぜトランポリン部?
新入生のひとりがそんな僕の様子を見ていた。
「ケッ、トランポリンの重要さも知らないド素人が」
浅岡さんが率いる新入部員の面々は、体操場を出て隣の棟にやってきた。中から金属がきしむ音が聞こえてくる。
「皆さんにはここで適性テストを受けていただきます」
適性テスト? 体操をやるのにも適性が必要になるのだろうか。
「まず皆さんから半券を受け取りますので僕に渡してください」
全員が半券を渡し終えると、浅岡さんはそれを並び替えた。
「それじゃあまずは春日くん、やってみようか」
「はい!」
右手を高く伸ばしてあいさつをする。青天体操教室でも皆がしていたから、あれが体操界での正式なあいさつなのだろうか。
春日くんがトランポリンの中央に立ってジャンプを始めた。
すぐに高くまで跳び上がると宙返りやひねりを実施していく。
「すごい……」
思わずそうこぼしてしまった。
「春日くんそこまでです。下りてきてください」
浅岡さんが半券にメモして春日くんに手渡した。
「これを持って体操場へ戻ってください」
よし、と春日くんはガッツポーズをとった。ということは、体操場へ戻れれば合格ってことなのか。
「じゃあ次は若林くん、やってみようか」
「はい!」
右手を高く伸ばしてあいさつした。そしてトランポリンですぐに高く跳んで、さまざまな宙返りやひねりを披露していた。
浅岡さんは彼の半券にメモして体操場行きを告げる。
こうやってどんどん体操経験者たちが体操場行きを決めていった。
「あとのふたりは初心者なんだよね。じゃあトランポリンの経験もないのかな?」
僕と仁科が残っていた。
「はい、そうですが」
「それじゃあ宙返りとかひねりとかしなくていいから、ただトランポリンで跳ねてくれればいいよ」
あまり納得のいかない説明をされたが、まずは仁科が挑戦することになった。
「仁科、頑張れよ!」
「ただ跳ねるだけなら誰にでもできるだろう」
しかしなかなかうまく跳べなかった。トランポリンの上でジャンプしようともがいているがまったく跳び上がれないのだ。
なにかが違う。僕はそうひらめいたが、それはどんな点だろうか。
そもそもトランポリンというのはなぜあんなに高く跳び上がれるのだろうか。
四方にバネが付いていてそれを活かしてジャンプするわけだから、トランポリン上でジャンプしてもバネに吸収されるだけだよな。
──そうか。
「仁科、跳ぶことだけを考えない。逆に強く踏みつけてそのまま足を突き伸ばしたままの姿勢をとってみて」
トランポリン上でいったん冷静になった仁科は、僕が言ったようにまず中心に立って強く足を踏み込んで足を伸ばした。すると先ほどよりも高く跳べるようになった。しかし二回目につなげようとしてもタイミングがうまく測れないようだ。すぐに跳躍を吸収されてしまう。
「仁科くんそこまでです」
仁科の半券にメモ書きした浅岡さんは、体操場行きを告げなかった。
「もう少しトランポリンに慣れたら体操部へ正式に入部してもらいます。まずはトランポリンを頑張ってください」
「は、はあ」
半券を受け取ると僕の隣に戻ってきた。
「あれ、かなりヤバいぞ。全然跳べやしねえ」
仁科はスポーツ全般できるほうなのだが、それでも初めてのトランポリンはうまくいかなかった。
「では最後に
「はい!」
せめてあいさつくらいは形にしておかないとな。右手を伸ばして声を出した。
初めてのトランポリンだが、コツは先ほど仁科に言ったことそのままだ。
まず軽くジャンプして膝を曲げ、着地の瞬間に両脚を伸ばす! すると僕の体は高く打ち上げられた。問題は連続でできるかだ。体が落下してくるところに合わせて膝を曲げて着地でまた両脚を突き立てる! 二回目も高く跳び上がれた。コツがわかってきたので、そのまま高く跳び上がってみせた。
「巽くんそこまでです」
浅岡さんは僕の半券にメモ書きする。トランポリンから下りた僕は、仁科とともに体操場行きにはならなかった。
「巽くん、トランポリンは初めてかな?」
「はい、そうですが」
「とても初めての人が出せる高さじゃなかったね。でも宙返りもひねりもできなかったから、それらができるようになるまではトランポリン部で練習してください」
「わかりました」
とは言ったものの、今ひとつ納得がいかなかった。
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