第101話 私の願い事は――
鋳薔薇さんだっ。
そうだ。
鋳薔薇さんといえば、コラボ配信の約束をしていたんだった。
でも崩落のせいで行けなくなって、今こうしてようやく会えた。
「ただぃまです、鋳薔薇さん。あ、あの、コラボ配信出れなくてすいませんぇしたっ。この埋め合わせは必ずさせてぃただきますのでっ」
「それだって四葉ちゃんが謝ることじゃないじゃない。そもそもライブ配信どころじゃなくって中止になったのよねぇ」
「中止……そうだったんぇすか」
あんな大きな地震だ。
渋谷Bダンジョン全体が大きく揺れたはずで、今後の余震も想定すれば中止もやむなしだったのかもしれない。
「そう。今日のは中止。だから明後日の企業案件でさっそく埋め合わせ頼むわねぇ」
「えっ? あ、明後日ぇすかっ」
しかも企業案件っ!
「あら? 何か予定でもあったかしら?」
「い、いえ。大丈夫ぇすっ」
良かったぁ。
ダンジョン旅行の日と重ならなくて。
「良かった。うま味調味料で御馴染み、〝うまいの素〟さんの感謝祭なのだけど、100体くらいモンスターの肉を参加者に提供しないといけないから、がんばりましょうね。うふふ」
100体っすかっ!!
聖母のような微笑みの鋳薔薇さん。
はぁ、まあ、がんばります。
あ……。
そんな姐さんの後ろから来たのは――、
「よっつ」
星波ちゃんだ。
彼女は小さく手を振りながら私のそばへ。
友達になっても、変わらぬ憧れの人がそこにいて――。
「星波ちゃん……っ」
途端に、体中を巡り出す恋しさ。
もっと前から抱いていたはずなのに、今になってそれは栓が抜けたように溢れだした。
「泣いてる? よっつ」
「えっ? あれ? ご、ごめんなさい。なんでだろ。あははは」私は涙を拭いて「ただぃまです」
「うん。おかえり。本当はここでよっつのこと、ぎゅぅぅぅって抱きしめたかったのだけど、ももちんに先にされちゃったから止めとくね」
「え……っ?」
別にしてもいいですけどっ!
むしろしてほしかったけど、口に出せない私。
バトルでの勇気をちょびっとだけ今、欲しかったっ!
「でも我慢できないからしちゃう」
「あ……」
星波ちゃんが広げた両手で私の体を包み込む。
全てを彼女に預けたくなるような、そんな優しさに満ち溢れた温かさ。
このまま、ずっと浸っていたい。
「よくがんばったね、よっつ。本当によくがんばった。えらいえらい」
星波ちゃんがささやく。
とても心の籠った労いの言葉だった。
「はい……」
だめだ。
色々こみ上げてきて、また泣きそうになる。
さきのとは違って多分これ、下手するとむせび泣いちゃうやつ。
私は鼻水をすすってなんとか涙をこらえた。
星波ちゃんが離れる。
名残惜しいけど、これで号泣しなくて済んだ。
「たくさん話したいのだけど今ここでは止めたほうがいいかも。家に帰ったあと、電話で話そっか?」
「は、はいっ。電話で二人っきりで話したいぇすっ」
やったぁ! 2時間コースかな♪
あ、でも赤スぺで助けてくれた感謝はあとで伝えないとっ。
「うん。じゃあ、私達は一旦――……そういえば、社長はどこに行ったんだろ」
私もみんなと一緒になって潜姫ネクストの名物社長を探す。
いや、探すまでもなかった。
上下蛍光ピンクのジャージ。
顔の3倍はある金髪アフロにどでかい丸眼鏡をかけた女性は、この場では(でも?)あまりにも異質だった。
見れば、一番合戦さんがアクレシア国の方、数人と話をしている。
服装からして、おそらくアクレシア人のほうはそれなりの要職についていると思われた。
そんな人達と、何を話しているのだろうか。
一番合戦さんが、1人のアクレシア人に顔を近づける。
彼女は、親指と人差し指を合わせて丸を作ると、ニシシ……という感じで口角を上げて、にやついた。
((((絶対、お金の話してるっ!))))
多分、星波ちゃんやももちんさんに鋳薔薇さんもそう思ったはずだ。
そういえば、電話で私と話をしたとき、
――それに四葉が活躍して王女が生還できれば、アクレシア国からたんまり謝礼がもらえるだろうし、ギルドからの恩賞も出るだろ? 事務所経営ってそれなりにお金が掛かるからねぇ――
などと言っていたから間違いない。
行動早すぎっ!
普通、まず私のところに来そうなものですが……。
その一番合戦さんが私に気づく。
ぶんぶんと手を振ったあと、ニカッと笑ってサムズアップした。
そのサムズアップは、私への労いの意味を含んでいるのでしょうか。
それとも交渉がうまくいった意味でしょうか。
「四葉っ」
不意に聞こえる声。
すると人混みをかき分けるように、ナユタ王女が走ってきた。
「私達は向こうに行ってるね」
星波ちゃんがそう言い残すと、ももちんさんと鋳薔薇さんと一緒に後ろに下がった。
「ナユタ王女。来ちゃって大丈夫なんぇすか。なんかみんな見てますよ? こっち」
「いいのじゃ、いいのじゃ。友達と話してくると言ってあるから気にせんでいい。あとのことはソーラに任せてきた」
「そうぇすか」
ソーラさんと目が合う。
彼女が会釈をして私も返した。
これでソーラさんとは最後なんだな、と私は察した。
「そうじゃ。む? カイとルカはどこに行ったんじゃ??」
ナユタ王女が忙しそうだから帰っちゃいました。
と正直に答えるのは、ナユタ王女の所為になってしまう。
じゃあ、どう答えよう??
「え、えっと、あの、なんか、その…………とにかく早くシャワー浴びたぃみたいで帰りましたっ」
いや、それはルカさん限定だし、そんな理由で帰るのもどうかと思うぅぅぅっ!!
でもナユタ王女は、
「ふむ、最後に感謝の気持ちを伝えたかったが、それなら仕方がないのう。ダンジョン脱出という達成感と高揚感をスパイスにお互いの魂を貪るように愛を交わしたいのじゃろう。くくくっ、むしろ汚れたままのほうが興奮の度合いも高まるじゃろうに」
そういう関係じゃないって言いませんでしたっけっ!?
まあ、それで納得するならいいですけど。
「ナユタ王女はもう国に帰るんぇすか」
「そうじゃな。早急に帰り王女としての務めを全うしろとの父上からの命令じゃ。余の我儘で多くの人に迷惑を掛けた。さすがに嫌じゃとは言えん。素直に従うことにしてやったわ」
懸命な判断でございます、ナユタ王女。
「そうですか。じゃあ、ここでお別れぇすね。ナユタ王女」
「そうじゃな。寂しいがお別れじゃ。色々世話になった。というより2度命を救われた。四葉は余の恩人じゃ。そうじゃ、願い事を聞いてなかったな。なんでもいいぞ、言ってみぃ。そなたの望みはなんじゃ」
私の望み。
実はもうそれは決まっていて、だから口からスッと出た。
それは――、
◇
「よっつ、それは何? たまご?」
星波ちゃんが、私が両手で持っているものに視線を落とす。
「この形状は多分そうだと思ぃます。ナユタ王女が転移門に入る前に拾っていたらしいんぇす。近くに壊れた宝箱があったって言ってたんで、多分その中に入っていたものじゃなぃかと。自分が持っていてもしょうがないからって、私にくれました」
「そうなんだ。なんのたまごだろうね」
「星波ちゃんでも分からないぇすか?」
「うん。わざわざ宝箱に入っているたまごなんて初めてだから、私もちょっと分からないな。温めて
「そうぇすね。そうしてみます」
なんとなくだけどモンスターとは思えない。
だったらなんだろうと考えても分かるはずもなくて、星波ちゃんの言った通り、温めて孵化させるしかないと思えた。
「そういえば、ナユタ王女とは最後に何を話したの? あ、ごめん。もし言えないことなら言わなくていいよ」
「大丈夫ぇすよ。言えることですから。――最後は私の望みを聞いてもらったんです」
「望み?」
それはすでに叶えられていた望み。
ナユタ王女のほうから言ってくれたから。
でも時間と共に薄らいでいく口約束にはしたくなくて、私はそれを望みとした。
今度はいつ会えるだろう。
場所はどこ?
日本?
アクレシア国?
それとも別のどこか?
――どこでもいい。
私とナユタ王女は、これからもずっと友達だ。
次に会ったとき、私は彼女にこう言うつもりだ。
ナユタちゃん、久しぶり――って。
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