第48話 ひのきの棒切れだったら泣いていいですか?


 すぐに済ませると言っていた。

 だからあの状況から下手な小細工はしないはず。

 だったらすることは一つ。


 片手剣であるウロボロスソード。

 よって星波ちゃんが剣を握るのは利き手である右手であり、それが見慣れた光景だ。


 その星波ちゃんが――


「きたあああああああああ、極の技っ!!」



【コメント】

 ・ちょ、まっ、それワイのセリフ!!

 ・よっちゃんの反応の速さよwww

 ・三日に一発の極の奥義に間違いなしっ!!

 ・サプライズバトルで更なるサプライズッ

 ・天井からってのは俺、初めてかも

 ・マジで、あのえげつない極の技見れるのかよ。



 あ、ごめんなさいっ。

 絶対くるって思っていたんで、叫んじゃいました。


 星波ちゃんを見失って周囲を見渡している隻眼のオゥガ。

 まさか天井に張り付いているとは、思ってもいないのだろう。

 頭上に注意を向ける素振りすら見せなかった。


 そんな隻眼のオゥガの上で、極の技の体勢に入っている星波ちゃん。


 いつ始まるっ? と思った矢先、


 星波ちゃんの足が天井を離れ、本来の重力に従って落下してくる。

 その途中で体を反転。

 

 ウロボロスソードを後ろに構えた状態の星波ちゃんが、隻眼のオゥガの後頭部に来たそのとき――、


「極の技――黒の暴食ッ」


 まっすぐ下にウロボロスソードを振り下ろす星波ちゃん。

 彼女の落下と共に、剣の刃から大きく広がった黒い波動が、隻眼のオゥガの頭、首、胸、腹、と消し去っていく。


 その様はさながら荒ぶるドラゴンの食事であり、斬るというよりかは食うという表現が適切なような気がした。


 黒の旋風や黒の咆哮とは一線を画す、ドラゴンの顕現を思わせる一撃。

 そんな極の技を生で体験できた私の体は、感動で鳥肌が立っていた。


 地面に着地する最強のダンジョンシーカー。

 遅れて小さな地響きを発生させる、隻眼のオゥガの左右の両手両足。


 星波ちゃんVS隻眼のオゥガの戦いは終わった。

 あまりにも呆気なく。

 それでいて最高のショーとして。



【コメント】

 ・えげつなっ!!

 ・えげつねえええええええええっ

 ・おまいら、これが最強のダンジョンシーカーよ

 ・正に暴食ッ!!

 ・隻眼のオゥガに同情の念しかない

 ・この奥義自体がもはやバグの領域だろ・・・


 

 そう、これが最強のダンジョンシーカーである鳳条星波の実力。

 でももちろんこれが全てじゃなくて、彼女の限界はまだまだ先だ。


 極の技を超える、絶の技、そして神の技。


 それらの奥義を、いつか生で見られるときが来るのだろうか。

 今から楽しみでしょうがない私だった。


「よっつ、お待たせ」


 まるで、ちょっと買い物を済ませてきたかのような星波ちゃん。

 彼女が私服だったら間違いなくそんな感じだろう。


「ぜんぜん待ってなぃですよっ。だって瞬殺でしたから。でも最後に極の技が見れて良かったぁぁ。超かっこよかったですっ」


「ふふ、極の技は3日に1回だけど、明後日までほかのダンジョンに潜るつもりはないから使っちゃった。喜んでもらえて良かった」


「はい、最高でしたっ」


「さすがにもうダンジョンバグは起きないだろうから、もう台東Cでよっか?」


 もしまたダンジョンバグが起きて、例えば隻眼のオゥガが3体くらいでてきたら絶の技使ってくれるのでしょうか?


 そんな期待を僅かながら抱いた私。

 でもやっぱり、星波ちゃんの言う通りダンジョンバグが起きることはなかった。


 1体目の隻眼のオゥガを倒したときに開いた奥の扉。

 私と星波ちゃんは並んでその扉の向こうへと行く。

 そこは小さな空間で、あるのは転移門と宝箱のみだった。


 転移門は当然、ダンジョンから脱出するための出口。

 そして宝箱は、ボスを倒したご褒美のダンジョン遺物が入っているに違いない。


「ダンジョン罠じゃないから、よっつ開けていいよ」


「で、では、お言葉に甘ぇて……あ、視聴者のみなさんも一緒ぃ目撃しましょう。隻眼のオゥガを倒したご褒美を」



【コメント】

 ・ひのきの棒切れかも・・・

 ・ひのきの棒切れかもな

 ・ひのきの棒切れの可能性も微レ存

 ・ひのきの棒切れ以外が想像できんw

 ・むしろここはヒノキの棒切れであってくれと願ってるワイ

 ・投げ捨てたヒノキの棒が転移している可能性大


 

 ひのきの棒切れ!

 もしそうだったら私、泣くかもしれませんっ。


 視聴者の皆さまがひのきの棒切れゲットのフラグを立てまくってくる中、私は宝箱を開ける。


 するとそこにはやっぱりひのきの棒切れが――なんてことはなくて、2つのイヤリングが入っていた。

 金具と薄い青色をした綺麗な石で構成された、シンプルなイヤリング。

 

「イヤリング、ですね。良かったぁ、ひのきの棒切れじゃなくて」


「うん、でもひのきの棒切れから削り出して加工したイヤリングだったりして」


 星波ちゃんまでっ!?


 それはそれで凄い一品のような気がしなくもないですが。


 私は宝箱からイヤリングを取り出す。

 じっくり観察しての感想は、アクセサリ屋さんに普通に売っていそうな物、だった。もちろん、ひのきの棒切れからの削り出しでもない。


「……これ、ただの装飾品ってわけじゃないぇすよね? 身に着けると何か効果がぁるのかなぁ」


「それだったら宝箱の蓋の裏、見てみ」


 言われて私は宝箱の蓋の裏を見る。

 そこには、ここにもあったかダンジョン語。

 完全踏破目前でまた時間をかけて訳すのかぁ、と少々げんなりした私だったのだけど、


「カタワレ ノ セイ ヲ ネガウ トキ チカラ ヲ アタエル コトガ デキルダロウ」


〝片割れの生を願うとき、力を与えることができるだろう〟。

 

 星波ちゃんが、一瞬で訳してくれた。

 

 何から何までお世話になりますっ。

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