第112話 このお二方――やばいですっ!!(いい意味で)


 すでに武具市には、私達以外の人間はいないようだ。

 と思ったら、武具市会場を囲むように多数の人がいた。

 後ろのギルド本部を見れば、窓に張り付いている人、人、人。


 このバトルを見逃したくない。

 このメインイベントを見なかったら絶対に後悔する。


 そんな熱の入った感情の波がこちらにも伝わってくる。

 

 私だってそうだ。

 蘭丸さんと禅院のバトルを生で見れることなんて、そうそうない。

 しかもダンジョンではない場所で、装備も整っていない状態の2人なんて、レア中のレア。


 これはしっかり目に焼き付けておきますからねっ。

 もちろん、動画もばっちり撮らせていただきますっ。

 

 禅院さんの拳の一撃で膝を付いてたベルセルクが立ち上がる。

 顔がほとんど胴体に埋もれていて、表情がよく分からない。

 稲妻のように吊り上がった両眼から感じ取れるのは、ただひたすらに暴力への渇望。


「オ゛オ゛ォォアアアアッ!!」


 怒りの雄たけびだろうか。

 ベルセルクが両手を頭上で組むと、そのまま禅院さんに振り下ろす。

 

 プロレス技でいうダブルスレッジハンマー。

 または、アニメ業界でいうオルテガハンマーだ。


「食らうかっつーのっ」


 禅院さんがバックステップで回避。

 彼女がいた場所が月のクレーターのようになったのを見たそのとき――。

 ベルセルクがその禅院さんに追い打ちを掛けた。


 前方に走っての右足の前蹴り。

 

 それが着地したばかりの禅院さんに直撃した。

 滑るように吹き飛んでいく彼女。


 禅院さん――っ!?


 あんな蹴りを防具もない状態でまともに食らったら……と絶望が押し寄せる私。

 

 土煙が霧散していく。

 現れる赤髪の女戦士。


「危ねぇ、危ねぇ、体中の骨が粉々になるところやったわ」


 彼女は腕を交差してガードしていた。

 金剛力士の手だからこそできた芸当。

 その一級武具がなかったら、禅院さんの言った通りになっていただろう。


 あっ。


 蘭丸さんが、蹴りのモーションが終わり切らないベルセルクの後ろに迫る。

 この瞬間を窺っていたかのような絶妙なタイミング。


「烈の技――デッドリー クロスッ」


 蘭丸さんが右手に握る聖騎士団の剣を十字に振る。

 発生した十字の波動がベルセルクの左足に直撃した。

 

 ぐらつくベルセルク。

 ターンして戻ってくる蘭丸さん。

 その彼に対して灰色の巨獣が右手を横に払う。


 体勢を極端に低くした蘭丸さんが、右手の下をかいくぐる。

 そして――、


「轟の技――デッドリートライアングルッ」


 剣を素早く右に一閃、上方に斬り上げ、下に斬り下ろす。

 三角形の波動が、再びベルセルクの左足で弾けた。

 

 さっきのデッドリークロスも今のデッドリートライアングルも、カイさんが放った奥義だ。

 同じ名前なのは、ギルド公認のだからだろう。


 カイさん、今頃何してるのかなぁ。

 ……などと一瞬過ったけど、それどころではない。


 デッドリートライアングルを、まともに食らったベルセルク。

 だけど、またしても膝立ちで倒れるの回避する。

 GBレプリカもタフだったけど、ベルセルクもなかなかの防御力だ。


「いきなり烈と轟の技かい。ほんまにさっさと終わりにする気やな」


 禅院さんが蘭丸さんに声を掛ける。


「場所が場所だからね。それに正直、楽しめるほどの余裕はないよ。僕はカグラほど生身に自信があるわけじゃないからね」


「ほなら、そこで見物しててええぞ。どっちかっつーと、金剛力士の手を装着したうちのほうがえるやろうからな。んじゃま、一気に畳みかけることにすっか」


 地を蹴り、ベルセルクに突進していく禅院さん。

 そこに一切の躊躇がない。

 

 禅院さんには恐怖という感情がないのだろうか。

 ――いや、多分、強者と戦えて嬉しんだと思う。

 だって禅院さん、今もなんだかすごい笑ってるし。


 一方のベルセルクには先ほどまでの勢いがない。

 蘭丸さんの烈と轟の技が、思いのほかダメージを与えていたようだ。


「オ゛オ゛ォォッ!!」


 ふらつく足でなんとか踏ん張るベルセルクが、右手を前に出す。

 ゴオオオッと風を切る音が聞こえるほどの勢いで。

 しかしその一撃は大気をかき乱すだけで、目標には当たらない。


 速度を落とさずベルセルクの右腕をかいくぐる禅院さん。


「食らいなッ、轟の技――」

 

 え?


 禅院さんの左手に、口を開いた鬼の形をした金色の炎が浮かぶ。

 

阿形あぎょうの拳ッ!」

 

 そして繰り出す正拳突き。

 まるで噛みつくかのように、鬼の顔がベルセルクの脇腹に食い込んだ。


 よっしゃあああああ。――は私の声ですっ。


「ガアアアアァァッ」


 痛みからなのか、叫ぶベルセルク。

 しかし相も変わらずタフなベルセルクは倒れない。

 倒れないどころか、右手と左手を同時に横に振って攻撃を続ける。


 開脚して、一瞬で地に這いつくばるような禅院さん。

 ベルセルクの両腕が頭上を走る。

 すぐさま立ち上がると、右手を後ろに構えその拳を左手で押さえた。


 またしても炎の鬼が浮かび上がる。

 今度の鬼は口を結んでいるが、轟の技のときより若干、つらが怖くて強そうだ。


 はっ! まさか。


「タフやなぁ。でもこれは無理やろ。極の技――吽形うんぎょうの波拳ッ!」


 禅院さんの右手が高速でベルセルクの腹に打ち込まれる。

 刹那、鬼の炎が拳を当てた一点に渦を巻くように収束。

 ベルセルクがその巨体を前に折り、上半身の肉が大きく揺れた。

 

 がくりと両ひざを地に付けるベルセルク。

 それでも倒れないのは、もはや驚愕である。


「うそやろ。まだダウンせんのかい。だけど、ま、虫の息か。あとは任せるわ。バースデープレゼントや」


 くるりと向きを変え、ベルセルクに背を向ける禅院さん。

 そのときベルセルクが、力を振り絞るかのようにして右手を上げる。


 あ、あぶないっ!


「デッドリー・ソニックエンド」


 と思ったのだけど、そのベルセルクの右手が飛んだ。

 文字通り、肘から先が宙を飛んだのだ。

 剣から発せられた空気の刃によって。


 今のは極の技――っ?

 

 蘭丸さんが血をまき散らしているベルセルクに走り寄る。

 そして横切りながら、首の辺りへと聖騎士団の剣を突き刺した。

 

 剣の切っ先がベルセルクの左側頭部から生える。

 びくっと体を震わせる制御不能の狂獣。

 やがて電池が切れたかのように力なく後ろに倒れたのだった。


「いらないなぁ、こんな誕生日プレゼントは。いい運動にはなったけどね」


 一汗掻いて、涼しい顔の蘭丸さん。

 

 圧 倒 的 完 勝。

 私 は 大 興 奮。

 

 やっぱりすごいですっ、このお二方!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る