第98話 ちょっとさすがにあれなので、キレてもいいですか?


「て、て、て、転ぃ――ごほっ、ごほっ、じゃないぇすかっ、あれっ!!」


 興奮しすぎてせき込んだ。

 多分、転移門って言えていない。

 けどそんなことどうでもよくて、ただひたすら眼前の光景に感謝した。


「だよな、だよなぁっ、あれ、絶対転移門だよなぁっ!」


「そうよねっ。あれ、転移門よねっ。辿り着いたのねっ」


 手を取り合ってくるくる回り、喜びを爆発させる銀潜章組。

 そんな2人を放心の体で見ていたナユタ王女が、我に返ったように叫んだ。

 

「お、おいっ、四葉っ! あれが転移門なのかっ!?」


「そ、そうぇすよっ。あれが私達が求めていた転移門ぇすよっ。これでダンジョンから脱出することができますよっ」


 ナユタ王女の目が大きく開く。

 薄暗いダンジョンの中、その瞳が宝石のように輝いた。

 刹那、


「ダンジョンから出ることができる……」


 そうつぶやくと、緊張の糸が切れたかのようにへなへなと地面に座り込んだ。


「良かったですね、王女様」


 ソーラさんがナユタ王女の傍に腰を落とす。


「う、うう、良かった、良かった。生きて出ることができて本当に、良かった……うう……」


「ええ、本当に良かったです」


 涙で頬を濡らすナユタ王女。

 明るく気丈にふるまっていたけれど、ずっと怖かったに違いない。

 

 ナユタ王女は5人の中で唯一、ダンジョンで通用する武具を持っていなかった。

 守られているとはいえ、いざというとき自分の力ではどうにもできない恐怖を抱えてきたのだ。

 

 それは、特級武具を身に着けている自分には想像もできない極限の感情。

 

 本当によくがんばりましたね。ナユタ王女。


 私は目元の涙を指で拭い去ると、スマホのカメラで自分を映した。


「視聴者のみなさん、もうお分かりかと思ぃますけど、転移門がありましたーっ。わー、パチパチパチッ。ないかもしれない、でも信じてぃれば必ず見つけられるって思って思って思い続けて――。なので、ここで見つけられたのはめっちゃんこ嬉しぃですっ。本当に良かったですっ!」



【コメント】

 ・マジでよかったあああああああああ!!

 ・転移門発見できて良かったっ!!

 ・号泣で前が見えないワイ

 ・完全なるハッピーエンドッ!!!

 ・信じる者は救われる。俺もずっと信じてた

 ・誰も死なないファンタジー



 そうですね。

 これはもう完全なハッピーエンドだと思いますっ。

 誰一人と欠けず怪我もなく、ゴールにたどり着けたんですからね。


 おまけに、エンシェントグローブの付帯能力も知れたので言うことなしですねっ。



【コメント】

 ・¥10000《がんばったね、よっつ。私はこの結果しか信じてなかったよ。だってよっつは最強の主人公だもん。ダンジョンの外で待ってる。早く会いたいな。》


 

 星波ちゃん……。

 私もコンマ1秒でも早く会いたいですっ!!!


「じゃ、早速、転移門に入るとしますか。今言うことじゃねぇけどよ、このあとのことを考えると足が重くなるわな」


「私らの処遇とか? そんなの生きていればどうでもいいわよ。あー、早く熱いシャワー、浴びたーい」


「そなたらの処遇? そなたらに非は一切、ないのじゃ。むしろ余のわがままに付きあわされた被害者とも言える。だから安心せぃ。悪いようにはならんと、この場で約束する」


 ナユタ王女のそれを聞いて、カイさんが安心したように表情を崩す。

 ルカさんがシャワー、シャワーと口ずさみながらスキップで転移門に向かう。

 それに続くカイさんとナユタ王女。


 ソーラさんは? と見れば、その横顔にドキリとするような緊張感を孕ませていた。

 まるで何か深刻な出来事を見ているような。

 その視線は後ろ、GBレプリカがいたほうに向いている。


 まさか。


「……そんな……」


 ソーラさんの声。


 私の視線もそちらに吸い込まれる。


 ……えっ。

  

 GB姿

 胸から頭までを失っているにもかかわらず。


「おい……おいおいおいっ!」


「……噓でしょ。止めてよ、もう」


「まだ、生きておったのか……ッ!?」


 カイさん、ルカさん、ナユタ王女もその光景に驚愕している。

 あるいは絶望――だろうか。

 

 ……そうだ。


 GBレプリカには脳もなければ心臓もない。

 いや、そもそも損傷の程度なんて関係がないのだ。

 ロボットであり、イミテーションソウルに操られている傀儡である以上、物体が存在すれば動く。

 

 甘かった。

 

 GBレプリカがバーニアから勢いよく炎を吹き出し、こちらにせまってくる。

 右手には落ちてた左手を握っている。

 

 巨大人型兵器は右手を振り上げると、その左手を投げた。

 左手の行方、それは私達が行こうとしていた生還への入口。

 轟音と共に鉄骨と瓦礫が吹き飛び、代わりにGBレプリカの左手が鎮座した。


 それは転移門をかき消すように。


「ああああああああっ! 転移門がぁぁぁっ!」


 カイさんが頭を抱えて悶える。


 狙った?

 転移門を? 

 私達を逃がさないために?


 転移門は本来、モンスター徘徊領域の外に置かれている。

 ゲームのセーブポイントが安全な場所にあるのと同じように。

 だからここでも大丈夫だと思った。思ってしまった。


 でも違った。

 

 ダンジョンはゲーム的であってもゲームではない。

 だからどんなイレギュラーな事態も、発生しうると想定しなければいけないのだ。


「……なんでよ? 私のシャワー、返してよ……」


 愕然とした顔のルカさん。


 でも。

 でもこれはひどすぎだと思います。


 よくある展開なのは分かってますよ?

 倒したと思っていたボスが立ち上がって、倒したと思っていた人達の心を折って絶望の淵に立たせるやつですよね。


 エンタメとして楽しんでいる分には、それでいいんですよ。

 定番ですけど、ないと味気ないというか。

 でも――、


「うそじゃ、うそじゃっ、うそじゃっ! こんなのは全部うそじゃぁぁっ!」


「私めもそう思いたいですが……これは現実のようです。王女様」


 ナユタ王女が泣き叫び、ソーラさんが力なくうなだれる。


 ――でも、いざ、自分の身に降りかかってみるとこんなに腹の立つことはない。


 私の中に沸々と怒りが湧いてきた。

 多分、人生はじめてのどでかい怒りが。


 私、今猛烈にむかついてますっ。

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