第85話 みんなで楽しんでいればそうなりますよね(汗


 再び、みんなの視線が私に集まる。


「湊っちゃん、無理しなくていいのよ。多分、カイがやってくれるし」


「はっ!? い、いやまあ、やれって言われればやるけども……」


 ルカさんとカイさんの優しさにも甘えてはいられません。


「いえ、私がやりますっ。この役は絶対に誰ぃも譲りませんッ」


 私の決意が本物だと知ったのか、みんなはそれ以上の善意を胸の内に留めてくれた。


 私は池に近づく。

 地面に横になれば顔を突っ込めるだろう。


 よし。


 私は地面にうつ伏せになると、顔を池のほうへ。

 でもギリギリで届かない。

 

 もう少し前へ移動したほうがいいな。

 と匍匐ほふく前進したら、ズルっと動いて体ごと池ポチャした。


(落ちたああああっ! いきなり深いいいいっ! 息ができないいぃぃぃ…………あれ? 普通に息ができてる? 視界もなんかクリアで、これってもしかして星波ちゃんが言ってた謎空間かも)


 息ができるのも充分不思議だけど、視界がクリアなのも驚きだ。

 ただ、水中?というのもあって、風景が揺らいでいて変な感じだった。


 そう、ここが水中だとはっきり認識できるのは、水の抵抗があるからだ。

 この水の抵抗のせいで動きが鈍い。

 武具も装着しているし、反対側まで行くのも一苦労だろう。


 あ、スマホっ!!


 私のスマートフォンは防水仕様だけど、ここまでがっつり水に浸かって平気とは思えない。

 慌てて画面を見ると、



【コメント】

 ・落水!!?

 ・よっちゃん大丈夫かっ!!

 ・よっちゃああああああああん

 ・よっちゃん・・・?

 ・応答プリーズッ!!

 ・よっちゃああああああああああああんっ!!!

 


 普通にコメントが表示されている。

 

 壊れていない?

 ライブ配信もちゃんとできるってこと?

 

「み、みなさーん。私は無事ぇすよ。ご心配をお掛けしてすぃません。星波ちゃんの言った通り、池は息ができて視界もクリアな空間だったようぇすね。それなのに水の抵抗があって、すごぃ不思議です」



【コメント】

 ・良かった、生きてた!!

 ・良かったああああああああっ

 ・びっくりさせないでくれ!!

 ・なんか無重力空間みたいだな

 ・これぞダンジョンの摩訶不思議

 ・上のみんなも心配してるんじゃ・・・



 ごめんなさいっ。

 私、ここ最近、視聴者のみなさんに心配かけすぎですよね。

 って、カイさん達に私の無事と池の真実を伝えなきゃですね。


 私は上方へと泳いでいくと、水面から顔を出した。


「み、湊本っ。良かった、無事だったかっ! ほら、手を伸ばせッ!」


「あ、はいっ」


 カイさんは、私が伸ばした手をつかむと池から引き揚げてくれた。


「四葉っ、大丈夫なのかッ!?」


 ナユタ王女が座り込む私のそばに滑り込んでくる。


「は、はい、大丈夫です。あ、それで池なんぇすけど、やっぱり本物じゃなかったです。息もできて視界もクリアな特殊な空間でした」


「そうか。やはりそうだったのじゃな。む? 体も濡れてはいるが汚水ではないな。ますます不思議な空間じゃ」


 言われてみれば、付着している水は真水のようにきれいだ。

 嫌な臭いも全くしない。

 

 こうなってくると、池に入ることになんら躊躇いはいらないような気がする。

 水の抵抗があるだけなのだから。


 と考えていた私達が、その水の抵抗のせいで窮地に陥るのは10分後の話――。



 ◇



「ほほぅっ。これは楽しいぞ。まるで無重力空間に浮かんでいるかのようじゃ。ソーラ、そなたももっと楽しそうにせい。こんな機会はほかにはないぞ」


「大丈夫です。王女様。息が吸えると分かっていながら泳げないから嫌だと駄々をこねていた王女様と同じくらい楽しんでおります」


「楽しんでいるようでなによりじゃ。やけに冗長なのが気になったがの!」


 特殊な空間を気に入ったかのようなナユタ王女とソーラさん。

 ダンジョンに潜り慣れているであろうカイさんとルカさんも同様だ。

 それを見るに、おそらくここは稀有な空間に違いない。


 だったら私も楽しまなきゃ損だよね。

 と、くるくる回転したり泳いだりして水中を模した空間を満喫する私。


 このとき、5人全員の意識は特殊空間を楽しむという行為に向いていた。

 だから――、



【コメント】

 ・楽しそーっ!

 ・マジで不思議な空間だわ

 ・ナユタ王女の泳ぎがめちゃくちゃすぎて草

 ・ナユタ王女の何泳ぎだろうか? 全然進んでないけどw

 ・¥10000《周囲に注意を払って、よっつ! その特殊空間には水中モンスターが発生しているかもしれない。もしいたら今あなた達にやれることは一つ。泳いで逃げて》



 その星波ちゃんからのコメントを見たとき、


「まじかよっ。人魚? 魚人? なんだあれは!?」


「いえ、あれはカエルシャークよ。……ああ、もう、最悪っ。本物の水じゃないから、いないと思ってたのにっ」


「カエルの上半身にサメの下半身ですね。王女様」


「み、みみみ、見れば分かるぞ、ソーラっ。そ、そんなことよりどうするのじゃっ!? 2体も来ておるぞっ!」


 4人が喋った後に私は星波ちゃんからのアドバイスを口にした。


「わ、私達にやれることは一つで、泳ぃで逃げてだそうぇすっ」


 カエルシャークについては、私は知っていた。

 

 ちゃんと勉強したのはまだ〝あ・い・う〟だけ。

 だけどそのあとパラパラとめくったとき、見た目の滑稽さが際立っていたので覚えていたのだ。


 カエルシャークのレベルは160。

 攻撃は、素早い動きからの舌による捕食。


 レベルはクラスBダンジョンでは下のほうだし、攻撃も単調で避けやすい。

 ただ、水中ではこちらの動きが緩慢になることから、アドヴァンテージは圧倒的にカエルシャークのほうが上だった。


 水圧耐性の高い、あるいは水圧無効化が付与されている武具でもあれば良かったのだけど、私達5人にそれはない。

 呼吸と会話ができて視界がクリアでも尚、こちらのほうが分が悪かった。


 でもでも、ルカさんの魔法があるしなんとかなるかもっ。


「私の火の魔法は水の中じゃ無意味。湊っちゃんの言った通り、逃げるっきゃないわね」


 星波ちゃんのアドバイス通り、素直に逃げたほうがいいですねっ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る