第89話 カイさんの大好きなものを発見したようです。


 長い直線の道。

 その途中にねじれ壊れたいくつもの線路が横断していた。

 そこには、未知の領域に落ちる前に乗っていた湘南新宿ラインなどの電車はない。


 ただひたすら、公共インフラの甚大な損害を目の当たりにする私達がいた。


 ちなみに私はすでに自分の足で歩いている。

 ナユタ王女のおかげで十分な体力の回復ができたから。


「渋谷にダンジョンができたときはそれだけで大惨事だったけどよ。これはこれでえげつねぇことをしてくれたよな」


 カイさんがぽつりとこぼす。


「そうね。ダンジョン生成が線路を巻き込んだせいで、湘南新宿ライン、JR山手線、JR埼京線の3路線が壊滅的だったものね」


 とルカさん。


「ああ。どの路線も内回りで渋谷に行けなくなった。おかげで母ちゃんが未だにぼやいてる。なんで新宿から恵比寿に行くのに遠回りしなきゃいけないのよって」


 確かにカイさんの言った通りだ。

 ダンジョンを造った神様はえげつない――ひどいことをしたと思う。

 

 でも広く世界を見渡せば、渋谷Bダンジョン生成による損害が大したことではないと思えるような事例が数多くある。

 

 もちろん、この日本にも。


「こら、カイ。その物言いじゃと、ダンジョン生成時に死んだ人達よりも交通の便の悪さを嘆いているようではないかっ。もっと死者に対して哀悼の心を持たんかっ」


「も、持ってますって充分。持ったうえでの母ちゃんのぼやきを言っただけですよ」


「ならいいのじゃがな。……というより余にはカイを責める資格がそもそもないか。悪かったな、カイ」


「い、いや、別にいいですが、資格がないってのは一体……?」


 当惑気味のカイさん。

 私もナユタ王女の言ったその意味がよく分からなかった。

 それが表情で伝わったのか、ナユタ王女が、

 

「ダンジョン生成によって多くの人が死んだと分かっていた。なのに、己の好奇心を満たすためだけに余は父上に無断でダンジョンに潜っている。資格があるはずもないじゃろう」


「なら聞きますが、ナユタ王女はここ渋谷Bダンジョンで亡くなった人に対して、一度もとむらいの気持ちを抱いたことはないんですか?」


「そんなことはないぞ。何時いつなんときも亡くなった人間の魂がよどみなき天上へと昇っていくことを願っておる」


「だったら同じじゃないですか。そもそもダンジョンが多くの人間の血肉と引き換えに存在しているっていうのは、ダンジョン国家群の中では常識ですからね。誰もかれもが死者に対して、何かしらの想いを抱いているってのは確かだと思いますよ」


 ダンジョンが多くの人間の血肉と引き換えに存在している。


 これはダンジョンシーカーになる前にギルドで聞かされる〝おしえ〟の一つだ。

 当然、私もその訓えはいつも胸にあって忘れたことはない。


 

【コメント】

 ・うん、とっても大事なこと

 ・そうなんですよね。そこは忘れちゃいけないことだと思う

 ・ダンジョンでのエンタメ全てが、死者の上に成り立っているんですよねぇ

 ・俺はいつだってダンジョンで亡くなった兄を想ってる

 ・みなさんの魂がどうか天国に行けますように・・・

 


 視聴者のみなさんの想いも伝わってきました。

 こうやってライブ配信ができるのも亡くなった方達がいたからこそ。

 あらためて感謝しなくちゃいけませんね。



 ◇



 くぐったりのぼったりして、ようやく線路の墓場を抜け出す私達。

 すると、


「あれはなんでしょうか?」


 とソーラさんが〝あれ〟に指を向けた。

 見れば、なにやらロボットの腕らしきものが壁際に落ちている。

 太さは電柱を10本まとめたくらいで、かなり大きい。


 一体、あれは……。


「おい、うそだろ……マジかよ」


 カイさんが驚愕に目を見開いている。

 ただ、そこに恐怖の感情は見えない。

 しいていえば歓喜だろうか。


 なぜに歓喜??


「どうしたのじゃ? カイ。このロボットの腕に見覚えでもあるのか」


 カイさんが唾を飲みこむ。


「この腕は〝駆動闘士ゲルダムバースト〟の腕なんですよ」


「〝くどーとうしげるだむばぁすと? なんじゃそれは?」


 頭上にクエスチョンマークが浮かぶナユタ王女。

 ソーラさんも同様のようだ。


「ロボアニメに出てくるロボットです。もちろん、本物じゃねぇですよ。これはサイズを半分にしたレプリカです。半分っつっても全長で9メートルありますから、かなりでかいですけどね」


 カイさんがロボットの腕に近づき手で汚れを掃うと、なでる。

 まるで愛しい人にあったかのように。

 

 ナユタ王女とソーラさんが反応に困ったように目を見合わせた。


「あ、これには説明が必要ね。カイはゲルダムおたくなの。ゲルダムシリーズ全部観てて、特にこのゲルダムバーストが大好き。なのよね?」


 ルカさんに振られて頷くカイさん。


「そこはさすがに否定できねぇな。アニメのブルーレイもコミックスもフィギュアも、なんなら非売品のパネルだって持ってるからな。俺がシリーズで一番好きなゲルダムだ。このレプリカだって何度も観に行ったんだぜ。一緒に写真だって撮ったんだ」


「心底、愛しているのじゃな、そのロボットを。でもあれだ、カイ。結婚はできんぞ」


「分かってますよっ、そんなことっ!」



【コメント】

 ・ゲルダムバーストはよきアニメ

 ・俺はゲルダムウィザードだな

 ・カイさんと話、合いそーっ。

 ・ゲルダム好きに悪い人はいない

 ・非売品のパネルどこで手に入れた!?

 ・ガチファンやんwww



 視聴者のみなさんの中にもゲルダムに詳しい方が多そうですねっ。

 ちなみに私ももちろん知ってますよ。

 

 一番好きなシリーズは今年の新シリーズですかねぇ。

 学園✖ガールズラブの新機軸がツボりましたっ。



 ところで――、


「そのレプリカの腕は、なんでこんなところに落ちているんぇすかね」


「それは別に不思議じゃない。渋谷駅の近くに渋谷キャルトガーデンっていう施設があるんだが、そこの広場で感謝祭をやっていて期間限定で展示されていたんだ。それが運悪くダンジョン生成の日と重なっちまってな。……こんなところで見つけるとは思わなかったぜ」


「でも腕だけなんぇすよねぇ。ほかのパーツもどこかにあるのでしょぅか」


「腕があるってことはほかもあるだろ。つーか探し出す。探し出してできる限り汚れを落としてやりてぇんだ。それがファンってもんだろ」


 その気持ちは分かる。

 でも先に進んだほうがいいんじゃないかぁ、などと思ったとき、


「探す必要などないですよ、カイ様」


 とソーラさん。

 

 一瞬、どういう意味か分からなかった。

 だけどその光景を目の当たりにして、それこそ一瞬で理解した。


 駆動闘士ゲルダムバーストが、ダンジョンの曲がり角からぬっと出てきた。

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