第59話 渋谷B最初のモンスターは――えっ、吉野亭の店員!?
〝地上のダンジョンは地球文明の捕食者である〟
ダンジョン専門家の誰かが言っていた言葉だ。
これはなにも小難しいことを言っているわけじゃなくて、言葉通りの意味。
つまり、地中からせり上がってきたダンジョンが地上にあった建物を食らい、そのままダンジョンの一部にしてしまう事例は世界中で多々あったのだ。
Group of dungeonnation(ダンジョン国家群)、通称
「ダンジョンの中にフォーティーワンアィスクリームがありますね。あ、あれは牛丼の吉野亭ですかね。ローソソもぁるしユニシロもあるし、えーっ、私の好きなHNVまであるっ。……すごぃ光景ですね、ももちんさん」
現代文明とダンジョンの融合。
これはなんというか、アーティスチックだ。
アーティステックだっけ? まあいいや。
「でしょー、これで本当にお店やってたら最高なんだけどね。ちなみにボク、あのアイスクリーム屋でバイトしたことあるんだ。正にあのお店」
渋谷のダンジョンが出来たのは1年前。
ももちんさんは当時16歳だから、アルバイトは可能だ。
でもまさか、そこにあるフォーティーワンアイスクリームだとは。
それにしても渋谷にダンジョンができたときの狂騒はすごかった。
恐怖と興奮が入り混じったようななんとも形容できない圧倒的な熱量を、モニター越しに感じたものだった。
「えー、そうなんぇすか。でもなんかショックですよね。自分が働いてぃたお店があんなになっちゃってて」
「全然。あそこの店長にセクハラされたから、むしろざまーって感じ」
「……はぁ、そうぇすか」
【コメント】
・セクハラ・・・?
・何されたんももちん!?
・推しのケツ触った店長でてこいやっ!
・も、揉まれたんですかっ!!?
・絶対許さない
・何してくれてんねん、おぅっ!?
花婿さん達、めちゃんこキレてるっ!
どうやらお初の情報だったらしい。
「あ、ごめんねーっ、いきなり変なこと言っちゃって。でも実際、お尻触られてめちゃむかついたから、店長の顔にアイスクリームケーキぶつけてやった」
「それはよくやったと思ぃますっ」
「10個」
それは多すぎだと思いますッ!!
「そ、そういぇばほかのダンジョンシーカーさんあまりぃませんね。さっきは十数人はいたと思ったんぇすけど……」
渋谷Bは場所柄、比較的賑わっているダンジョンなのに、どうしてなのだろうか。
「なんでだろうねー。なんかね、この渋谷Bに限らず、ボクがいると周りから人が消えるんだ。あ、でもまた来たよ」
ももちんさんの言った通り、鎧を身につけた3人のダンジョンシーカーがやってくる。
そのうちの一人がこちらを見てびっくりした表情を浮かべたと思ったら、ほかの2人にひそひそと耳打ちを始めた。
え?って顔をするその2人。
すると3人がこちらを避けるように通り抜けていった。
――モンスターの血とか浴びたくないっての――
かろうじて聞き取れた声。
ああ、そういうことかと合点がいく私。
「あれー?。あの3人、なんかこっち避けてない? 四葉何かした??」
ももちんさんが何かする前に逃げてるんですよっ!
「私は何もしてませんよ。モンスターの取り合いにならなぃように遠慮したんじゃないぇすかね」
「そんな感じじゃなかったけどなー。まあ、いいや。ボク達以外に誰もいないほうが戦いやすいし」
本当に気づいていないようだ。
血の狂祭が原因だってことを。
ダンジョンの外ではあんなに人が寄ってくるのに、一転してダンジョンの中だと避けられるももちんさんって一体……。
ところで花婿さん達はどうなんだろう、とコメントをちらり。
【コメント】
・相変わらずの無自覚w
・平常運転だもんな、それが
・血がかからんほうがあり得んから
・ももちんとそれ以外w
・自動人払い機ももちん
・だからいつもももちんの独壇場w
そういうことですか。
確かにももちんさんにとって当たり前のことだから、避けられる理由が分からないかもですね。
ウゥー、ウゥー、ウゥー、ウゥー、
急にサイレンらしき音が鳴りだす。
何っ? 何が起きたの!?
突然のことに驚く私。
音の発生源を見ると、そこにはももちんさんのドローン。
そのドローンの上部液晶が赤く点滅していた。
「え? 知ってるよね。モンスター警戒アラーム。半径50メートル以内でモンスターの気配を感じ取ると鳴るんだけど」
モンスター警戒アラーム。
そういえば星波ちゃんが、ドローンにはそんな機能があると言っていた。
今はないけど、私のドローンも同じ機能はある。
不具合を星波ちゃんが直してくれたので、ここにあれば私のドローンも警戒アラームを鳴らしていたに違いない。
って、半径50メートル内にモンスターがいるっ?
私は周囲に目を向ける。
けどモンスターなど、どこにもいない。
「四葉」
ももちんさんに肩をつんつんされる。
「はい?」
「あそこあそこ。ほら、出てきた」
そう言われて、ももちんさんが指を向けた場所を見る私。
そこは吉野亭だった。
元々ドアがあったところから、ヌゥゥっと出てくる二足歩行のモンスター。
だけどその外見は筋肉質な牛のようであり、顔は人間じみた憤怒の形相を張り付けていた。
頭には吉野亭従業員の帽子。
そのモンスターがこちらに視線を向ける。
「いらあぁぁぁじゃまぜえぇぇぇッ」
いらっしゃいませ!!?
え、店員っ? 店員なのっ!?
「も、もも、ももちんさんっ、今、あのモンスター、いらっしゃいませって言ぃませんでしたっ?? 従業員の帽子もかぶってぃるし、もしかして店員の成れの果てじゃないぇすかっ!?」
「あははははっ、四葉ウケるーっ」ももちんさんが笑う。「いらっしゃいませなんて言うわけないじゃん。帽子だってたまたま店にあったやつが乗っちゃっただけだって。人間がモンスターになるとかアニメの見過ぎー」
「て、店員の成れの果ては違うと思ぃますけど、絶対、いらっしゃぃませは言ったと思ぃますっ」
「いらあぁぁぁじゃまぜえぇぇぇッ」
「ほらっ。聞きましたよねっ? いらっしゃぃませってっ」
「そう聞こえるだけだって。大体、あの程度のモンスターが人間の言葉を話せるはずないもん。四葉の勘違いだと思うなー」
「うー、納得できないぇすぅぅ……あ、花婿さん達はどう思ぃますかっ?」
ここで聞こえるというコメントがもらえれば、私の勘違いじゃないよねっ?
【コメント】
・そう聞こえるだけだと思う
・空耳じゃないかな
・さすがにそれはないだろ
・帽子がそう聞こえさせているだけだよ
・ないない!
・言うわけないと思う
はい、私の勘違いでしたっ、すいませんっ。
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