第29話 急遽、よっ散歩バトル編開始です!


〝モンスター徘徊領域〟


 それは多くの先人達がダンジョンに潜り定めてきた、信頼に値するデータである。

 

 もちろん全てのダンジョンで設定されているわけじゃない。

 けれどクラスAダンジョンまでは、おおむねモンスター徘徊領域が設定されていた。


 ちなみに、ほとんどのダンジョンにおいて入口付近はモンスターの出没しない〝安全領域〟だ。

 

 だからこそ、バトルを避けた料理配信や見学ツアー(あと散歩)などが成り立っていて、ダンジョンという壮大なエンターテインメントが成功しているとも言えた。


 でも入口付近がなぜ安全領域なのかは誰も知らない。

 知っているのはエンドラさんの言う神のみなのかもしれない。


「台東CはクラスCダンジョンの中では、それなりに深くて長い部類に入るから。でも途中に転移門もあるし、最奥まで行く必要はないよ」


 と、星波ちゃん。

 その彼女は、モンスター徘徊領域だというのに緊張感が一切見受けられない。

 一方の私と言えば、心臓ばくばくで周囲にきょろきょろと目を向けていた。


「で、でで、でもなるべく最後まで行きたぃですね。と、途中で帰るのってなんか、負けたって感じじゃなぃですか。こんな立派な武具もらってるのに最後まで行かなかったら、エンドラさんに叱られちゃぃます」



【コメント】

・台東Cは確かに長いな

・バトル慣れするならいいダンジョンかも

・星波様は未だ単なる散歩中なの草

・よっちゃん緊張しすぎぃ

・自信持って。ケルベロス倒してんだから

・途中で帰っても好きだよ♥

・まだエンドラさんと交流あるのかw

・帰っても恥じゃないし、応援してるぜ



 コメントは、いつも通り温かいもので溢れている。

 

 単なる言葉の羅列じゃない。視聴者のみなさんが私の後ろにはいる。

 それが私を勇気づけて、一歩一歩を踏み出させてくれた。


 そもそも隣には星波ちゃんがいる。

 不安や緊張を抱いては失礼なほどに、最強のダンジョンシーカーが。

 

「ところでよっつは、その特級武具の付帯能力って全て把握してる?」


「い、いぇ、全部はまだ。エンシェントロッドが聖属性の武器で、エンシェントブーツが超俊足ってことだけは分かってぃますけど」


「そっか。ゲームみたいにステータスって叫んで出ればいいんだけどね。そこはバトルを繰り返して探っていくしかないかな」


「は、はい、探ってぃきますっ」


「では、早速あのボアウルフ3匹から始めよう」


「へ? ボアウル――」


 フがいた。


「わぁぁっ!?」


 ここはモンスター徘徊領域。

 それも、この界隈はボアウルフ限定。

 なのでいずれ出てくるのは分かっていたけど、いきなりいたので驚いた。


「ぷっ、よっちゃん、驚きすぎ」


「ご、ごめんなさい。ぃきなりでてきたものですから」


「じゃあ、よろしくね」


 へ?


 星波ちゃんは壁のほうによると岩に腰を掛けた。


「あ、あの、星波ちゃん? わ、私、一人で戦ぅんですか?」


「うん。大丈夫。ザコだから」


 サムズアップの星波ちゃん。


 どうやらマジっぽい。

 私がバトルに慣れるために敢えて、なのだろう。

 途端に緊張して喉が渇く私。コーラが飲みたいっ。



【コメント】

・非情なる英雄、星波様w

・高見の見物といこうか

・3匹同時はボアウルフとはいえつらい

・ジェットストリームアタックに気を付けろ!

・ザコとはいえ対複数戦だしな

・バトル慣れしてないよっちゃんにはザコじゃないかも

・つーか応援するしかできん!!



 コメントにもあるけれど、バトル慣れしていない状態で複数相手というのがネックだ。

 でもやるしかないので、


 「う、うう。皆さん、不安ぇすけどがんばりますっ」


 私は視聴者のみなさんにそう伝えた。


「うん。あ、それとホーリーヴァレスティはだめ。というより下位魔法以外は禁止。魔法師なら下位魔法から使用してガス欠の耐性上げなきゃだからね。あとは自由。よーい、ドン」


 いきなりの縛り。

 でも確かに星波ちゃんの言う通りでもある。


「「「ガルアアアアアアッ!!」」」


 星波ちゃんのよーい、ドンで三方向から迫りくるボアウルフ。


 調教された犬ですか!?


 なんて突っ込みをしている場合ではない。


 狼をガチムチに屈強にして常に狂暴バーサク状態のようなボアウルフ。

 一度でも噛みつかれたら食いちぎるまで離れなさそうだ。


 どう対応していいか分からない私は、とりあえず逃げた。


 エンシェントブーツに付帯された超俊足のおかげで、退避はなんなく成功。

 一息ついて魔法でも唱えようかなと思ったら、


「「「ガルアアアアアアッ!!」」」


 3匹のボアウルフがもうすぐそこに迫っていた。


 足はやっ!!


 私はまた逃げる。


「「「ガルアアアアアアッ!!」」」


 私はまたまた逃げる。


「「「ガルアアアアアアッ!!」」」


 私はまたまたまた逃げる。


「「「ガルアアアアアアッ!!」」」


 私は「「「ガルアアアアアアッ!!」」」私は「「「ガルアアアアアアッ!!」」」私は「「「ガルアアアアアアッ!!」」」私は「「「ガルアアアアアアッ!!」」」私は「「「ガルアアアアアアッ!!」」」私は「「「ガルアアアアアアッ!!」」」私は「「「ガルアアアアアアッ!!」」」私は「「「ガルアアアアアアッ!!」」」



 ずっと逃げることしかできないんですけどっ!!



 【コメント】

 ・俺達は何を見せられているんだww

 ・追いかけっこの無限ループ

 ・映像ばぐった!?

 ・wwwwwwwwwwwwwww

 ・笑っちゃいかんけど草草の草

 ・コントかwww

 ・大草原にもほどがある

 ・魔法おおおお!でも狭いからなぁ、そこ



 うう。視聴者のみなさんに笑われている。

 星波ちゃんもくすくすと笑っていた。


 でも分かる。

 この状態は傍から見たら面白い。あまりにも滑稽すぎる。


「み、みなさんすぃませんっ。に、逃げても追いつかれてどぅにもならない状態です。そ、そうなんぇすよね、ここ――」


「「「ガルアアアアアアッ!!」」」


 私はまた(以下略)逃げる。


「狭ぃんです。だ、だからなんぇすけど、魔法を唱える余裕もなくて……っ」


 焦る私。

 

 ケルベロス戦ほどの広大さがないこの場所は、逃げたあとの余裕がない。

 だからすぐに、足の速いボアウルフに追いつかれる。

 よって落ち着いて魔法を唱えている時間もなくて――、


 いや、


 私今、逃げながらしゃべっていた。

 だったら――


 

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