第24話 歩くスプラッタ、ももちん――鉞もももさん。
ダンジョンを進んでいく私と星波ちゃん。
どこを歩いていても本当に人がいない。
疑っていたわけじゃないけど、貸し切りというのは本当だったらしい。
ということは、もしもここで何者かにあったらそれはモンスターかもしれない。
突き当りを右に曲がると、少し長めの直進に出た。
地上のダンジョンとはいえ、そのほとんどの場所には岩の天井がある。
よってこの直進も天井によって陽光の一切が遮断され、霊光石の頼りない明りだけが――
その直進の途中に何かがいた。
暗がりの中、私は目を凝らす。
異様に大きく角張った頭の二足歩行の何か。
その造形は明らかに人間ではない。
よく見ると全身が血だらけで、ここまで鉄錆の臭いが漂ってきそうである。
「ひっ、モンスターっ!?」
私は身を縮こまらせて、星波ちゃんのそばに寄った。
「よっつ、私の後ろへ。あれは……ヤバいモノだ」
「え?」
虹潜章持ちの鳳条星波様に〝やばい奴〟と言わしめるモンスターらしい。
でもここはクラスCダンジョン。
先日、私は所沢Dでケルベロスと遭遇したけれど、あれは隠された未踏の領域だったからこそ。
でもここは何の変哲もない直進。
一体どういうことなの……?
「ミツケタァァ」
――っ!?
モンスターが喋った。
人間の言葉をはっきりと。
通常、モンスターは人間の言葉を話せない。
話せるのはレベル800を超えた、人間に肉薄する知性を兼ね備えたモンスターだけだと言われている。だからレベル450のケルベロスでさえ話せなかった。
そんな強敵がなんで……っ!!?
「ミィツゥケェタァァァァァァッ!!」
モンスターが猛ダッシュで近づいてくる。
かなり早い――。
と思った瞬間には、私と星波ちゃんの前に来ていた。
「ひいいいいいいいいいいいっ!!」
「オソカッタナァ、セナァァ」
……ん?
おそかったな、せな。
遅かったな、星波。
私は恐る恐る顔を上げてそこにいるはずのモンスターに視線をやる。
血だらけの小柄な人間が立っていた。
頭だと思っていたのは巨大な斧の刃であり、柄を地面にして立てていたからそう見えていただけだったらしい。
そして私はこのモンスター、ではなくダンチューバーを知っていた。
「ちょっと、ももちゃん、血が飛んできたー。よっつ、後ろにやっといてよかった」
ボストンバッグを前にして血を防いでいたらしい、星波ちゃん。
「ごめんごめん、星波が遅いからちょっとモンスター狩っててさ、40体くらい。にゃはは」
鉞もももさんが笑いながらそんなことを言う。
全身の血は全て、倒したモンスターの返り血のようだ。
そうだ。これは
両刃の斧であるラブランデスで切り刻まれたモンスターは、血をまき散らせながら空を舞う。その血を全身で浴びて恍惚の表情を浮かべる鉞さんは、ファンの間では〝
この姿を生で見たのは初めてだけど、スプラッタ映画顔負けのすさまじい光景だ。
星波ちゃんが、〝やばいモノ〟と言ったのも頷けた。
ところで鉞さんの着用している武具は、赤を基調としたゴシック・アンド・ロリータ風である。
まるで地下アイドルだったころと同じような恰好だけど、よくそんな武具を見つけたなというのが率直な感想だった。
それにしても臭いがすごい。
吐いてもいいですか?
「あっ、そこにいるのがもしかして新入りの湊本さん?」
私に気づいた鉞さんが目の前に立つ。
「は、はい。新しく潜姫ネクストに所属することぃなりました、おぇ……湊本四葉です。これからよろしくお願ぃします、鉞さん」
「鉞さんじゃなくて、ももちんでいいよ。こちらこそよろしくな、えっと、四葉っ」
めちゃんこ素敵な笑顔なのに返り血がすごい。
差し出してくる手は幸いにも血が付いていない。
でも、もう限界。
私はそのちんまい手を握ると、我慢できなくて盛大に吐いた。
◇
星波ちゃんがエステ蝶の鱗粉をももちんさんに振りかける。
エステ蝶の鱗粉には消臭の効果があり、その効力は市販の消臭剤の100倍あるらしい。
確かにとなりに座っているももちんさんからは、すでに血の臭いがしなくなっていた。全身血だらけはそのまんまだけど。
よくその状態のままでいれますね……。
「もう、ちゃんと自分で振りかけておいてよね。私はともかくよっつはまだ臭いへの耐性ないんだから」
「ごめーん。すき間時間にモンスター狩ってたから忘れちゃった。てへ。ごめんな、四葉」
「い、ぃえ。ちょっとびっくりしましたけど、今はもぅ平気です」
それにしても、私と星波ちゃんを待っている間にもモンスター狩り。
戦闘中毒者なのは知っていたけれど、予想以上だった。
ところで今、私達は集合場所である開けた場所にいた。
頭上には晴れ晴れとした青天井。
陽光が照らす地面には雑草に交じって花も咲いていて、ダンジョンらしからぬ気持ちのよさだ。
ダンジョンといえば地下迷宮だけど、こんなダンジョンも悪くない。
その広場の中央には、バーベキューのセット。
さきから一番合戦さんが何やら準備をしている。
先日同様にピンクのジャージを着用している金髪アフロの一番合戦さん。
その一番合戦さんが、何かを探してきょろきょろとしている。
すると何かのありかに気づいたのか、手をポンと叩くとその手をアフロの中に突っ込んだ。
アフロの中から焼肉のたれが出てきた。
そこ!?
ところで愛染鋳薔薇さんはどこにいるのだろうか?
それを大の字になって寝転んでいる血だらけのトップダンチューバーに聞くと、
「姐さんなら食材を取りに行ってるぞ。もうそろそろ戻ってくるんじゃないかなー」
「食材ですか? ダンジョンで食材って……」
私はそこで先ほどのバーベキューセットを見る。
そこに野菜はあっても肉はない。
もしかして――。
「モ、モンスターのお肉、ですかっ??」
「あったりまえじゃんっ。ここに出没するボアウルフのお肉ってすごい美味しんだよっ。姐さん早く戻ってこないかなぁ。お腹空いちゃった」
ぐるるるるるぅ。
とお腹を鳴らすももちんさん。
今のを聞くに、ももちんさんが暇つぶしに切り刻んだ40体のモンスターは多分違うのだろう。
それにしてもモンスターのお肉を食べることになるなんて――。
そんな。
そんな。
そんな。
そんな素敵な体験ができるなんてっ!
ああ、早く食べてみたーい。
私のお腹も、過去一最大の音量を奏でる。
モンスターの肉は高級且つ美味であるのは誰もが知るところだった。
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