第4話 公立中学へ

 地元の公立中学校に上がった僕・こうちゃんことたつみたかゆうくんこと仁科にしな勇一ゆういちは、やはり良き級友であり良き遊び仲間だった。

 僕はあいかわらず校庭の砂場で後転跳びの練習に励んでいる。

 しかし中学生になれば小学校ではできなかったことがすぐできるようになるわけでもなく、ひたすら失敗を積み重ねていた。

 そのたびに脳天から砂に落ちるので、頭がクラクラするときもある。


 見かねた仁科はテレビゲーム機で遊ぼうと誘ってきた。

 体を動かさない遊びで僕は少し不満だったが、体を気遣ってくれているのだろうことは感じられた。

 仁科から誘われなければ、いつまでも砂場で脳天から落ちる時間が続いていたはずだからだ。

 そんな気性を知っているからこそ、仁科はテレビゲーム機を買ってもらったのだろう。


たつみもこれからはテレビゲームでもして気を紛らわせるようにならないと」

「こういう遊びもたまにはいいんだけど、僕はやっぱりバク転とバク宙だなあ」

「砂まみれになってもまだヒントすらつかめていないんだろう?」


「とりあえず柔軟性が足りないと思って小学生の頃からストレッチは続けているんだけど」

「まったく身になっていない、ってか?」

「なにか足りないものがまだあるような気がするんだ」

「お前に足りないもの、ねえ。根性は人一倍だよな。小学生の頃からバク転とバク宙を追い求めていて、失敗してもあきらめずに今まで続けてこられたんだから」


「根性っていうか、怨念に近いな」

「怨念がおんねん」

「仁科、それつまんないぞ」

「気が紛れればいいんだよ。お前も練習一辺倒じゃなく、好きな女の子のひとりくらい見つけろよ」


「見つけてどうするんだよ。デートなんてしている余裕はまったくないぞ」

 僕の答えがツボに入ったのか、仁科は声を立てて笑っている。


「いや、確かにお前の場合なにをしていいのかわからないよな。まさか『一緒に砂場でバク転の練習をしましょう』って言うわけにもいかないんだし」

「まあそういうこと。バク転とバク宙ができるようになったら、そのとき改めて考えることにするよ」


 そう言ったとき、ようやくあることに気がついた。


「仁科、お前好きな女子がいるんじゃないのか?」

「おうよ、ようやく気づいたか、このにぶちんが」


 まあ僕みたいに砂場が恋人のような中学生はごく少数派だろう。

 仁科のように好きな女子を見繕うのも中学生活を充実させる秘訣なのかもしれないな。

 でも、僕はなんとしてでもバク転とバク宙を成功させたかった。


 私立中学校では体育の時間でバク転の練習をしているところもあるようなのだが、うちの中学は倒立前転までだという。ちょっと期待していただけに肩透かしもよいところだった。


「で仁科、誰のことが好きなんだよ」

「B組の石井久美。ってお前に女子の名前を言ったところで、顔が思い浮かばないだろう?」

「そりゃそうだ。女子の顔なんてまったく憶えていないな。写真かなにかないのか?」

「そんな都合のいいものはないな」

 仁科は少し考えたあとで、明日の昼休みに見せるよと告げた。




 翌日昼休み、仁科は僕をB組の教室前まで連れてきた。ふたりで中を覗いてみるとコソコソと話しかけてくる。

「窓際の前から三番目の美人が石井だ」


 僕が見ても美人かどうかはさっぱりわからないが、あの女子が仁科の好きな人か。そんなことをしているとチャイムが鳴って、英語教師の渡辺がやってきた。


「お前らすぐにA組の教室へ戻るんだな。もう四時間目のチャイムが鳴っただろう」

 その声を聞いてふたりしてA組へと駆け込んだ。


「どうだった? マイ・エンジェルは?」

「お前、マイ・エンジェルはないんじゃないか? おじいさんみたいな口ぶりだぞ」

 ふたりして笑いあったら、すでに国語教師が教壇に立っていた。

 仁科も僕も自分の席に急いで戻った。




 仁科が色気づいたのは中学に入ってからだと思うけど、ああいう女子がタイプだったのか。

 確かに「美人」と言われればそうかなと感じなくもないが。

 ストレートのロングヘアに長いまつげ、目はぱっちりとしていて鼻はそれほど高くない。ただ口元がやけに気になった。少しへの字になっていて、なにか不満げな印象を受けたからだ。

 あれが美人だとしても、あの口元は不釣り合いだろう。彼女はいったいなにが不満なのか。

 表情から心情を読み取るのが下手なほうだから、間違いってこともあるんだけど。でも気になるのは確かだ。




 そういえば仁科の家はお金持ちだから、生活に余裕があるのかもしれないな。

 だから「生き延びる」というよりは「楽しんで生きる」という考え方なのだろう。

 せっかくの青春なんだから、恋愛にうつつを抜かしているほうが本分のようなものだ。そういう意味で仁科は有意義な青春時代を過ごせるだろう。


 うちは母子家庭だから「生き延びる」ことが最優先で、「楽しむ」なんて夢のまた夢だ。

 だからこそ、僕はバク転とバク宙を成功させたいのかもしれない。

 それに挑戦すること自体が僕にとっての「楽しい」生活なのだろうから。


 ちなみに僕と仁科は部活に入らなかった。僕はどうせバク転とバク宙の練習をすることになるからよいのだが、仁科がなぜ部活に入らなかったのかは気になっていた。

 もしかしたらあの石井って女子に好かれる部活を選びたいっていうことなのだろうか。


 仁科もなんだかんだいってスポーツはひと通りこなせる。

 僕は体操に特化した鍛え方をしているが、仁科は野球もサッカーもバスケもできる。スポーツ万能なところがあって、部活をやらないのは不利にしかならないような気がしていたからだ。


 部活を決める日、なぜどこにも入らないのか聞いてみたが、「やりたい部活がなかったから」って言っていたな。

 実際なにがやりたかったのだろうか。そのあたりが謎のままだった。


 テレビゲーム機を持っているから「ゲーム部」とかあったら真っ先に入っていたのかもしれない。

 でもそんな遊ぶだけの部活なんて学校が用意しているはずもなく。


 さっき考えたように、先に好きな女子を見つけて、その子にアピールできる部活に入ろうって魂胆なのかもしれなかった。

 そのほうが仁科らしいかもしれないが。

 だけどそんなにフットワークが軽いほうだったかなと思わないでもない。

 僕と同じで、本当にやりたいスポーツや趣味に合う部活がないから、と考えるのが妥当だろう。



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