第86話 ここでやらなきゃ私じゃない。
◇◆まえがき◇◆
いつもお読みいただきありがとうございます。ここで1つ設定に変更がございます。魔法を使いすぎると〝気力を消費して倦怠感に襲われる〟となっていましたが、〝魔力を消費、それに伴い
◇◆本編◇◆
「ナユタ王女、ソーラさん、それに湊本。3人は早く逃げろっ。全速力で逃げるんだッ」
カイさんが指示を出す。
「カ、カイさん達はどぅするんぇすかっ?」
「どうもこうも戦うっきゃねぇだろっ。追いつかれて後ろから捕獲されて食われねぇためにはよっ」
「いいから早く行ってっ。無駄話している場合じゃない」
「で、でもルカさんは魔法使ぇないし……っ」
「それなら大丈夫。私、短剣持ってるから。3級武具のアイアンナイフだけどね」
スローインプ戦に続いて、またもカイさんとルカさんが危険に身を置くのか。
それはもちろん、ナユタ王女の護衛という任から当然なのかもしれない。
じゃあ、私は――私は――。
ダンジョンシーカーでありながら戦いもせず、飛び入りで庇護下に置いてもらっているだけの少女。
池が本物かどうか確かめたからってなんだっていうんだ。
私はやっぱりお荷物だ。
情けない。本当に。
特級武具まで持っているのに、なんて体たらくなのだろう。
こんなんじゃ本当にエンドラさんに怒られちゃうよぉ。
「湊本さん、何をしているのです? 早く逃げましょう」
ソーラさんに声を掛けられて、ハッとする。
そうだ。
せめてちゃんと逃げ切って、みんなに迷惑を掛けないようにしないと。
「は、はいっ。逃げましょうっ」
幸い泳ぎは得意なほうだ。
小学校の頃習っていたスイミングがこんな場所で生かされるとは、全く想像していなかったけれど。
「絶対に私めの手を離さないようお願いします、王女様」
「わ、分かっておるっ。悪いな、ソーラ。迷惑ばかり掛ける」
「いいのです。だからこそ私めが侍女でいられるのですから」
ソーラさんがナユタ王女の手を握って、泳ぎ始める。
ナユタ王女は泳ぐのが苦手だと言っていた。
だからなのだろう。
私はソーラさんの後ろについていく。
「み、みなさん。私、今から逃げますね。本当は戦いたいんぇすけど、何もできそうもなぃので……。とっても不甲斐ないぇすけど、今は逃げ切ることに専念したいと思ぃますっ」
【コメント】
・それでいい。今は逃げろ!
・逃げ切ってくれええええええ
・泳法はクロール一択で!!
・カイさんルカさん信じて振り返らずにっ!!
・なんとか泳ぎ切ってくれ
・配信はあとでいいからな!
はい、絶対逃げ切りますっ。
あとクロールよりバタフライが得意なので、バタフライ一択でいきます。
お言葉に甘えて、配信も向こう側に着いてからにしますね。
「では、またあとで必ず会いましょうっ」
私はスマートフォンと自撮り棒をポーチにしまうと、泳ぎに専念する。
後ろで聞こえるカイさんとルカさんの声。
カエルシャークと戦っているのが分かるけど、私は振り返らない。
それにしても――速度が出ない。
理由は明らかだ。
魔法の使い過ぎによる著しい魔力の減少。
それに伴う
いくら体力がマックスでも運動性能が低ければどうしようもない。
その進みの遅さを挽回するためにがむしゃらになる私。
だけど、それによって体力が奪われてますます速度が遅くなるのだった。
だからソーラさん達との距離も離れていくはず――。
なのだけど、そんなに変わっていなかった。
多分、ソーラさんとナユタ王女が手を握っているからだろう。
普段とは立場が逆かのように、ソーラさんに随行するナユタ王女。
ちらりと見える顔は必死そのもので、私も体力が万全ならナユタ王女の左手を取ってあげたいくらいだった。
「湊本さん。右から1体カエルシャークが来ています」
とソーラさん。
あまりにも淡々というので、それが最悪の危機であることに気づくのが遅れた。
右から泳いでくる両生類と魚類のハイブリッドモンスター。
カイさんとルカさんが相手をしていたどちらかだろうか。
あるいは別の。
どちらにしてもタゲを取ったのはわたし達。
ただカエルシャークのぎょろ目の向きから、狙いはソーラさん達だと推測できた。
「ソ、ソーラっ。あ、ああ、あいつ、余とそなたを狙っておらんかっ!?」
「そのようですね、王女様。捕獲されないようにもっとしっかり泳いでください」
「そ、そんなこと言ったって泳ぎ方が分からんのじゃっ。えぇい、弓でなんとかならんのかっ?」
「この水中のような空間でまともに矢が飛ぶはずがありません」
「そ、それもそうじゃな。冷静にならんといかんな」
「はい。冷静さを失っては何事もうまくいきません。王女様」
悠長に話をしている場合じゃない。
カエルシャークはもうすぐそこまで迫っているのだ。
なんとかしないとっ!
でもどうすれば――ッ!?
そのとき、ナユタ王女が予想外の行動にでた。
ソーラさんの手を振り払い、彼女をカエルシャークから遠ざけるように蹴ったのだ。
「そなたは生きろ。これが余が冷静になって出した結果じゃ」
「――ッ!? 王女様っ、なんてことをッ!」
「後悔はしとらんぞ。……ふぅ、少々わんぱくが過ぎたようじゃ」
「だめですっ! 王女様、そんなことは許しませんッ!」
ソーラさんの怒号のような叫び。
次の瞬間、カエルシャークがその舌でナユタ王女を捕獲した。
このまま逃げられた終わりだ。
誰も追いつくことはできない。
だから。
絶対に逃してはいけない。
「たああああああっ」
私は全力で手足を動かし、今、正に横を通り過ぎようとしていたナユタ王女の足を左手でつかんだ。
「よ、四葉っ!?」
「はい、四葉です。良かった、つかむことができて……っ」
「な、何が良かったじゃっ。そなたも早く逃げんかっ。でないと一緒に食われてしまうぞっ」
「食われるつもりもないぇすし、逃げるつもりはそれ以上になぃですっ!」
できることもやらずに、友人の窮地を指をくわえて見ているだけなんて絶対に無理。
そんな状況で自分のために余力を残しておくような、薄情な人間にはなりたくない。
もうガス欠なんて知ったことか。
そう決意したとき、私は確かに感じた。
魔力の源泉が勢いを増したのを。
それは決して多くはない。
だけど、カエルシャークを一撃で倒せる魔法を使用できるのは間違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます