黒猫

もざどみれーる

黒猫

灼熱風しゃくねつかぜを舐めながら

日一日ひいちにちと生きる 円環の私

大地にたおれる雪の心持ちを真似て

小さく

ただ 小さく凍え始める……



──※──※──※──※──※──※──※──※──



〈あるひとの手記〉



震えることに 怯え

傷つけることに 傷ついて

夜の河を渡ったのです

まるで 重たい罪をはねけるように


仮面の下の冷たい予感に

とても 堪えられなくなったのです

路傍にすみれの花が咲いているのを

私の胸の紅い太陽が一瞥するとき

何故だか 夕闇がいつもより早く

ずっと ずっと早く降りてくるようで

貴方の好きだった 青い鳥の羽ばたく姿が

かすかに 少しずつ

でも 確かに

あの空の闇に 哀しく融けていったのです


「ああ このままではいけない」

私の 小さな 小さな 

まるで 乳呑児ちのみごのような

わずかに火照ほてる淡い予感は

祭りの後のさびれを真似て

今ではもう

立派な そして 悲気かなしげな娘になりました


予感という名の 私の 娘


あのはいつも とても潤んだ大きな瞳で

健気けなげに探し歩いていたのです

旅の残り香や

西向きの窓から射す光に すうっ と照らされた

ささやかな夢色の しあわせ足跡あと

今はもうすっかり日焼けして褪赭セピア退いた

あの なつかしい懐中ポケットの奥に……

(ああ あれは確か 私の誕生日のことでした

 貴方がこの一枚の羽織物を贈って下さったのは )


ある日のこと 私の予感 ────

あの悲気な娘は 私に こう言いました

「お母様 あの河を御覧になって下さいまし

 あの河の向こうには 妖精が沢山いるのですわ

 恋に沁みる 愛の妙薬を小脇に抱えて

 せわしく飛び回っているのです

 ……希望! そう まるで希望のように!

 ですから どうかお渡り下さいまし

 お渡り下さいまし……」 



──※──※──※──※──※──※──※──※──



ふと 記憶の窓にかざす この

レントゲンフィルムの中に墜落した

太陽の残骸をすくって

時代ときあかごに投げつけてみれば

の 光を失くした緑青ろくしょうの肌の上

戦争のように 血まみれになった


ああ 驟雨しゅううに溶けた

ひらめきという名の雷の叫びに

私の円環は いつも狂わされてしまう

ついでのように 私を人間ヒトにしてしまう

笑いながらも 嘘をつき

尖りながらも せいを求める



  町のかどには円舞曲ワルツの音楽

   姿は見えないが きっとあれは

   人間ヒトの手による演奏だ

   ひたすら不巧まずくクネクネうね

  と 思っていると

  いつの間にやら

  棘だらけの言の葉たちが

  猛り狂った森の炎火えんかの胸に飛び込んで

  死の舞踏を無様ぶざまに指揮している……



そのとき

身体こころむしばむ無調の響きを気にしながら

みちの片隅にうずくまる私のすぐ目の前を

一匹の黒い猫 ふにゃあ と

軽く背伸びをした後

何やら青く光る鳥を捕まえては

何食わぬ顔をして

ただ悠然と 通りすぎてしまった



 ああ 名も知らぬ黒猫よ!

私はねがう ────

 どうか 私に捕まえてきておくれ……

 今は亡きひとの に麗しきよすがの温もりを!

 




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