君と一緒に

口羽龍

君と一緒に

 ここは大阪の西成区にあるあいりん地区。ここには多くのホームレスや日雇い労働者がたむろしている。治安は極めて悪く、衛生は決して良くない。


 そんな中に、1人のホームレスがいる。彼の名は黒崎茂(くろさきしげる)。かつてはこの近くの工場で派遣として働いていた。独身だったものの、誰からも好かれていたという。


 だが、会社が倒産し、仕事を失った。ハローワークで探しても、なかなか見つからない。探して、面接に行っても、なかなか採用までこぎつけられない。


 すでに両親は他界していて、茂は1人ぼっちだ。誰も助けてくれない。このまま孤独に人生を終えていくんだな。


「はぁ・・・」


 茂は自分の人生を振り返った。大学で落第して、やっと就職できた。だけど、入退社を繰り返して、派遣で長くやっていた。でもその会社も、派遣切りでリストラに遭ってしまった。


「俺の人生、何やったんやろ」


 茂はため息をついた。冷たい風が身に染みる。今頃、普通の生活を送っている家族は、温かい家に住んでいるだろうな。自分とはまるで正反対だ。自分もそんな生活に憧れた。だけど、叶わなかった。独身のまま、最期を迎えるんだろうな。


「お父さん、お母さん・・・」


 茂の目に浮かぶのは、優しかった両親の姿だ。できればあの頃に戻りたい。そして、落第せず、大学の卒業とともに就職したかったな。そうしたら、まともな人生を送れて、結婚して、温もりのある生活を送れただろうな。


 もう1つ目に浮かぶのは、大学生になって以来住んできたアパートを出て行く直前に拾った卵だ。


 その卵を拾ったのは、アパートの入口だ。拾った卵は、とても美しくて、何の卵か想像ができなかった。だが、持っていると、いい事がありそうで、持っていたらいいなと思った。


「この卵、何やろ」


 茂はその卵を拾った。そして茂は、自分の部屋に向かった。今日もハローワークに行ってきて、いくつか会社を紹介してもらった。明日は面接だ。しっかりと練習して、就職できるように頑張らないと。


 茂は家に戻ってきた。4畳半の小さな部屋だ。もう何年、この部屋にいるんだろう。すごく寂しい。だけど、道を踏み外した自分が悪いんだ。受け止めなければならない。


「きれいな卵やな」


 茂はその卵を本棚の上に置いた。そして、明日の面接に向けて準備を始めた。もう何日、こんな事をしているんだろう。早く再就職しなければ。


「もうすぐ家賃が切れそうやな。決まらなければホームレスになっちゃうんかな?」


 茂は家賃の事を考えていた。早くしないと家賃で大家に怒られてしまう。それまでに何とか再就職しないと。


「辛いわ・・・」


 茂はため息をついた。早く楽になりたい。そして、普通の生活がしたい。だけど、本当に普通の生活ができるんだろうか。




 翌日、茂は目を覚ました。今日は昼下がりから面接だ。今度こそは再就職が決まるように頑張らないと。


 ふと、茂は本棚の上に置いた卵に目をやった。だが、卵が割れている。そして、中身がなくなっている。卵から何かが生まれたんだろうか? それは、どこにいるんだろう。


「あれ?」


 茂は辺りを見渡し、卵から生まれた生き物がどこに行ったのか、探した。だが、どこにもいない。窓は閉まっている。一体、どこに行ったんだろう。


「どこ行ったんやろ」


 結局、茂は探すのを諦めた。いつかどこかで見つかるさ。




 だが、その卵から生まれた生き物を見つけられなかった。就職が決まらず、茂は長年住んだ自宅を追われてしまった。家賃が払えずに大家に追い出されたからだ。それ以後、茂は日雇い労働をしながら路上で暮らしていた。


「できれば人生をやり直したいねん」


 茂は泣いていた。だけど、元の生活には戻れない。こうして孤独に人生を終えていくんだな。


「生まれ変わったら、もっといい人生を送りたいねん・・・」


 その時、目の前が明るくなった。こんな夜中に、何だろう。茂はまぶしくて、一瞬目を閉じた。


 茂が目を開けると、そこには緑の龍がいる。どうして空想上の生き物がいるんだろう。自分は夢を見ているんだろうか?


「えっ!?」


 茂の姿を見て、龍は笑みを浮かべた。茂の事を知っているようだ。


「茂さん?」

「そ、そやけど」


 龍に話しかけられ、茂は戸惑っている。初めて会うのに、どうして知っているんだろう。


 と、茂はあの卵の事を思い出した。龍の体色が、あの卵の柄にそっくりなのだ。まさか、あの卵から生まれた龍が大きくなった姿だろうか?


「お父さんとお母さんに会いたいの?」

「うん」


 優しそうな表情の龍に向かって、茂はうなずいた。会いたいに決まっている。そして、再び一緒に暮らしたいに決まっている。


「会わせてやるよ」

「本当?」


 それを聞いて、茂は驚いた。もう死んでいるのに、本当にできるんだろうか?


「うん。僕の背中に乗って」

「うん」


 言われるがままに、茂は龍の背中に乗った。程なくして、龍は夜の大阪へと舞い上がった。その様子を、茂はじっと見ている。


 1分も経たないうちに、高い所まで上がった。茂は大阪の夜景をじっと見ている。こんなに美しい夜景を見たのは、何年ぶりだろう。通天閣やあべのハルカス、そして新世界の夜景が見える。


「きれいな夜空やなー」


 茂は夜景に感動していた。夜景を見ると、感動できるのはどうしてだろう。


「きれいでしょ?」


 龍は笑みを浮かべている。喜んでもらえて何よりだ。


「うん。何度この景色を見たんやろ。だけど、空から見た事はないわ」

「そう?」


 と、茂は考えた。あの時拾った卵から生まれた龍だろうか? 自分でそれを確かめたいと思っていた。


「まさか、君はあの時拾った卵の龍?」

「うん。そうだよ。どうして思ったの?」


 やっぱりそうだった。まさか、ここで再会できるとは。


「柄が一緒やったから」

「そっか」


 しばらく飛んでいると、龍はさらに高く登った。大阪の夜景が次第に小さくなっていく。これは夢だろうか? 現実だろうか? 茂にはわからない。


「もうすぐお父さんとお母さん会えるよ!」

「本当?」


 それを聞いて、茂は驚いた。本当に両親に会えるとは。でも、どこで会えるんだろう。まさか、天国だろうか? だとすると、自分は天国に行くんだろうか?


「うん」


 そして、龍は雲の上に着いた。雲の上には両親がいて、茂が来るのを待っている。


「着いたよ!」


 着いた瞬間、茂は雲の上に降り立った。雲の上を歩ける。まさか、雲の上を歩けるとは。ここが天国だろうか?


「お父さん、お母さん!」


 茂は走って、両親の元に向かった。両親は両手を広げて待っている。両親は笑みを浮かべている。


 茂は母に抱きついた。母は茂の頭を撫でた。まるで子供のように、茂は満面の笑みを浮かべた。父は優しそうにその様子を見ている。


「茂、辛かったやろ。もういいのよ。お母さんの元で暮らそ」

「うん」


 こうして茂は両親と再会した。そして茂はこの時感じた。自分は死んだんだと。


 翌日、あいりん地区の公園には、茂の亡骸があった。誰にも看取られる事のない、寂しい最期だった。

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