第2話 醤油せんべい
今後の生活について現地人と話し合っていれば部屋のどこからか間抜けた音が鳴り響いた。ぽーん、と幾度か鳴ったのに二人して音源の方へ向く。デジタルな数字が刻むその数字は十五時きっかり。何故そんな時間にアラームが鳴るのかはさておいて話の続きをしようとした時、現地人は腰をあげていた。
話し合いの最中に一切の断りなく立つ相手に正直良い気はしないものの、短時間で把握できるほどお人好しらしい現地人が外出など突拍子もないことをしないのはなんとなし理解できている。黙って見守っていれば棚を漁る音を数分させた後、両掌程の大きさの木で組まれた籠を持って戻ってきた。
自身の目の前に置かれたその籠の中には、半透明の包装の中に茶色く丸い何かと白っぽい点線のような模様の入った同じように丸いやつ。その横に両端が白で真ん中が青か水色の包装の何か。またその横には全体が金色の包装のものと茶色と銀色でストライプを作っているものが各二個ずつ入っていた。
「これ、今日のおやつね。何が好みかわからないからたくさん持ってきちゃったけど、食べきれない分は残しても大丈夫だよ。」
「あー・・・、お前のオススメは?」
顎に手を当て少し考えた後、現地人は茶色く丸いものを差し出してきた。それを受け取り包装を破いて嗅ぐ。所々茶色を通り越して黒いそれは・・・、なんというか焦げたようなにおいが軽くする。指に伝わる感触は硬く、柔らかさは少しもない。
・・・、・・・、正直、ジュースは心躍ったけれど。これはわからない。
「食べないのかい?醤油にこだわってシンプルだからこそ光る美味しさでおススメなんだけどな、醤油せんべい。」
「ええい!ままよ!」
目の前でどこか弱ったような顔で微笑む現地人に押し負けて噛みついて、俺は咀嚼した。いや、しようとした。ガチ、と歯が当たったまでは良かった。
そこから先へ進めない!
これは食べ物なのか?食べられないものを渡したんじゃないかと目の前のヤツを慌てて見れば、その太く強靭な顎でバリバリボリボリと音をたてて難無く貪り食っている。なんならもう半分は消えている。俺は何度も歯をたてるが文字通り歯が立たない。
現地人にしか味わえないものは美味しいに入るわけがなく、みっともなく咥えたしょうゆせんべいとやらを恨みがましく睨みつけ仕方なく口から出そうとしたその瞬間。とあることに気が付いてしまった。
俺の唇がしょうゆせんべいに張り付いてしまっていることに!
食べ物としてむいていない、むしろ食べ物と偽った罠と言われても頷けてしまう。これを好むのは少数派に違いないと結論を出した俺はこの状態を如何に脱するかそれはもう悩んだ。口に何か頬張ったまま喋るのは個人的に好きではない。が、一生このままというのは流石に餓死してしまう。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とも言う、仕方がないがどう対処すれば解放されるのか問いかけることとする。
口の中に溜まった唾液を飲み込むために舌を持ち上げ、しょうゆせんべいが舌に触れたその時。
──────途端、舌に味が伝わった。
甘いとは違う、焦げのにおいはするけれど決しておいしくないわけではない。むしろなぜか沁み込むような懐かしさのような何かがあって、その謎を追求すべく無言で舐めていればしょうゆせんべいがその硬度を崩した。焦げの中にそこはかとなく甘さが居る。リンゴジュースのようにはっきりとした甘さではなく、外の濃い味にすぐ塗りつぶされてしまいかねないほど柔い甘さ。
「醤油の香ばしさと噛めば噛むほど出てくるお米の甘さが良いよね。醬油せんべいは硬いほうが美味しいと僕は思うんだけど・・・、大丈夫かい?」
「・・・。」
「しょっぱいの苦手だったかな。ジュースのお代わり持ってこようか?」
焦げのにおいは香ばしいというもので、この優しすぎるくらいの甘さは米からくるものらしい。そのどちらも俺は知らないけれど、このしょうゆせんべいは素材にこだわったもののようだ。
無言で一口も食べ進めない俺を心配そうに覗き込む相手に小さく頷いて。先ほど唾液でふやけている場所をかじって噛んでいれば、やはり濃い“しょっぱい”の中にぼんやりした“甘い”がある。
俺の顎がもっと頑丈であれば・・・。硬すぎるそれに上手くおいしいが拾えず、半分以上残ったそれから口を放せば、現地人はふと俺の残りを手でパキパキと割って口に放り込んできた。
「奥歯で噛んでみて。多分さっきより噛みやすいから。」
アドバイスに従って舌で奥歯に放り込み、すりつぶすように噛んでみると、小さく分裂したからかボリと音がして割れた。自分で割れた感動と音の心地好さに自分でも目が輝いたのが分かる。しょっぱさに反応してかあふれた唾液がしょうゆせんべいが噛みやすくなって。
小さな欠片を飲み込んではまた口の中に放ってと繰り返していればいつの間にか綺麗になくなってしまっていた。
ペーストではありえないほど動かした顎の筋肉が痛いくらい怠い。だけれど、満足感がすごい。いや達成感か。
それに新しい味を知ったのは喜ばしい。“しょっぱい”と“香ばしい”。
今は顎をクールダウンしなければならない・・・。次の食事時には別のおやつとやらを楽しんでやる。
現地人に注いでもらったリンゴジュースを飲みながら心にそう誓った。
あー、にしても硬かった。
20XX年YY月DD日
衣食住は完璧にフォローしてもらえるようだ。ただ、現地人は昼間は在宅ワークで忙しいので何かあった際もしかしたらすぐ応対することが難しいかもしれないとの申し出があった。
外に用事があるわけでもないのでそこに問題はないが、流石に何かゲームやら漫画やらないと暇すぎて苔が生えてしまいそうになる。その点を訴えると、なんと、化石級デバイスの使用許可をもらった!話を聞くと最近買い換えようと思っていたとの事。帰る際にそのまま貰い受けることできねえかな!
・醤油せんべい
硬い。唾液でふやかすことができるが、現地人は硬いまま噛み砕いていた。現地人の顎が太いのは硬いものを嗜好品として食べる為にあるらしい。流石は食事に嗜好性を見出したご先祖様ということか。
“しょっばい”を乗り越えたその先に甘さがある、が、その甘さにたどりつくまでが大変すぎる。
出されたおやつというものはその全てが個包装されていた。おやつというものはもしかすると長期保存向きなのかもしれない。そういう加工がされている点はペーストと同じだが、醤油せんべいは噛むことで満足感が出るんだろう。ペーストの食べやすさは誇るべき点だな。
食べると味が濃いのを中和しようと勝手に唾液が出る。しかし唾液が分泌されるのに不思議と喉が渇く。満腹感に極振りの食べ物と思われる。食べる際にはリンゴジュースが必要。醤油せんべいがしょっぱい分、リンゴジュースの甘さがより際立っていた。醤油せんべいの後味が流されるのも少し癖になりそうだ。・・・リンゴジュースの後に醤油せんべいを食べるとリンゴジュースの風味と醤油せんべいが混ざりあってなんとも言えない味になるけれど。
疑問点解決→リンゴジュースはリンゴから出来たジュースらしい。なので、ジュースには他にも種類がある。現地人曰く、指しているジュースがリンゴジュースで認識が一致している場合はジュースで略しても問題なく、逆にリンゴとは呼ばないらしい。末恐ろしいことにリンゴも複数種類あるんだそうな。流石は食道楽。
完全栄養食育ち、現代日本で食い倒れてるってよ。 @ryourihatunenituyobi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。完全栄養食育ち、現代日本で食い倒れてるってよ。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます