第70話 10,000円の投げ銭いただきましたっ。


「わあああああっ……って、あれ……?」


 よく見るとそれは人ではなく、人を模したものだった。


 つまり、人形。


 その人形はふっくらとした体に白いタキシードを着用している。

 真っ白な頭髪で、あごと口元の髭も白い。

 

 ステッキを両足の間に挟み、柄の部分に両手を置いている姿勢。

 私みたいにちょっと疲れたから休憩しているみたいだ。


 なんか面白いのでライブ配信のネタにしてみよう。

 私は小声で視聴者のみなさんに話しかける。


(みなさん、奥にもソファがあるんぇすけど、そこに誰か座ってます。髭はやしてぇ、タキシード着てぇ、ステッキ持ってますね。全身白いおじさんなんぇすけど、ちょっとこっそり撮っちゃぃますね)



【コメント】

 ・え?ダンジョンシーカー??

 ・英国紳士でもいるんか?

 ・全身白!?

 ・マジで気になるんだけど

 ・あれ? それって・・・


 

 私は、こっそりを装ってスマートフォンのカメラを白いおじさんに向ける。

 どこかで見たことあるなぁ、などと思いながら。



【コメント】

 ・カーネラおじさんやんっ!

 ・ケンとタッキーのやつうううううっ!!

 ・人形かーいっ

 ・状態よくて美品なのが草

 ・つーかよっちゃん知らんの?

 

 

 あ……。


「そ、そぅですそぅです、カーネラおじさんでしたっ。不二家のペッコリちゃんなら知ってるんぇすけど、ケンとタッキーにはほとんど行かなぃので、度忘れしてました。えへへへ」



【コメント】

 ・まあ、知らない人もいるでしょ

 ・よっちゃん、若いしね

 ・俺もオリンピックのマスコットキャラ知らんし

 ・あれ、今・・・?

 ・ん? 顔が



「でもでも、マクdoナルドには結構行くので、そこのキャラクターなら知ってますよぉ。ほら、あの髪の毛もじゃもじゃでピエロみたぃな、えっと、ペリーワイズ……じゃなくって、〝doナルド〟ぇすね」



【コメント】

 ・こっち見てたっけ?

 ・カーネラガン見してない!?

 ・絶対、横向いてたよな

 ・動いたってこと??

 ・あれやばくね!?

 


 カーネラおじさんの顔が動いたとか言っている視聴者のみなさん。

 また私を驚かせて楽しんでいるに違いない。

 

 左下の映像を見るかぎり、顔が動いているようには見えない。

 枠が小さいからかもしれないけれど、だからといって直に確認してしまったら私の負けだ。


「みなさんっ。またそんなこと言って私を驚かせよぅとしているのは、バレバレなんぇすからねっ。何を言われても絶対に見ませんから。ごめんなさいって言ぅまで、ずっとカーネラおじさん撮っちゃぃますからね」


 私はスマートフォンでカーネラおじさんを撮り続ける。

 腕が疲れてきたので早く謝ってほしいなと思いながら。



【コメント】

 ・いやマジで見てるんだって!!

 ・!? 普通に動き出したけど!!?

 ・額にチキンの文字浮かび上がった!!

 ・やばいやばいっ!

 ・ステッキ引っ張ってる・・・?

 ・サーベル出てきたああああ

 ・よっちゃん、前っ、前っ



 動き出す? 額にチキンの文字? ステッキがサーベル?

 

 ぷっふうううう。

 

「そんな冗談、真に受けるわけなぃじゃないぇすか。もう、視聴者のみなさん、どうせだったらもっとマシな冗談を言ってください。じゃなくて、欲しぃのはごめんなさいですっ」



【コメント】

 ・冗談じゃないんだってばよっ!!

 ・よっちゃああああん

 ・マジだっつーの!!

 ・頼むから直に確認してくれーっ!!

 ・¥10,000《ごめんなさい。だから前を見て》


 

 ――えっ?


 Yaatubeにはスペシャルチャットという機能がある。

 スペシャルチャットは投げ銭ともいい、これを行うと自分の書いたコメントの色が変わり固定時間を長くすることができるのだ。


 色と固定時間はスペチャの金額によって決まる。

 1万円のスペチャだと、色は赤で固定時間は1時間。


 スペチャは嬉しい。

 私を推してくれている証左でもあるからだ。

 エンドラさん動画がバズってからぽつぽつともらい始めたけど、1万円なんていうスペチャは一度だってない。

 

 ごめんなさいを言うためだけに、そこまでする?

 あなただけが私を騙そうとしたわけではないのに。


 

 

 

 

 その意味を悟ったとき、私はスマートフォンを下げてカーネラおじさんを直に見た。


 額にチキンと書かれたカーネラおじさんが歩いてくる。

 ステッキから引き抜いたサーベルをぎらつかせながら。


 うっそっ!?

 

 全てが視聴者さんの言った通りだった。

 ごめんなさいするのは私のほうだったらしい。


 カーネラおじさんが速度を上げて走ってくる。

 エライ速さだ。

 もしも1万円のスペチャがなかったら気づくのが遅くなって、サーベルで突き刺されていたかもしれない。


 すでにソファから立ち上がっていた私は、全速力でその場から逃げる。

 カーネラおじさんがエライ早いといっても、私の超俊足には及ばない。

 しばらく走って後ろを見ると、カーネラおじさんはいなくなっていた。


 あのモンスターは名前は、悪カーネラ。

 ではない。


 あれはカーネラおじさんの人形に悪い魂が入った状態。

 つまり魂がモンスターであって名前は、イミテーションソウル。

 幸いにもモンスター図鑑の〝い〟の項目にあったので、勉強していたのだった。

 

 イミテーションソウルは、主に人形や死んだモンスターに偽りの魂を与え、操るモンスターだ。

 クラスBダンジョンに多いと書いてあったのだから、私は警戒すべきだった。

 あのカーネラおじさんの人形を。

 

 周辺にモンスター及び、人形がないことを確認した私はスマートフォンと向き合う。


 私が視聴者のみなさんに謝らないといけませんねっ。

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