第107話 ここにいるはずのない〇〇が現れましたっ。


「い、鋳薔薇さんじゃないぇすかっ? な、なんでこんなところに……??」


「何って、ここ武具市よ。なにかいい武具がないかしらって見にきたに決まってるじゃない。四葉ちゃんもでしょ?」

 

 鋳薔薇さんはダンジョンでは武芸者のような恰好だけど、今日は違った。

 ブラックモノトーンのワンピース。

 

 ワンピースの半分には、アシンメトリーな和柄が描かれている。

 武具もそうだったけど、鋳薔薇さんは和をモチーフにした服が好きなようだ。


 ワンピースの腰の部分にはベルト。

 そのベルトの両サイドに何かぶら下がっているなと見れば、それは鞭だった。


 間違いない。

 懺悔の鞭と悔恨の鞭だ。

 

 ワンピースという私服に妙にマッチしているのはさておき、なんで武具なんて持ってきているのだろうか。


「私はギルド本部に銀潜章カードを発行してもらぃにきたのと、あと手形式をしにきました。だから武具市はつぃでと言いますか。あ、聞いてください、鋳薔薇さんっ。私、聖属性がめちゃんこ適性だったんぇすっ」


「あらそう。良かったわねぇ。でもわたくしは最初から分かっていましたよ。特級武具だというのを差し引いても、四葉ちゃんの使う聖魔法は強力でしたから。画面越しでもそれは分かったわ。そこに熟練度の高さが加われば、もうこれは名実共に白銀の賢者様ね」


 白銀の賢者っ!

 いつか呼ばれてみたいですねっ。

 熟練度を上げるために、どんどん聖魔法を使わなくては。


「そういぇば、鋳薔薇さん。いい武具が入荷してぃるか見にきたって言ってましたけど、何かありましたか?」


 鋳薔薇さんが渋い表情を浮かべる。

 

「ん……、良さそうな武器がいくつかあったのだけど、ビビビってこなかったのよねぇ」


「そうなんぇすか。でも鋳薔薇さん、武器が必要なんですか? 懺悔の鞭と悔恨の鞭っていう超すごぃ武器があるのに。……え? ちょっと待ってくださいっ。まさかその2つの鞭、ここに持ってきたってことは売るつもりなんぇすかっ?」


「そう思っても不思議じゃないわね。でも売るために持ってきてるんじゃないの。わたくしにとってザンゲとカイコンは、大切なパートナーなの。だからいつでも一緒なの。うふふふふ」


 鋳薔薇さんが懺悔の鞭と悔恨の鞭を取り出すと、グリップの部分に頬ずりした。

 なんだか、ちょっとエッチな画だった。


「は、はぁ、そうぇすか……」


「ザンゲとカイコンとは別にセカンダリーウェポン、副装備が欲しかったの。鉄扇とかかんざしとか」


 副武器といえば、ルカさんがロッドのほかにナイフを持っていたっけ?

 私も持ったほうがいいのかなぁ。

 でもエンシェントロッドは打撃もいけるし必要ないかな?


「そういう四葉ちゃんだって、靴。それ、エンシェントブーツじゃないの?」


「へ?」


 私は靴を見る。


 あれ?


 本当にエンシェントブーツを履いていた。


 そういえば、エンシェントブーツだけは玄関に並べていた。

 エンシェントブーツのとなりに普通のスニーカーが置いてあったけど、無意識的に履いてきてしまったらしい。


「は、ははは。間違えて履いてきちゃったみたいぇす。も、もちろん売るためじゃないぇすよっ」


 そもそもエンシェントシリーズは私専用なので、売れるとは思えないけど。


「そのエンシェントブーツに先日はお世話になったわね。本当にすごい武具だと思うわ」


 先日とは鋳薔薇さんとのコラボの日だ。

 

 うま味調味料で御馴染み、〝うまいの素〟さんの感謝祭。

 それは千葉の我孫子Dダンジョンで行われた。

 

 足の速さを利用して、鋳薔薇さんが解体したモンスターの肉を仮設の調理場に運ぶ役に任命された私。

 ひたすら肉を運ぶだけの2時間だった。

 

 とてつもなくお腹がすいたあとのモンスター肉は格別で、私はひたすら食べた。

 食べて食べて食べ過ぎてお腹が痛くなって、それは次の日まで私を苦しめた。


 結局、私は腹痛で日光Cダンジョン行きを断念。

 だけど旅館の好意で、一週間後に予約の変更をしてくれた。

 当日キャンセルなのにキャンセル料なしなのは驚いたけど、それは私が探索者シーカー枠で予約をしていたからだそうだ。


 つまりキャンセル料は探索者ギルド持ち。

 どうやら銅潜章特約の1つみたいで、私はそのときはじめてその特約を知ったのだった。


 銀潜章にもなったし、ちゃんと調べて置いたほうがいいよね。

 なんかお得な特約だってあるかもしれないし。

 

「あ、そうだ。私、今、動画を撮っているんぇす。武具市の中をよっ散歩しながら、何か絵になる武器なぃかなぁって。そこで鋳薔薇さんに聞きたいんぇすけど、そんな感じの武器、どこかのお店にありましたか?」


「絵になる武器ねぇ。それだったら……」



 うわあああああああああああっ!!


 

 刹那、聞こえてくる叫び声。

 それは最初は1人だった。

 でもすぐに、2人、5人、多数と増えていった。


「え……? なんぇしょうね? 何か、向こうのほうで叫んでますけど……」


 鋳薔薇さんは答えない。

 その目はおっとりとした彼女とは思えないほどに鋭く、何かを見据えていた。


 一体、何を……あっ!!


 私はその光景に混乱した。

 

 だってこの場にいるはずのない生物がそこにはいたから。


 4本脚で支える全身黒の体躯。

 背中から尻尾にかけてびっしりと生えた赤い角。

 犬のような顔にある、6つの目と口内に見え隠れするナイフのような牙。

 

 その3は、ライオンを遥かに上回る獰猛さで周囲に狂乱を巻き起こしていた。


「モ、モモ、モンスターじゃないぇすかっ!? な、なんでダンジョンでもないのに……っ」


「ヘルバウンド……誰かが捕獲して連れてきたのね。ほら、向こうにトラックが停まっているでしょ。あのトラックのコンテナに入っていて、それを解き放ったのね」


 見れば、確かに2台のトラックが停まっている。

 そのうち、1台のトラックのコンテナが開いていた。

 間違いなく、そこからモンスターが放たれたのだろう。


 今や、武具市のあちらこちらで沸き上がる叫喚。

 このままではいずれ死人が出るかもしれない。


「ひどいっ。で、でも一体誰が……っ!?」


「十中八九、ダンジョン保護活動団体のしわざね。ダンジョンを聖域と捉えて立ち入ることに反対する人達なのだけど――でもおかしいわよねぇ、あのモンスターはどうやって手に入れたのかしら。ウフフ」


 笑ってる場合じゃないですよっ。

 モンスター、こっちに来てますぅぅぅぅっ!


「ど、どうしますかっ? みんなと同じよぅに逃げますかっ?」


「逃げる? どうして? わたくしにはザンゲとカイコンがあるのよ。逃げる道理がないわ」


 その武器自体は非常に強力だ。

 でも、その他の武具を一切、装備していない状態ではあまりにも危険なような気がする。


「……い、鋳薔薇さん。本当に戦うんぇすか?」


「ええ、もちろん。それで、四葉ちゃんはどうする? 戦っちゃう?」


 え? 私ですかっ!?

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