第109話 なんでそんな武器しかないのでしょうか!?


 実際、迷っている暇なんてない。

 今にも子供が、ヘルハウンドに襲われそうになっているのだから。


「わあああああああああっ」


 私は超俊足の最中、叫ぶ。

 GBレプリカ戦でも使った、大声でモンスターの気を引く作戦。


 ヘルハウンドの動きがぴくりと止まり、こちらを見た。

 よし、作戦成功。

 でもそこに私はもういない。

 

 私は猛スピードのまま子供を抱き上げると、少し進んだところで降ろす。

 もう1体のヘルハウンドは近くにはいない。良かった。


「ここは危ないからギルド本部のほうへ逃げて」


「う、うん。お姉ちゃん、助けてくれてありがとうっ」


 子供はそう言い残すと、ギルド本部へ走っていく。

 その手には、超特級戦士スペシャルマンのおもちゃの剣。


 なんだ。大事なものなんじゃん。


 微笑ましく思った私に、こっちを無視するなといわんばかり迫りくるヘルハウンド。

 抑え込んでいた恐怖が小さな体を侵食し始める。


 だめっ、だめだめだめっ!


 恐怖が鎖となり全身を縛り付ける前に私は動いた。

 すぐ近くにあった杖のようなものを掴んで。


 ヘルハウンドの横に回るように移動した私。

 丁度、露店の屋根が壁のようになっていて(ヘルハウンドが暴れて落ちたのだろう)、私の視界からヘルハウンドが消えた。


 でもそれはヘルハウンドも同じで、ちらりと見れば、「グルルゥ」と唸りながら私を探している。

 

 4秒後、地獄の猟犬は尾っぽをこちらに向けた。

 これ以上の隙はない。

 

 私は屋根の影から飛び出ると、超俊足発動。


 そのお尻、真っ赤っ赤にしてあげるんだからぁっ!


 私は杖的なものを握りしめると、振りかぶって――


「てやああああああああっ」


 ヘルハウンドのお尻を最大級の力でぶっ叩いた。


 


 ものっすごい軽い音だった。


「グル??」


 何か当たった?みたいなヘルハウンドの仕草。

 多分、HPが2600で6減らされたらそんな感じの反応になると思う。


 えっ、私、なにで叩いたんだろう??


 私は握りしめていたものを見る。


 ナスだった。

 50センチくらいの長いナス。

 多分、大長ナスっていう名前だと思う。


 って、なんで武具市にナスがあるわけええええええっ!!?


「グルアアアアアアアアアッ!!」


 鋭い乱杭歯をむき出しにして、食らいつこうとしてくるヘルハウンド。


 きゃああああっ。


 私は大長ナスをヘルハウンドの口の中に放り投げると、回避。

 あいつが大長ナスを咀嚼しているうちに、武器を探さなくては――っ。


 幸い、武器ならそこら中にある。

 さあ、早くお借りする武器を選ばないとっ。


 最初は使い慣れた杖がいいと思ったけど、私は勘違いしていた。


 打撃もいける杖はエンシェントロッド特有の付帯能力であり、その他の杖は基本、魔法しか使えない。

 つまりダンジョンでないこの場では、杖は最も選んではいけない武器なのだ。


 では何を選ぶ?

 剣・槍・弓・斧・槌・短剣・ナックル・鞭・棍棒――。


 そうだ、棍棒っ。

 

 エンシェントロッドは杖でもあり棍棒でもある。

 その理屈なら私は棍棒の熟練度もそこそこだと思う。

 エンシェントロッドで散々、モンスターをぶっ叩いてきたし。


 だから選ぶのは棍棒。

 そして、使い勝手を考慮して杖に似たメイスのような武器がいい。

 

 私は数多の武器からメイスを探す。

 

 メイス、メイス、メイス…………ない。


 そんなっ。

 

 これだけ武器があるのにメイスがない。

 メイスどころか棍棒すら見当たらない。


 振ってぶん殴るだけというお手軽さから、使用武器ランキング第3位のはずなのに、なぜ置いてないのだろうか。


 ――お手軽ゆえに売れてしまったのかもしれない。

 さすが、人類最初の武器といわれた棍棒だ。

 

 大長ナスを胃袋に収めたヘルハウンドが、私をじぃぃぃっと見ている。

 だらりと垂れた舌から滴り落ちる、大量の涎。


 私、そんなにおいしそうですかね!?


「グルアアアアアアアアッ!!」


 きゃあああああっ。


 私はダッシュで逃げて、別の場所でメイスを探す。

 でもその別の場所でも、メイスを含めた棍棒の類はなかった。

 

 もう、ぶっちゃけ叩いてダメージを与えられる武器的なものなら、なんでもいい。

 そう、なんでも――。

 すると、許容範囲を広げた私の視界に入ってくるフライパン。


 いや、なんでもって言ったけれども……。


 大長ナスだけで充分なのに、まだ私にコメディをさせる気なのだろうか。

 そんな状況じゃないのに。

 でもほかに打撃系の武器は見当たらない。


 私はしぶしぶフライパンを手にすると、名前、等級、価格を確認する。


 名前は、〝キング・オブ・フライパン〟。


 だっさぁ……。

 

 等級は、〝3級?〟


 そのクエスチョンマークはなにっ? 

 3級も疑わしい攻撃力ってこと?

 

 価格は2万5千700円


 う……。

 どちらにも突っ込めない微妙なお値段。



「グルアアアアアアアアアッ!!」


 どうしたものかと悩んでいると、ヘルハウンドが露店を破壊しながら突っ込んでくる。

 いい加減、俺に食われろといわんばかりの苛立ちが、まざまざと見て取れた。


 だからと言って食われる私じゃない。

 そもそもエンシェントブーツに慣れた私には、ヘルハウンドの動きは遅くて避けろと言っているようなものだ。


 ヒョイッっと、なんなくかわす私。


 ――キング・オブ・フライパン。

 名前がださいのはさておき、〝3級?〟。

 

 私は先入観から3級以下を想像したけれど、実はとんでもない攻撃力を秘めているからこその〝3級?〟の可能性だってある。


 私はその可能性に掛けて、隙だらけのお尻を今度こそぶっ叩く。


「えいっ」


 バコンッ。


「グガガァッ」


 ちょびっと痛そうにするヘルハウンド。


 全くもってキング感ゼロの攻撃力だった。

 いや、そもそもフライパンのキングって意味が分からない。

 

 だけど効いているのは確か。

 だったらこのまま攻撃を続ければ、いずれは倒せる道理。


 よーしっ。


 私はヘルハウンドの攻撃を避けつつ、キング・オブ・フライパンで叩きまくる。

 それはもう、叩きすぎなんじゃないかってくらい。


「グ、グルル、ルルゥゥ……」


 滅多打ちにされながらも、なかなか倒れてくれないヘルハウンド。

 一方の私は、疲労から腕を上げるのもしんどくなってきた。


 はぁ、はぁ……。

 いい加減、倒したいんだけど……あ、そうだっ。


 奥義を使おうっ!

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