頼み事。

「我々は、ほぼ確実になら全てを知っているが、確かなことは何一つ知らないのだ。」

 ホイヘンス。



「どうせ、あのババァの企みであろう」

「いえ、断じて違います父の命によってこの戸山多聞とやまたもん、参上した次第」


 と多聞は勢いよく声を発したがが左側の完全な人骨が気になって仕方がない。


「お弟子さんでは、、うまく事が、、、、」


 すると花流斎かりゅうさいは大きく咳払い。


「えーっ私、この花流斎かりゅうさいは一度破門されとりますが、破門されたまま流浪の身になった兄弟子あにでし幽斎ゆうさいと全く違い、亡き龍斎が妻しの食っていくため、いや跡継ぎがないから呼び戻し再度養女にし跡を継いだ蘭学者。師匠龍斎から蘭学のすべてを受け継いでいや、師匠を凌駕すらしておるという自負さえ持っております」

「破門!?」


 花流斎が首をすくめた。


「あっしまった」

「兄弟子のゆー、、なんとかさんも破門に」

「幽斎です。それから解るように、弟子に問題があるというより師匠龍斎自身にいやその教育いや伝授方法に問題があるとご理解いただきたい。確か、、我が御師範は藩からもさる出来事により出禁になったとか聞いとりますが」

「それは存じませぬが」

「うちの形の上では養母ですが、出禁の一件はババァが毎日繰り言を言っておりまする。しかし、今回だけは金目当てで折れたようで」 


 多聞の表情が変わった。


「大当たりですなぁ」

 

 花流斎が目を細め多聞を値踏みするように見つめる。

 

「用向きは<鬼姫>についてではありませぬかぁ? 」 


 多聞は顔をしかめるとしっかと床に手をついて語りだした。


「このような草庵に居を結び遁世なされながら御存知でしたか、、」

「一応、半眼訥々で世間を眺めております故」


 戸山多聞は藩の領内を荒らす女人の格好をした狼藉者<鬼姫>について滔々と語り だした。

 花流斎は、しばらく聞いていたが我慢できなくなったか、堰を切るように口を開いた。


「鬼姫と呼ばれておっても所詮、ただの<辻斬り>でしょう。奉行所の町方の仕事では? 」

「しかし、なんと言いますか、奉行所、番屋のものに剣豪までつけて総出で夜回りをしておるのですがその剣豪の早見只三郎様までもが殺される始末でして」


 戸山多聞は更に頭を深く下げ言った。


「もう御礼金として御代おだいはご母堂様と相談の上お支払いしておりまする。何卒領内を荒らす<鬼姫>事件の解決にに対し御尽力を賜りたい」

「なんだ、ババァもう銭は受け取っているのか。それで、、、」


 花流斎はつぶやくように言った。


「戸山殿とか申されたかな?」

「はっ?」


 戸山多聞は名を改めて問われて驚いた様子。


「家老の戸山多左衛門とやまたざえもんの親族の方かな?」

戸山多左衛門とやまたざえもんは父です」

「なら話は早い。不躾ぶしつけながら先の藩主交代のおりの政変で戸山一派が実権を握られたと小耳に挟んでいます。この日ノひのもとは天下太平の世の中とはいえ藩とは軍事組織。領内屈指の剣豪をぶつけて駄目なら、関ケ原以来の火縄銃を多数の藩兵に持たせて<鬼姫>を取り囲んでしまえば宜しかろう」

「藩兵!?」

「剣相手に多勢無勢の銃では藩の面目が立たぬと?」

「・・・・・・」

「一度藩から絶縁状を送りつけ放逐した蘭学者のちからを頼るより容易だと思いますが」

 

 多聞は困り果てている様子だった。父にそんなことを提案することは出来ない。まずもって父とは会話がもう一ついつもしっかり成立しない。

 その時だった、花流斎の座る上手の床の間の裏から嗄れた女の声がした。


「これ、きぬ!。策だけ授けるような手抜きはいかぬ。そのお役人にしっかと与力せよ」


 今度は花流斎が驚いて振り向き、悶絶した。

 しばらくすると、草履が草庵から離れていく音がひたひたとクスクス笑いとともにした。


「あの、ババァめ」


 花流斎はその音に向かって憤怒の声を小さくつぶやいた。

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女流蘭学者始末記 美作為朝 @qww

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