第57話 吸血姫と花婿の世界観に飛び込むぞ。


「おーい、四葉ーっ」


 目的地である渋谷Bダンジョン。

 その入口の前できょろきょろしていたら、私を呼ぶ声が聞こえた。


 赤を基調としたゴシックロリータ風の武具を着用した女の子が、ツインテールをなびかせながら走り寄ってくる。


 鉞ももも――通称ももちんだ。


「あ、ももちんさーんっ。今、着きましたっ」


 入口までやってきたももちんさん。

 大声を上げて私を呼んだあと走ってきたもんだから、やけに注目を浴びている。

 でも注目を浴びる理由はそれだけではない。


 

 おい、あれ、潜ネクのももちんじゃないか。

 吸血姫がいるぞっ。

 今日はまだ血だらけじゃないようだな。

 あれがラブランデスか。でかっ!

 やっぱかわいいよなぁ、ももちん。

 ツインテールのもももタン……はぁはぁ。


 

 ――そう。

 ももちんさんが、チャンネル登録者数357万人という超有名ダンチューバーだからだ。


 彼女が、そんなトップダンチューバーになれた理由。

 その一つとして間違いなく上げられるのが、アイドル性だろう。


 実際、元地下アイドルであった彼女が立つ場所は、どこであっても彼女にスポットライトが当たっているかのようになる。〝アイドル並みの容姿〟とは捻りのない言い回しだけど、事実、ももちんさんはアイドルのように可愛かった。

 

 そのももちんさんが一旦、私の側に来ると再度、潜章カードをゲートにかざす。


「はい、一緒に通ってー」


「は、はい」


 銅潜章(台東Cの踏破だけでは銀潜章にはなれなかった)の私は本来、クラスBである渋谷Bダンジョンには入れない。

 ただ、同伴者が銀潜章以上の場合は一緒に入れるのだ。


 私はゲートを通り、もう一度そのダンジョンを見上げる。

 多分、渋谷に来てからもう30回は見上げているそれを――。


 ダンジョンの隆起で盛り上がった大地。

 その一番上にある、1○9イチマルキュー

 渋谷を代表する、誰もが知っているであろうファッションビルだ。


 もちろんダンジョンの餌食となった今では、ファッションとは無縁の廃ビルである。

 

 ただ皮肉なことに、その異様且つ威容な光景から〝世界のオシャレなダンジョン風景100〟に選ばれ、撮りダンやダンジョンツアーの集客に一役買っていた。


「ほんとー、混むよね、このダンジョン。ま、元々渋谷って基本、どこも混んでるけどねー。四葉も渋谷は来たことあるっしょ?」


「い、いえ、実は初めてなんぇす。駅とかめちゃんこ混んでて、人酔ぃしそうでした」


「そうなんだ。じゃあ、渋谷が初めての四葉に今から、渋谷と言えばここってところに連れてったげる」


「え? もう入口のゲートを通っちゃぃましたけど。それに鋳薔薇さんが待ってるはずでは……」


 そうだ。

 今日はももちんさんと鋳薔薇さんのライブ配信に私がコラボ出演することになっている。場所はこの渋谷Bダンジョン。だから鋳薔薇さんもどこかにいるはず。


 渋谷の有名スポットに行っている場合ではないような気がするけれど……。


「そうだよー、だから渋谷といえばここってところに――」ももちんさんが1○9に指を向ける。「行くんじゃん?」


「えっ? 1○9に行くんぇすか? い、行けましたっけ、あそこ」


「行けるよー。もちろんダンジョン内部から。ちょっと道が険しいから人選ぶけどね。ま、ボクがいるから余裕、余裕♪」


「そうですか。……あれ? っていうことは鋳薔薇さんは1○9にいるんぇすか」


「あったりー。○9バックにして料理配信するんだって。……あーっ!」


 いきなり叫ぶももちんさん。


「ど、どうかしました?」


「料理配信で思い出したんだけど、あと1分でボクのライブ配信始まるかも♪」


 小首をかしげると同時に、1分を表す人差し指も斜めに倒すももちんさん。

 アイドルっぽい仕草で可愛かった。


 ――ってっ。

 

「えーっ! す、すす、すぐじゃなぃですかっ。心の準備が全くできてないんぇすけどっ」


 そもそも鋳薔薇さんかももちんさん、どっちのライブ配信からかも聞いていなかった私。この展開はいきなりすぎる。

 

 エンシェントシリーズフル装備なのでバトルだったら即オッケー。

 でも、ほかのダンチューバーのライブ配信にお邪魔するための、心構えという名の装備はまだ未装着だった。


 やばいやばい、深呼吸、深呼吸。

 すーはー、すーはー、すーはー。


 そうこうして慌てて心構えを身に着けると、ももちんさんのドローンが頭上から降りてくる。

 時間まで上でずっと待機していたようだ。


「四葉、あと10秒で始まるよ。準備はいい?」


「は、はいっ なんとか」


 8、7、6、5、4、3、2、1……


「花婿のみんなー、鉞もももだよーっ」


ももちんさんがドローンぎりぎりまで近づいて――、


「血ぃ、吸っちゃうぞっ、ちゅーちゅー」


 持参しているストローで血を吸う振りをする。そして最後に、


「こんにちは、今日も一日よろしくねっ」


 で、キュートな笑顔を爆発させる。


 これがももちんさんのライブ配信での挨拶だ。

 正にアイドルといった感じのきゃぴきゃぴ&きらきら具合が、ちょっとまぶしい。

 

 ニックネーム吸血姫に対して、ファンネームは花婿。

 どうして花婿と言えば、映画『吸血鬼ドラキュラ』で、ドラキュラ伯爵には3人の花嫁がいたからだそうだ。つまりももちんさんの性別が女なので、ファンは花婿となる。


 でもファンネームかぁ。

 ずっと、〝視聴者のみなさん〟で通してきているけど、ファンネームもいいよね。


 私は首を伸ばして、光学モニターに映った花婿達のコメントを見てみる。



【コメント】

 ・もっと吸ってええええええ!!

 ・吸って吸って吸いきってっ!

 ・吸いきられて干からびたい

 ・私の血液、全て差し上げます

 ・こんにちはー、今日もマジでかわゆす

 ・姫を愛してるうううううううっ



 コメントから伝わってくる、花婿さん達のももちんさんへの愛。

 今日のライブ配信を楽しみにしていたというのが、ひしひしと伝わってきた。


 そう――花婿さん達の推しは当然ももちんさんであって、私ではないという現実。

 なのに、私なんかがコラボしちゃっていいのだろうか。

 私のライブ配信に星波ちゃんがコラボ出演するのとはわけが違う。


 襲い掛かってくるアウェー感。

 今までにない不安が押し寄せてくる。

 

「はい、それで今、ボクがいるのは渋谷Bダンジョンだよー。それはタイトルにもあるから花婿のみんなは知ってるよね。モンスターとバトってケチャップ増し増しの血の狂祭っていうのも当然知ってるね。うん、うん。じゃあ、これはどうかなー?」


 アイコンタクトしてくるももちんさん。

 私を紹介する気のようだ。


 心臓がバックンバックンと騒がしい。


「今日のライブ配信はボクだけじゃなくって、この子も一緒だよーっ。潜姫ネクストの期待のルーキー、湊本四葉ちゃんでーーすっ! どうぞっ!!」


 私は意を決して、ドローンのカメラにフレームイン。

 

 どうか、花婿さん達に嫌な顔されませんよーにっ。

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