情熱の欠片もない夜這い
* * *
突然に子ども扱いをしてくる両親を思い出すと顔面が熱い。恥ずかしさに顔を
クウィルは
無駄に弾力のあるベッドも落ち着かない。やや
今夜だけだと諦めて、長々と息を
控えめなノックが二度響いた。
嫌な予感に顔をしかめ、クウィルは身を起こした。
扉を開けると案の定、立っていたのはリネッタである。
真っ白な薄い
無言で立ち尽くす姿は、
「入りますか?」
クウィルは少し悩んで、軽く開けた扉に
「こんな時間に訪ねてくるのは感心しませんが」
「……ぃ、です」
聞きづらい。クウィルが軽く頭を下げると、リネッタの吐息が耳を
「
雲の切れ間から顔を出した月が、室内に明かりを持ち込む。
リネッタの
こんなにも
任務をこなしに来たかのような申し出に、ふはっと笑いがこぼれてしまう。
「まだ婚約です。こういったことは、義務でもなんでもありませんよ」
「騎士のかたは
どこの誰だ。そんなことを聖女に吹き込んだのは。
はぁと肺をひっくり返すようなため息をついて、クウィルはベッドに引き返した。どさりと座り込んで頭を抱える。
拷問の一日に、とんだおまけがついてきたものだ。
すげなく追い返していいものか。それでは彼女の
ためらいなくスススと寄ってきたリネッタが、クウィルの隣に上がり込む。白い指が少し迷子になって、それからクウィルの首筋をついと撫でた。
彼女にもし今感情があれば、緊張や恐れで震えるぐらいするのだろうか。十六歳で聖女に選ばれて、二年間旅をして。さすがに護衛の白騎士が聖女に手を出すとは思えない。
こんな風に誘いをかけるのは初めてだろう。リネッタより、感情持ちのクウィルのほうが気恥ずかしくなってしまう。
リネッタの指が、ボタンに引っ掛けられた。そこでクウィルは彼女の手首を掴んだ。力加減に気を遣う。本気で掴めば簡単に折れてしまいそうだ。
「やめましょう、セリエス嬢」
「こういうことはお嫌いですか」
「嫌い、とまではいきませんが、積極的に必要とは思わない」
戦場での
性だの愛だのというものに、ひどく関心が薄い。クウィルは自身を結婚に向かない人間だと思っている。
「わたしも貴族の娘です。
「ご立派な心掛けだ。ですが」
投げ出していた身体をくるりと回転させ、彼女の身体に四つん
質のいい宝石を
ごくりと唾を飲み、心を静かに落とす。関心は人より薄くとも、とうに成人した男だ。美しいものをどうぞと出されて、まったく
起き上がりかけた欲を叩き
「セリエス嬢。今、私に恐怖を感じますか?」
「いいえ」
「では、胸が騒いだりしますか? 身体の内が熱くなるようなものはありますか?」
「いいえ」
正直な返答だ。二十五の男としては複雑に思うべきだろう。夜の寝台で上から覆い
これが、彼女が聖女に選ばれてしまった結果なのだ。
「感情が揺れなければ、身体は痛みます。刺激は痛みしか呼ばない。行為のすべてが苦痛になり、貴女にひどい負担を
「かまいません」
「かまいましょう。私はかまいます」
彼女の背に腕を差し入れ、ゆっくりと引き起こす。硬さ自慢の同僚らと違い、柔らかな彼女の身体は軽々と起こせてしまう。
上半身を起こしたリネッタは、少し考えるようなそぶりを見せた。
「魅力が薄いということでしょうか」
「っはい!?」
さすがに腹から声が出た。
彼女が傷ついたのか、悩んでいるのか、安心したのか。探ろうとしても、三つ数える間に消えてしまった彼女の気持ちはもう、クウィルには探りようがない。
「クウィル様はもっと、胸部のたわわな女性をお好みですか」
「いえ、全くそういうことでなく。そもそも、なぜそんなに夜にこだわられるのですか」
「他に差し上げられるものが無いのです。この婚約を受け入れてくださったクウィル様にできる限りのお返しをしたくて」
お返しが、身体。
自分は
なんだ。結局、彼女もそうなのか。
赤目のクウィルには、魔獣を使役した亡国ベツィラフトの野蛮で穢れた血が流れている。
そんな黒騎士に興味本位で迫ってきた令嬢たちと同じか。
「
吐き捨てるように言って、クウィルはベッドから立ち上がった。そのまま視線を合わせることなく部屋を出ると、心配そうな顔のニコラが廊下に
「く、クウィル様。どちらに?」
「少し頭を冷やすだけだ。セリエス嬢を部屋にお連れしてくれ」
「……はい」
残念そうなニコラの顔は、クウィルへの同情か。
聖女付きに任じられて気合いの入っていたニコラには申し訳ないことだが、この婚約は
少し、苦いものを感じる。
今まで自覚していなかったが、どうやらクウィルはこの縁談にわずかながら心を踊らせていたらしい。
そんな自分が無性に恥ずかしくなり、クウィルは廊下の隅でへなへなとうずくまった。
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