第26話 事務所から私へのプレゼント。こ、これは――!!
お腹いっぱいで座りたい私は、コーラを持って広場の端の岩に座る。
するとそこに星波ちゃんがやってきた。
「どう、楽しんでる?」
「はい、とても。お肉もおぃしいし、みんなもいい人だし、潜姫ネクストのメンバーにもなりましたし、なんかその夢のよぅです」
「夢じゃないよ」
「え?」
「よっつに起きていることは全て現実。私の手もほら……」
星波ちゃんが私の手を取り、両手で握りしめた。
「温かいでしょ?」
何度目かの星波ちゃんの手。
私の手も小さいけれど、星波ちゃんの手も普通に女の子の手だ。
この手が
手の温かさがどんどん増していく。
恥ずかしさから私の体温が上がっているからだろう。
私は失礼のないように、そっと手を離した。
「そ、そぅですね」
「あまり気張らなくていいからね。ほかの大手事務所とは違って、うちはほら、社長があんなだし。個人勢ほどじゃないにしてもけっこう自由なところだから。って、よっつはそもそも個人の活動を縛られない特別枠だったっけ」
「は、はい。でも一応、潜姫ネクストの一員ですし、気張らなぃようにがんばりますッ」
「ぷっ、言ってるそばから気張ってる気がするんだけど」
「あ、あれ、そぅですかね、あはは」
「そういえば、ライブ配信の時間って14時10分だったよね?」
「はい、そぅです。その時間でまちがいありません」
歓迎会が楽しくて、何度かライブ配信のことを頭の隅に追いやってしまうことはあった。でも決して忘れないのは、私にとって何よりも大事なのが視聴者の皆さまだからだ。
ずっと――とはいっても2ヵ月とちょっとだったけど、ど底辺だった私。
いや、星波ちゃんと話せるようになって潜姫ネクストに所属するといっても、心はまだど底辺のままだ。
そんな私のために時間を割いてくれる視聴者の皆さん。
もうすぐ会えるんだと思うと、嬉しくなってきた。
「あと30分後だね。歓迎会ももう終わりっぽいし、丁度いいかもね」
「はい」
「台東Cのどこらへんを散歩する?」
「と、特に決めてなぃです。そもそも初めてのダンジョンですし、なのでこの広場に来るときに通ったところでいぃかなって」
「えー、どうせだったら、ももちんか鋳薔薇さんが即席で作ってくれたモンスターの墓場を通ってみない? リポップするまでそのままだしさ。面白い配信になると思う」
ん?
「そ、そぅですかね。血の臭いでまた吐かなきゃいぃですけど、ちょっと面白そうかもです。視聴者の皆さんがびっくりしそぅですけど」
「かもね。でもあまり見れない光景だと思うし、みんな喜ぶんじゃないかな。私だったら、よっつがモンスターの血で滑って転ぶの期待しちゃうな。私も一緒にすべっちゃったりして」
んんっ??
「そ、そんなこと言われたら滑らなぃように気を付けちゃぃますよ。そぉっとそぉっと歩いちゃって」
「そこはわざと滑ればいいんじゃない? やらせっぽさを出さないように。大丈夫、よっつが滑ったら私が支えてあげるから」
ちょっと待って!!?
「あ、あのっ!!」
「なに?」
「な、なんか今の会話だと、まるで星波ちゃんまで私と一緒に散歩するみたぃなんですけど??」
「うん。そのつもり。コラボしよっ? 同じ潜姫ネクストのメンバーなんだし、いいよね?」
えええええええええええええっ!!?
「コ、コココ、コラボですかっ!? 私と??」
「うん。……だめ?」
「い、いや――」
「そっか、やっぱり嫌だよね。視聴者はよっ散歩を楽しみにしてるんだもんね。私みたいなバトルしか能のない女が、よっちゃんの横に並んで散歩していいわけないよね。ごめんね」
卑下して悲しい顔を浮かべる星波ちゃん。
彼女の頭上に暗雲のエフェクトすら見えた。
〝いや――〟のあとが、あるんですけどっ!
「そ、そんなこと言わなぃでくださいっ。一緒に散歩しましょうっ。びっくりしましたけど、断るわけなぃじゃないですか。視聴者のみなさんだって星波ちゃんが出るってなったら喜ぶと思ぃますよ。だから私からもお願ぃしますっ」
「良かった。ずうずうしい女だなって嫌われたらどうしようかと思った」
「嫌いませんっ! ……じゃぁ、挨拶して少し話したら視聴者の皆さんに紹介しますね。びっくりするだろぅなぁ、みんな」
私が潜姫ネクストの事務所に入ることは、視聴者の皆さんに報告した。
でもいきなり、事務所のスターである星波ちゃんとのコラボは想像していないんじゃないかと思う。
星波ちゃんとコラボ……。
まさかの実現に今頃、体が感動に打ち震えた。
◇
「というわけで、期待のルーキーにプレゼントがある」
ボアウルフの肉も全て平らげて、バーベキューセットも片づけたところで、一番合戦さんがアフロから箱を取り出した。
縦横30センチ、高さ20センチくらいの箱だ。
ちなみに誰も〝アフロから物を取り出す行為〟に突っ込まない。
そういうものなのだと、私も改めて理解した。
「プレゼント、ですか? なんですか?」
「開けてごらん。……くくく」
今のかみ殺したような笑いは何っ!?
絶対、私をビビらせるとんでもない何かが入っているに違いない。
だとしたら笑っちゃダメだと思うんだけど……。
警戒しちゃうじゃん。
私は戦々恐々としながら、それでいてビビる用意をしつつ、ゆっくりと箱の蓋を開けた。
ドローンが入っていた。
「え……っ、も、もしかしてこのドローンを私にくれるんですかっ?」
「ああ。さすがにうちの事務所に入ったからにはスマホでの配信なんてさせないよ。そのドローンは先日まで星波が使っていたやつなんだけど、能力的には充分すぎるほどだ。ちなみに型落ちとはいえ普通に購入したら500万はする」
500万ッ!!
台東C3時間貸切りの半分っ!
「い、いいんですかっ! 正式なメンバーでもないのにそんな高価なもの!?」
「ああ、売るよりかは超期待のルーキー様に使ってもらったほうがいいからね」
なんかものすごいプレッシャーを掛けられた気がする。
でもこれは本当に嬉しい。
500万円という高価なドローンだからというのもある。
だけどそれ以上に、星波ちゃんが先日まで使っていたというのがもっと嬉しくて――。
私は星波ちゃんを見る。
「良かったね、よっつ」
満面の笑みの星波ちゃん。
「はいっ」
ところで、一番合戦さんのかみ殺した笑いの意味は結局分からなかった。
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