有望な若手士官視点

 幼馴染の天才錬金術師、エルナが早朝に「ヴァン、助けて!」と俺の家を訪ねてきた。

 エルナが子供を連れていることに驚きながら、家の中に入れる。


 子供は最初、俺に対して警戒心を持っていたみたいだったが、しばらくすると寝てしまった。


 結婚をしていないエルナがなぜ子供を連れてきたのか、かなり深刻な話を覚悟して、彼女の話を聞いたが…………


「君は馬鹿なんだな」


 それがエルナの話を聞いた正直な感想だった。


「何を言っているの、私は天才だよ!」


「うん、そうだね。だけど、馬鹿だ。理由を説明した方が良いかい?」


「だって……だって……寂しかったんだもん!」


 エルナが大泣きする。


「どうしよう! 処刑覚悟でホムンクルスを生成したのにこんなことになるなんて!」


「処刑される覚悟で結婚をしようとするな。それに恐らく、研究記録を提出すれば、処刑はされないぞ」


「ど、どうして?」


「君は本当に研究馬鹿だな。人体錬成が禁忌とされているのは、新たな生命を造る際、人間を素材にした場合だ。君はあの子を錬成する為に人間を使ったのか?」


「そんな非常識なことしないよ」


 人体錬成非常識をやっていて、何を言っているんだか…………


「とにかく信じられないことだが、君は水や亜鉛、ナトリウムなどからあの子を造ってしまった。生命を冒涜はしているかもしれないが、現在の禁忌には当てはまらない」


「そうなんだ……」


 エルナは安心したようだった。


「でも、本当に奇跡だな。流石に人間の体組織は必要だっただろ? 一体、誰の体組織を使ったんだ」


「えっ、そんなの自分のに決まっているよ。友達いないもん。あ、でも、女性の体組織だけだと駄目だと思ったからこの前、ヴァンの家に来た時にこっそりと髪の毛を採取していったの」


「おい、何勝手なことをしているんだよ! …………ん? って、いうことはあの子、俺とエルナの体組織を基礎にしているのか?」


「そうだよ」


「…………やっぱり馬鹿だな」


「酷い。私は『孤高の天才』って言われているんだよ」


 それはボッチということじゃないだろうか?

 いや、それよりも…………


「この子は俺と君の細胞を使って、造ったんだよな? それだと半分は君の生命情報だから、やっぱり旦那じゃなくて、子供じゃないか?」


 俺が指摘するとエルナは目を丸くした。


「気付かなかった……」


「ウソだろ?」


 エルナは本当に研究以外は抜けているな。


「どうしよう。私、未婚どころか、処女のまま、ママになっちゃった」


「そうだな、頑張れよ」


「ちょっと待って! この子の父親はヴァンなんだよ!? 認知してよ!」


「君が勝手にやったことだろ!」


 第三者が今の会話を聞けば、俺は子供を作ったのに認知しない酷い男だと誤解されそうだ。


 だけど、俺にあの子を認知する責任は本当にない。


「どうしよう。この子が順調に成長したとしても、このままだと近親相姦になっちゃう…………」


 エルナはとても深刻そうな声で言った。


 さすがに自分の細胞をベースに造ったホムンクルスを旦那のがまずいことは理解したらしい。


 まぁ、自分の細胞を使っていなくても、ホムンクルスを造って、旦那にするなんて狂気の沙汰だけどさ…………


「なんで君はさ…………」


 危ないところはあると思ったけど、ここまでのことをするとは思わなかった。

 ホムンクルスを旦那にしようとするなんて……


 こんなことなら、もっと早く言うべきだった。


「…………あのさ、俺、最近、大佐に昇進したんだ」


 俺の職業は軍人だ。

 戦略戦術に関する能力を評価されて、現在は統合作戦本部勤めの参謀になっている。


「えっ、何? このタイミングで自慢話? 私、ギャン泣きするよ?」


「そうじゃない。まだ大佐、だけど、いずれは将官に……いや、元帥になってみせる!」


 俺はエルナに迫った。


「い、いきなり、どうしたの?」


「だからその……つまり……今はまだ君の方が地位が上だけど、いずれは対等になるから……その……」


 本当は将官になったら、と思っていた。

 だけど、考えてみれば、俺が二十九で、エルナが三十だ。


 もうこれ以上、言うのを先延ばしにすべきじゃない…………とエルナがホムンクルスを造ってしまったことを知って、強く思った。


「結婚してほしいんだ」


 もっと別の言葉もあっただろうが、小細工無しで単純な言葉を使った。


 これで駄目だったら、諦める。


「えっ…………」


 エルナは驚いて、口を開ける。


 俺は次の言葉を待った。

 多分、その時間は短かったと思う。


 なのに、とても長く感じた。


 どっちだろうか。

 不安に思いながら、返事を待った俺が聞いたエルナの返事は…………


「昔、私を振っておいて、今更どうして……?」


 予想の斜め上の返事だった。


 だって、俺はエルナを振ったことなんてないのだ。


「俺がいつ君を振ったんだ?」


 当然の疑問を投げかけたら、「二十一年前だと」と言われた。

 そんな昔の出来事を即答されると少し怖いのだが……


 でも、やはり思い当たる節が無い。


 それに二十一年前って、俺は八歳前後だ。


「ヴァンの半分を頂戴、代わりに私の半分を渡すから、って言ったら、泣いて拒絶された」


 …………あっ。

 思い出した。

 でも、それは…………


「私にとって、大きな心の傷になったんだよ?」


「いや、あれは君の言い方が悪い。だって、君は当時、昆虫や小動物を使った合成生物キメラの研究に没頭していたじゃないか」


 子供だった俺は研究素材されると思ってしまった。


「ちゃんと私の半分も渡すって言ったよ。等価交換の提案だよ?」


「子供だった俺には理解できなかったんだよ。君の普段の狂気を見ていた俺は単純に君と合成されると思ったんだ」


「そんな狂気の沙汰、するわけないじゃん」


 ホムンクルスを旦那にしよう、なんて狂気の沙汰を実行した奴が何を言うんだか…………


「じゃあ、今まで君は俺に振られたと思っていたんだな?」


「そうだよ。ヴァンの言葉に傷付いて、私はさらに奥手になったんだよ。そう考えると三十まで未婚処女になったのはヴァンのせいだね。うん、責任を取ってもらう」


 結婚してほしい、という俺の言葉を受け入れてもらえたはずなのになんだが、モヤモヤする。

 なんか違う……

 何かおかしい……


「えっと、その…………よろしくお願いします」とエルナが恥ずかしそうに言葉を付け加えた。


 そう、こういう言葉を求めていたんだよ。


 こちらこそ、と俺が返事をしようとしたら、

「じゃあ、さっそく正規経路で子作りをしようよ」

と言い出した。


 うん、こういう言葉は求めていなかった。


「…………それよりもまずやることがあるだろ」


「えっ、なに?」と首を傾げるエルナに対し、俺はため息交じりに

ホムンクルスあの子の名前を決めないとだろ」

と告げた。


 

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【短編】天才錬金術師は禁忌『人体錬成』で悲願を達成する 羊光 @hituzihikari

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