第87話 聖魔法、初めてのやつ使っちゃいますっ。


 エンシェントロッドは、その存在が明らかになっている聖魔法の全てが使える。

 よって例え魔力が少なくても、その状況に相応しい魔法を使用することが比較的容易だ。


 私が今から使用するのは、スピリットマーキュリーでもヴァニシングノヴァでもない、第3の攻撃系中位魔法。


 魔法は遠距離攻撃のイメージがあるけど、この魔法はそうじゃない。

 私はエンシェントロッドの先端をカエルシャークの体に当てる。


「我ぁアストライアと契約せし聖なる汝を崇める者、血の盟約ぃ従い魔力マグナの付与を授からん――イノセントライト!」


 詠唱を終えた私。

 すると、カエルシャークの体内で光が発生する。

 

 みるみるうちに大きくなる光の塊。

 やがて穴の開いたボールのように、いくつもの光の筋を拡散させると――、

 

 ボンッ。


 純粋な光が内から闇を掃う。

 カエルシャークの体が粉みじんに吹き飛んだ。

 

 聖魔法で唯一の、ゼロ距離で発動させる攻撃系魔法――イノセントライト。

 その攻撃力はゼロ距離というリスクもあってか、中位魔法の中では最強だ。

 ただ、エンシェントロッドが打撃にも優れているせいか、今まで使う機会はなかった。

 

 水の抵抗で著しく打撃力の落ちている今、これしかないと思い立ったのだけど、うまくいって良かった。

 

 中位魔法ということもあり、あの謎の魔力回復がなかったら今頃ガス欠になっていただろう。

 もともとガス欠は覚悟の上だったけど、あれは本当に助かった。


 ……それにしてもなぜ魔力が回復したのだろうか。


「四葉ああぁぁぁぁっ」


「わっ?」


 ナユタ王女が勢いよく抱きついてくる。

 

「ううう、……かったのじゃ」


「え?」


「怖かったのじゃ。強がってはいたけれど、あのままどこかに連れ去られて、モンスターに食われるのかと思うと本当に怖かったのじゃっ。ううう」


 大粒の涙が落ちては水に流れ溶けていく。

 私はそっとナユタ王女の背中に手を回す。


「もう大丈夫ですよ。周りにはもうカエルシャークもいなぃようぇすし、それにカイさんとルカさんも来ましたから」


 どうやら銀潜章の二人もカエルシャークを始末したようだ。

 水の抵抗が邪魔をする中、手持ちの武器だけで勝利を収めるとは改めてすごい2人だ。


 ん?


 その2人の顔をよく見ると、なにやら必死の形相だ。

 

 なんでそんな顔??


 理由はすぐに分かった。

 彼らの後ろを、2体のカエルシャークが猛追していた。

 

 倒してなかった!?


「逃げろっ、逃げろっ、逃げろおおおおおおっ!!」


「逃げてっ、逃げてっ、逃げてええええええっ!!」


 言われなくても逃げますっ!!


 私はやってきたソーラさんと共に、ナユタ王女を引き連れて全力で泳いでいく。

 

 人生で初めて火事場のバカ力が出た瞬間だったかもしれない。



 ◇



 陸に上がられてはもう無理だと諦めたのか、カエルシャーク達が去っていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……。な、何が真ん中を進めだよ。一番やべぇ道だったんじゃねぇのか」


「それはないんじゃない? こうやって5人全員が生存している以上、やっぱり真ん中の道が正解だったと思うわ」


 大の字で寝転がっているカイさんに、それでも真ん中の道が正しかったと説明するルカさん。


 私もルカさんが正しいと思う。

 罠解除のためのダンジョン語に、嘘が書いてあったとの報告は一度だってない。

 もしかしたら、ダンジョン罠で死んで報告できなかっただけかもだけど……。


「王女。なぜ、あのようなことをしたのですか?」


 怒りを押し殺したようなソーラさんの声が、となりから聞こえた。

 当の王女は侍女が怒っていることを察知したのか、目を揺動させる。


「あ、あれはだな。ほら、ソーラは王宮で唯一、余を理解してくれる大切な友じゃから死んでほしくないと思ってだな――」


「それは私めも同じですっ。王女様には死んでほしくありませんッ!」


 声を荒げるソーラさん。

 いつも冷静な彼女がこんなにも感情を露わにするのは、これで2度目。

 1度目はナユタ王女が水中で手を離したときだ。


 これだけで、ソーラさんのナユタ王女への想いの強さが分かるというものだ。


「ソーラ……その、すまんかった」


 それが分かったのか、素直に反省するナユタ王女。


「いえ、大きな声を出して申し訳ございません。ただ、王女はいずれ国の未来を背負って立つお方。その自覚を持って行動してくれればと切に願っております。そして――」


 ソーラさんが体を私に向ける。


「湊本様。王女様を助けていただいて本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


 ソーラさんが前傾姿勢で頭を下げる。

 その90度のおじぎは私のより完璧だった。


「よ、余からも礼を言わせてくれっ。四葉よ、助けてくれて本当にありがとう。この件は父上にも話すつもりじゃ。いずれ国賓として我が国に来てもらうかもしれんな」


 国賓っ!!

 首相とか大統領レベルですよね、それ!?


「い、いや、それはちょっとスケールがでかすぎるといぅか、なのでムーンバックスコーヒーのスイカフラッペチーノを買ってくれればそれでいいぇす」


「スケールが一気に小さくなったの……。まあよい、それに限らず、四葉の望みは全て叶えてやろう」


「すいません、ナユタ王女。今の話は一体どういうことですか? 湊本がナユタ王女を助けたって聞こえたんですが」


 事情を知らないカイさんが聞いてくる。

 ナユタ王女が身振り手振りで臨場感あふれる説明をしてくれた。


「そうだったのか。しかし信じられねえな。湊本が魔法でカエルシャークを粉みじんにしたとかよ」


「カエルシャークってレベル160でしょ? 水中だから相応の武器を持った銀潜章でも苦戦するのに、鉄潜章の湊本っちゃんが、ねぇ……」


 どうやらルカさんにも疑われているようです。

 それと鉄潜章じゃないです。

 

 うーん。

 でも、鉄潜章ではなく銅潜章ですと訂正したところで、あまり意味はないような気がする。


〝銅潜章でありながら特級武具を所有していて、且つ扱いに長けている〟


 この情報こそが疑問を解消する方法だと思った私は……、


 ゴゴゴゴゴッ


 そのとき不快な地鳴りがダンジョン内に響きわたった。

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