第67話 私のダンチューバー魂に火がつきました!
「いてててて……」
体中が痛い。
ただ、幸いにも致命的な怪我などは負っていないようだ。
座席がクッションになっていたのかもしれない。
はっ!
そうだ。
一体何が起きたのか把握しなければ。
私は、より一層、元の形から遠のいた湘南新宿ラインから降りると、背後に目を向けた。
かなり高いところにダンジョンの天井が見える。
両サイドに崖のような場所があることから推測するに、その間には本来電車が乗っている岩場があったはずだ。
それがさきほどの大きな地震で崩れて、電車ごと崩れ落ちた。
間違いない。
それにしても大変なことになった。
まさか自分が、地震によるダンジョン崩壊の被災者になるとは。
「あっ、ももちんさん……っ!」
地震が発生したとき、ももちんさんは先頭車両にいた。
でもそのあとすぐに電車の外に出たのを見たような気もした。
だったら崖崩れから逃れていたはずだ。
でも一応、探してみよう。
万が一の可能性だってある。
大きなけがをしていて、身動きが取れない状態かもしれない。
私は先頭車両へと足を向ける。
でも体の痛みから、すぐに立ち止まってしまった。
キュアの魔法を使ったほうがいいかな。
キュアは治癒魔法だ。
元気が漲るリカバルとは違い、こちらはポピュラーな、怪我を治し痛みを消し去る魔法。
キュアには三段階あり、
下位魔法であるキュアが、軽度から中度のけがや痛みを治癒。
中位魔法であるスーパーキュアが、中度から高度のけがや痛みを治癒。
上位魔法であるウルトラキュアが、高度から重度のけがや痛みを治癒。
となっている。
私はおそらく軽度から中度の間なので、キュアで大丈夫だろう。
「でもなぁ……」
私はすでに中位魔法のスピリットマーキュリーを1回、ヴァニシングノヴァを2回、同じく中位魔法のセイントシールドを1回、そして下位魔法のクリアを3回使っている。
よって現在、けっこうな倦怠感が私に纏わりついている。
正直これ以上の倦怠感の上乗せは避けたいところだ。
この危機的状況の中で何かあったとき、適切に対処できなくなってしまうかもしれない。
とはいえ体が痛くて動きが鈍くなるのでは、それはそれでどうかと思う。
なので思案の結果、使うことにした。
「我ぁアストライアと契約せし聖なる汝を崇める者、血の盟約ぃ従い
私の周囲に微細な光の玉が現れる。
それが一斉に体の中に入り込んでくる。
すると、ものの2、3秒で痛みがすべて消え去った。
キュアの魔法、最高ですっ。
でも倦怠感が邪魔をして体調が万全とは言いきれない。
「って、自分のことはいいからももちんさんを探さないとっ」
私は急いで先頭車両へと向かう。
端から端、そして周辺も探したのだけど、ももちんさんはいなかった。
良かった。ももちんさんはがけ崩れを逃れたのだ。
私は安堵する。
同時に押し寄せる寂しさと、多大なる不安。
本来、自分の実力では入ることのできないクラスBダンジョン。
そしてがけ崩れにより、通常のルートから外れてしまったという状況。
私はこの渋谷Bから脱出することができるのだろうか。
ダンジョンに潜っているとき大きな地震が発生したら、最悪閉じ込められてしまう。近くに転移門がない状況で閉じ込められた場合、ほぼジエンド――。
「嫌です、嫌嫌、ぜったぁぁい嫌っ! 必ず脱出してやるんだからっ」
私はまず、通常のルートに戻れないかそこから確かめることにした。
あれ?
そこで私は気づく。
電車の周辺は霊光石の光で明るいのに、その先は真っ暗だということに。
電車の周辺が明るいのは、元々上に置いてあった霊光石が一緒に落ちてきたからだろう。
となると、ここは未踏の領域。
う、うそでしょぉぉ。
通常のルートから外れてしまった時点でそれは気づくべきだった。
クラスBのダンジョンともなれば未踏の領域はそこそこあるのだろうけど、まさか――である。
ここから一人で出なきゃいけないのか。
胸に抱く不安の大きさは、どうもももちんさんがいないというだけではないようだ。
ではなんだろうと考えれば、答えはすぐに見つかった。
視聴者の皆さんがいないのだ。
エンドラさん動画でバズって以降、ダンジョンに潜るときは常に多くの視聴さんがそばにいてくれた。
それが今は一人もいない。
せめて視聴者さんがいてくれれば……あっ。
私はウエストポーチからスマートフォンを取り出す。
充電は残り83パーセントある。
良かった。
スマートフォンは使用可能。
それはネットにつながるといった意味でだ。
普通だったらこんな地下で電波が入るわけがない。
でも入る。
これもまたダンジョンの未知であり、今の私はその未知に大いに感謝しなくてはならない。
前回の台東Cでドローンを使用したけど、別にスマートフォンでもチャンネルにログインはできる。
Yaatubeは一つのアカウントで複数端末が使用可能なのだ。
画質やほかの性能諸々と圧倒的に劣るものの、当然ライブ配信だって可能。最近までスマホでライブ配信していたのだから、使い勝手もそこまで悪いとは感じないはず。
ライブ配信をしよう。
それはなにも孤独が辛いからという理由だけではない。
渋谷Bの未踏領域を動画に残しておきたいという、ダンチューバー魂に火が付いたというのもある。
例え同接がゼロでもいい。
あとで編集した動画を公開すれば多くの人が見てくれるはずだ。
一応、チャンネル登録者数20万超えているし。
そうと決まれば、さっさと始めてしまおう。
私はタイトルを、
【渋谷Bで地震にあったら未踏領域に落ちちゃいました。絶対脱出するぞ!】
にしたのちライブ配信の画面表示を、コメント拡大モードに設定する。
これで画面のほとんどがコメント表示に使われる。
小さかった文字も大きくなり、読みやすくもなるだろう。
その変わり、カメラで撮影している映像は左下に小さく表示されてしまうけど、特に問題はない。
ドローンのときも、撮影している映像はほとんど見ていなかったのだから。
絶対にダンジョンから出なければいけない。
こんなところで死んでたまるか。
スマホを自撮り棒にセットして、ライブ配信スタートっ。
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