第四頁:初めての純文学。

 三十分後、文学部による迫真の演劇の映像によって、俺はこの図書館棟での貸し出しルールを完全に把握していた。先ほどのそっけない受付の先輩───白露先輩のあまりの棒読み演技に思わず何度か笑いかけていたが、榎下先輩が終始真面目な顔をしているので笑うに笑えなかった。ちなみに今は○xel映画よろしくNGシーン集が流れている。ほとんどのシーンに白露先輩が出てくるあたりもはや笑わせに来ている。


「さて、これで講習は終わりなんだけど」


 ぱん、と手を叩いて榎下先輩が切り出す。後ろではNGシーンがまだ流れている。


「想像の五倍は長かったですね。もっとこう、口頭注意の延長線かと思ってたんですが」


「先生じゃないんだから叱っても意味ないよ、再発防止が目的なのに」


「確かに再発は防止できそうですね」


 尤もこの講習を受けた後に図書館棟に来る人間が何人いるか、と言う話だが。そういった意味では再発防止ができているのかもしれない。


「今回は少し趣旨が違うけどね。これに懲りたら無闇に友達を庇ったりしないこと」


 教師のようなことまで言われてしまった。とはいえ至極真っ当な意見である。俺が生贄になることで文学部は一人違反者を放免してしまうことになるのだから。


「本当は反省文もあるところなんだけど……君に書かせても意味ないからね」


 どうしようかな、と言った表情で対面の椅子に座る榎下先輩。反省文を書く意味を問うなら講習会そのものに意味が無かったのではないだろうか。


「講習会は違反者を庇って有耶無耶にした事への注意喚起だよ」


「心が読まれましたか」


「君、分かりやすいって言われない?」


「言われるほど友を多く持たなかった身でして」


 しまった、と言う表情をして口元を押さえる榎下先輩。軽い冗句のつもりだったのだが、一軍女子(推定)的には拷問よりも辛いことだったりするのだろうか。


「えー……あー……、そうだ!君、『三四郎』借りてたでしょ」


 なんとか雰囲気を変えなければ、と切羽詰まったような声で『大政奉還ry』の下に置いてある『三四郎』を手に取る榎下先輩。あまりにも地雷を踏んだような対応をしているのでなんだかこちらが居た堪れない。


「あ、はい。借り……ましたね、一応」


 読んでいない、とは言えない空気感。だがどうにも俺は嘘をつくのが苦手らしいので、嘘をつかないギリギリのラインを攻めることにした。


「どうだった? 面白かった?」


 少し目を輝かせながらこちらへと顔を迫らせてくる。一軍女子らしからぬ読書とは思うが、文学部の部長として純文学類にも手を広げていたりするのだろうか。

 しかし困るのは、読んでいないことだ。面白かったか、と聞かれれば、はいかいいえで返すほかない。しかし嘘はつけない。年貢の納め時か。


「実は、その。まだ読んでなくてですね」


「あー……そっか。こういう純文学読んでくれる人、高校生じゃ珍しいなと思ったんだけど」


 露骨に肩を落とされる。罪悪感が少しだけ心を圧迫する。決して純文学に興味がなかったり、面白くないと思っているわけではない。だがライトノベルしか読んでこなかった身で、借りたはいいが読もう読もうと後回しにしていた過去の自分を思うとそう思われても仕方がない。弁明をしようにも、今は何を言葉に出しても無理なフォローに受け取られるのではないかと不安が募る。


「えと、その。すいませ」


「じゃあさ、読んできてよ」


 謝罪の言葉を遮って、榎下先輩は人差し指を立てながらそう提案する。


「反省文書く代わり、って言うと罰みたいだけど、本当に素敵な本だから! 一回読んでみて欲しいんだけど……どうかな」


 首を傾げながらそう提案してくる彼女の言葉は、肥大し続ける罪悪感には渡りに船であった。


「是非。読んでみたいと思ってたのは本当なので」


 と本を受け取る。純文学を読むのは国語の教科書以外では初めてかもしれない。面白いと思えるかは分からないし、ちゃんと読み切れるかも不安だが、ともかく今はこのチャンスを逃してはならない。


「じゃあ明日の……十二時、ここで待ってるから」


「分かりました、では」


 感想会みたいなことなのだろうか、先ほどどうだったかと聞いていた辺り、榎下先輩は他の人の感想が気になるタイプと見える。かくいう俺も鍬田に良かったラノベをお勧めしては感想を尋ねているから同類なのかもしれない。


 そう思いを馳せつつ、本を持ってスタッフルームを去ろうと扉を開ける。


「貸出手続きはちゃんとしてね?」


 完全に忘れていた。まったく締まらない男である。

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冬の明けるころに @Violalula

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