第72話 赤スぺの方のお名前が判明しました。


 歩いていると、T字路のようなところにぶち当たる。

 車が2台見えるけど、それ自体は別に不思議ではない。

 今までも車は何台か見てきた。


 ただ今までとは何か違うという予感があって――

 T字路の中に入って左右を見た私は、ああやっぱり、と合点がいった。


 そこは大きな道路だった。

 左はダンジョンの崩落で行き止まりになっているけど、右はけっこう奥のほうまで続いているようだった。


 何十台もの車が乱雑に放置されている。

 もちろん、そこに乗っていた人達はいない。

 私はその現実を改めて受け止めて、胸を痛めた。

 

 モンスターはダンジョンで死ぬと一定時間はその体を保つ。

 だからモンスターの肉を調理して食べることも可能だし、死体を目撃することだってある。


 一定時間というのは明確に定まっていない。

 だけど、長くても2時間くらいで消失し、また同じ、あるいは別のモンスターが発生リポップする仕組みとなっていた。


 では、人間がダンジョンで死んだ場合はどうなるか。

 

 


 だからここに、ダンジョン生成で犠牲になった人達の亡骸はない。

 骨も何もかも残らずにダンジョンに吸収されてしまう。


 それってとても悲しいことだと思う。

 ダンジョン墓誌に名を刻むことしかできないのだから。



【コメント】

 ・おーい

 ・無言のよっちゃん

 ・あれ、どうかした??

 ・車がずっと映されていますが?

 ・放送事故?

 ・もしもーし


 

 あ、視聴者のみなさんをほったらかしにしちゃってるっ。


「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してました。ではでは気を取り直して、先に進むとしましょう」


 ちょっと感傷的になってしまった。

 

 どうか皆さんが天国に行ってますように。


 私はそう願うと、道路の奥へと歩を進めた。


 ――っ?


 誰かがいたような気がした。

 それも全身白い人のような……。


 え? カーネラおじさん?

 巻いたと思ったのになぜ??


 するとまた現れた。

 カーネラおじさん――ではない。


 あれは、マネキンだ。

 でもマネキンが勝手に動くわけがないので、あれもイミテーションソウルの仕業に違いない。


 まあ、一体くらいなら簡単に突破できるだろう。

 そう余裕をかました私は、数秒後の光景に驚愕した。


 目視できる範囲でマネキンが50~60体に増えていたのだ。


 もしかして、近くにマネキン工場でもあるの……っ?


「み、みなさんにも見ぇていると思いますが、前方の道路にマネキンが大量発生してぃます。イミテーションソウルに操られているようぇすね。通りたくないんぇすけど、ほかに道もなぃのであそこを突破しようと思ぃます」


 イミテーションソウルについては情報があるので知っている。

 ただ、〝イミテーションソウルが操っているマネキン〟の情報はない。

 

 どのような攻撃が有効なのか分からないけど、超俊足で逃げるだけなので問題はないだろう。

 

 ……いや、そううまくいかないかもしれない。

 ひび割れてガタガタの道路とそこら中に放置された車が、超俊足の能力を大いに削ぎそうな気がした。



【コメント】

 ・とんでもない光景だな!

 ・怖いというか滑稽w

 ・なんでマネキンって白いのばっかなの??

 ・強そうには見えないから楽勝でしょ

 ・¥10,000《奴らは音に反応する。音をたてずに進んで》



 ――っ!

 赤スぺの方が来た。

 

 名前はポン吉。

 そうだ、確かそんな名前だったような気がする。


 そのポン吉さんが言うには、あのマネキン達は音に反応するらしい。

 超俊足での突破は難しいかという矢先で、これはとてもありがたい情報だ。


 1人の視聴者を簡単に信じていいのかという疑問さえ浮かばなかった。

 その理由は、前回の赤スぺコメントで私を助けてくれたことに尽きる。

 

 どんな人なのかは分からないけれど、ポン吉さんは信用できる人。

 それは間違いないような気がした。

 

「ポン吉さん、とても有力な情報をありがとぅございますっ。超俊足は足を引っかけてコケそうだなぁっていぅのがあったので、抜き足差し足忍び足で突破しよぅと思います」


 私は一歩踏み出す。

 段差に足を引っかけてコケた。


「あいたっ……あわわっ!?」


 私は口を押えて、動くマネキン達を見る。

 離れていることもあってか、気づかれてはいないようだ。



【コメント】

 ・コントかwww

 ・そういうボケは今はいいってw

 ・抜き足ですり足した??

 ・やると思ったwww

 ・超俊足したの??

 ・マジで気を付けてーっ



「す、すいません。誰か言ってましたけど、すり足で行こぅとしてました。ほんとドジですよね、私。足を上げて慎重に慎重に、ぇすね。……それとここからは一旦、みなさんとのやり取りは中断しようと思ぃますので、そこはご了承くださぃませ」


 私はスマートフォンと自撮り棒をウエストポーチへとしまう。

 ライブ配信中は個人情報を守るため、おねんねモード(通知は常に知らせない・着信は誰も許可しない)になっているので音が鳴ることもない。


 あとは私の隠密行動スニーキングしだいだ。


 一度、コケていることもあってか、かなり慎重になっている私。

 おかげで進むのが遅いけど、今のところは順調だ。


 私は一番手前のマネキンに近づいていく。

 カクカクした動きがけっこうキモい。

 キモいんだけど、癖になるのはパラパラ漫画みたいだからかもしれない。


 中学のとき、よく書いたっけなぁ。

 教科書にも書いちゃったものだから、先生に怒られたんだよね。

 

 でも同級生には評判よくて、将来はパラパラ漫画家になるんだって夢を抱いていたなぁ。

 まあ、パラパラ漫画なんてどこの出版社も求めていなかったけど。


 久しぶりに書いてみたいなぁ。

 モンスター大図鑑、鈍器並の厚さあるし、あれに書いたら面白いのできるかもっ。


 カタカタカタカタカタ。


 マネキンが私のそばにやってきた。

 

 音は出していない。

 それは断言できる。

 じゃあ、なんでそばに来ているのだろうか。


 え? 臭い? 私、汗くさい?? 

 マネキン、嗅覚も発達してる??


 そっと自分の体をスンスンしたところで、マネキンは去っていった。

 たまたま私のそばを通っただけだったみたいだ。

 

 渋谷Bから脱出したらすぐにシャワーを浴びよう。

 私の体は汗臭かった。

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