第11話 また、明日

 夢も見ないほどの深い眠りからチトセが目を覚ますと、ベッドサイドに心配顔の両親がいた。

 白一色の部屋に、親子三人。一応ここはメモリアの医療センターなので、病室ということにもなる無機質なデザインの部屋。


 さっき泣きじゃくっていた時のことを職員からは伝えられたのだろうか。ミスズには黙って手を握られ、ヒサシには髪をくようにしてでられていてチトセは言葉も出なかった。 


「もうすぐご飯ですって」


 ミスズがつとめて明るく言った。

 消えたい、と叫んだことも知られてしまったのだろうかと、チトセは内心青ざめぶるりと身を震わせた。


「ごめん、なさい。ぜんぶ、ぼくが悪いんだ」


 頑張ってようやくチトセの口から出たのは、かさかさとかすれた声だった。声音と発言内容に、ヒサシとミスズがそろって愁眉しゅうびを寄せる。

 この二人がいるから、チトセはアタラクシアに生まれてくることができた。なのにチトセは、親からもらった命を放り出そうとする発言をした。


 ――ぼくはやっぱり、悪い子だ。


 許されないことだと、ひたすらに謝罪を口にする。


「ごめんなさい、ごめんなさい。悪い子で、良い子じゃなくてごめんなさいっ」

「……チトセが悪い子でも、父さんは大切に思っているよ」

「ぼくがいなくても、兄さんとアンジュがいるし」

「産んだ子が要らないなんて絶対ないわ。私はナユタもアンジュも、チトセも同じように大切よ」

「……そうなの?」

「そうよ」

「……そういえば、ナユタ兄さんは?」


 兄についてたずねると、今度は父が答えた。


「チトセのことを悔やんでいる。ナユタは自信家でいて責任感が強いからね……。『ボクのせいでチトセが暴走してしまった』と、ずっと言っていたよ」


 実際にナユタが大きく関わっているのは確かだ。だが魔力を暴走させたのはチトセだったので、小さく「兄さんは悪くないよ」とだけ返した。

 ミスズが優しい声音で言う。


「時間がある時に、ナユタにも連絡してあげてね」

 

 メモリアは十八歳未満の外部からの面会がお断りされている。アルコバレーノ王国のある中央ラウレア大陸全体に共通して、成人は十八歳とされていた。つまり未成年の面会NGということだ。

 

 メモリアでは保護した子どもたちを『市民』と呼ぶ。市民でいられる最長期間は、十八歳になって次の年度末である三月末を迎えるまで。

 つまり外部から同年代の子どもが来ると、紛れ込んで迷子になったり何かしら事情を抱える市民とのトラブルに発展しかねないからだ。


 だから現在十五歳のナユタとは、通話なりメッセージなりで連絡を取るしかないのである。


 母に頼まれ、チトセはうん、とうなずいた。


 いつの間にか職員が三人分の食事を運んできてくれて、ホクラニ親子は泣いて赤くれた目のままもそもそと夕食をとった。

 黄金こがね色のオムライスも野菜たっぷりのチキンコンソメスープも、妙にしょっぱい味がしていた。


「あのね、父さん、母さん」

「どうした?」「どうしたの?」


 食べ終わって、チトセが両親に話しかけると同時に返事が来た。


「ぼくは酷いことしちゃった。でもさ、フローレスさんやセレスティア様は、ぼくに生きていて欲しいって言ってくれたんだ」


「そうか」「そうなのね」


 果たして女神セレスティアと夢の中で会話したことが両親に通じるとは思わなかったが、チトセは大事な言葉をくれた存在としてあえて彼女の名前も出した。

 どうやらヒサシもミスズも、そこは気に留めなかったらしい。


「それは当たり前だ。父さんたちもチトセには生きて欲しいと願っているよ」


 ミスズは何か言う代わりに、優しく息子を抱きしめた。

 母の温もりにほっと息を吐いて、チトセはまぶたをゆっくり閉じた。


 ――いきていて、いいんだ。



 その後チトセは、フロアに備え付けられた一時的滞在室を利用する患者用のバスルームで入浴を済ませた。


 体を洗ってさっぱりして、湯船のお湯にかってちょっとほっこりして。新しく用意された病衣に着替え、ちょっと時間をかけて髪と尻尾にドライヤーをかけてブラッシングを済ませて廊下に出ると。


「フローレスさん」

「こんばんは、ホクラニさん」


 ピンクの生地に白兎柄しろうさぎがらのキュートさ全開のパジャマ。四つ葉のクローバーがワンポイントで刺繍された、ミントグリーンのルームシューズ。

 チトセと同じく湯上がりなのか、ほかほかと肌を赤く上気させたシュゼット・フローレスの姿があった。


 先ほどまでシュゼットはプレーンな白いパフスリーブのワンピース姿だった。服装のギャップと湯上がりの女の子が目の前にいるという状況にチトセはぽかんと口を半開きにする。


「あ、さっきはごめん……」


 チトセが泣き喚いたことを謝ると、シュゼットは柔らかい微笑を浮かべた。


「いいのよ。泣ける、ということはとてもとても大切なことだもの」


「そうなのかな」

「ふふ、そうよ」

「ならいいんだけど。今はどうしてここに?」

「ホクラニさんに、寝る前の挨拶をしに来たの」


 上目遣いに見つめられ、チトセはくすぐったい気分になる。


「わざわざぼくに言いに来てくれたの?」

「ええ、ホクラニさんとわたしはこれから一緒に過ごすのだもの、挨拶はしなくちゃと思ったの。……それとホクラニさんの顔も見たかったし」


 少し恥ずかしそうに俯いて言われた最後のほうの言葉に、チトセは心がじんわり温かくなるのを感じた。


「そっか。ぼくも会えて良かった」


 すごく久しぶりに、チトセは自然に笑えた気がした。シュゼットもふわりと笑んで返してくれた。


「明日の朝に、父さんも母さんも帰っちゃう。今なら素直に言えるよ、寂しいって」

「それは良かったわ。自分の気持ちに嘘をつくのはかなりつらいことだから」

「フローレスさんのおかげだよ。これからよろしくね」

「ふふふ、こちらこそよろしくお願いします」


「じゃあ、また明日。おやすみフローレスさん」

「ホクラニさんもおやすみなさい、また明日ね」


 また明日、会える。


 そんな一見当たり前のことを嬉しく思いながら、チトセは両親の待つ部屋へと戻っていった。

 流した涙のぶん、心は軽くなっていた。





 さて、ここまではまだプロローグにも満たない。


 これはチトセ・ホクラニという妖精狐の少年と。


 シュゼット・フローレスという歌姫を夢見る少女と。


 時代と共に変化し続ける魔法世界で生きる人々の。

 

 愛と夢、そして想いの御伽話、である。



 ――愛することは、生きること。

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