第23話 星波ちゃんって呼ぶとか無理ゲーなんですが!?
台東Cダンジョンにはバスで20分で着いた。
東京23区には全部で18のダンジョンがあるのだけれど、台東Cは地上のダンジョンだ。
小さな山のようでもあり、はたまた遺跡のようでもある台東C。
上のほうには元々、そこにあった家屋の残骸などが残ったままになっている。
残酷で荘厳で圧倒的な光景。
いい悪いかは別として、地上のダンジョンにはその外観だけで人を引き付ける魅力がある。
ダンジョンを写真に収める人達。
いわゆる〝撮りダン〟が集まるのも、圧倒的に地上のダンジョンが多かった。
台東Cの入口前の広場に人が集まっている。
何をしているのだろうか――。
あ、事務所が貸し切りしているから入れないのかな。
「ギルドのホームページで、この時間は入れないってアナウンスがあったんだけどね。ということはホームページを確認していないか、あるいは潜姫ネクストが貸し切りしていることをどこかで知ったか、だね」
すると、星波様がサングラスを取る。
あ、来たわよ、星波様っ。
姐さんとももちんもいたから、来ると思っていた!
星波さまああああっ、こっち向いてっ!
きゃあああっ、今、目が合ったわ、私と目が合ったわぁぁぁっ!
せなさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
ところで星波様の横にいる子は何者?
舌足らずのあの子じゃない? えっと……よっちん??
そういえば潜姫ネクストのホームページに、大型新人加入ってあったな。黒いシルエットで分からなかったけど。
それがあの子なのか? 誰?
あれ? なんかよっちゃんぽい。
星波様への黄色い声とは別に、私についての話もちらほらと聞こえてくる。
でも私のことを知らない人が大半のようだ。
それもそうだろう。
いくら私の〝エンドラさん動画〟がバズったといっても、つい最近のことだ。
それまでチャンネル登録者数17人だった私の知名度が高いわけがない。
「諸君、おはよう。今日は我々、潜姫ネクストが3時間だけ台東Cを貸し切っている。台東Cに入りたい諸君には本当に申し訳ないと思っている。すまない」
星波様が頭を下げる。
同時に沸き起こる、気にしていないから顔を上げての声、声、声。
誰からも帰れコールは起きなかった。
星波様はみんなから愛されているんだなぁと実感して、私まで嬉しくなるのだった。
その星波ちゃんが潜章カードをゲートにかざして先に進んでいく。
「あっ」
そこで私は大変なことに気づいた。
私は
つまりクラスCである台東Cには入ダンできない。
「どうかした? 早く入ってきなよ」
「わ、私、鉄潜章なんで入れなぃと思います……」
「あ、そんなこと。今は貸し切りだから潜章カードの種類に関係なく入れるよ。そもそも同伴者が銅以上の潜章なら入れるし、更に言えばよっつはもう鉄潜章じゃないと思う」
え? 私が鉄潜章ではない――?
「そ、そぅなんですか? でもなんで……?」
「所沢Dでケルベロスを倒しているから。条件は色々あるけど、レベル450のケルベロスを倒した実績は間違いなくランク上昇に寄与していると思う。だから少なくとも銅潜章にはなっているんじゃないかな。あとでギルドアプリの個人データを更新してみれば」
「は、はいっ」
私は個人データの更新を楽しみにしながら、ゲートを通るのだった。
◇
入口に集まる人達に何度も振り返っては手を振る星波様。
手を振っているだけなのに優雅で、それは正しく私が知っている星波様そのものだった。
「星波さんはサービス精神旺盛ですね。とても素敵です」
「ファンがいなければ私はただの女の子。ファンがいるからこそ私は鳳条星波として存在できる。いつもそういった気持ちでいるから。それにファンのおかげで――」
星波様が私の耳元に口を寄せる。
「ヘリも買えるし執事も雇える」
「ほわっ!?」
吐息がくすぐったくて変な声がでた。
鳥肌もぶわっとでた。
「ふふふ、なにその声。面白ーい。今のは冗談として……ねえ、よっつ」
「は、はぃ?」
まだ、鳥肌が収まらない。
星波様が近すぎてびっくりしたというのもあったから。
「星波さんとか止めてよ。星波ちゃんって呼んでっていったじゃん」
う、なんとなく言われると思った。
でも……
「そ、それはちょっと、無理ゲーと言ぃますか……」
「なにが無理なの? だいたいゲームじゃないし。ねえ、社長に聞いたけどよっつは16歳だよね。誕生日はいつ?」
「10月22日です」
「私は17歳だけど、誕生日は6月2日。ってことは同い年だよね。だったら尚更、さん付けされるのはいや。だから星波ちゃん、あるいは星波でもいいかな。そう呼んで。はい、どうぞ」
同い年だということは知っていた。
でも憧れるダンチューバーであり、その道の先輩であり、虹潜章持ちのダンジョンシーカーである星波様を友達かのように呼ぶなんて――。
「や、やっぱりそれはぁ……」
「星波ちゃんって言わないとここから一歩も動かない」
ふくれっ面でそんなことを言う星波様。
決して私から目を逸らさない、彼女。
目力による圧がすごい。大気がゆらめくエフェクトさえ見えた。
そんなに言ってほしいんですかっ??
言わないとこのままの状態で一日が終わりそうだ。
〝星波〟と呼ぶよりかは、はるかに難易度は低いだろう。
なんかうまく誘導されたような気がするけれど、私は素直に屈することにした。
「星……波……ちゃん」
「え? 小さくて聞こえない」
「星波、ちゃん」
「もっとはっきり言ってっ」
「星波ちゃんっっ!」
星波ちゃん――
……波ちゃん――
…………ちゃん――
…………………ん――
山もないのに、山びこのように反響する声。
言ってしまった。
本人の目の前で。
アニメなら今、私の顔には湯気のエフェクトが乗っているはずだ。
「うん、ちゃんと聞こえた。これからはずっと星波ちゃんでよろしくね」
「は、はぃ、分かりました」
「ほんと言うと、その敬語もどうかなって思うんだけど……」
「み、みなさんとの待ち合わせ場所はどこぇすかっ? 早く会ぃたいなぁ、愛染さんや鉞さんに」
さすがに星波ちゃん相手にため口は使いたくない。
いくらなんでも早すぎるし、ずっと敬語でいい。
その一線だけは超えたくなくて、私は慌てて話を逸らした。
「少し進んだところに、入口の広場くらいに開放的な場所があるの。みんなはそこにいるはずだよ」
「じ、じゃぁ、早く行きましょうっ。いくら私の歓迎会だからって、待たせてしまぅのはよくなぃですからねっ」
ため口を求められる前に、私はダンジョンを走って星波ちゃんから離れる。
「あ、そこ段差」
「え? きゃっ」
私は足を踏み外して、盛大にコケた。
「ちょっと大丈夫っ? もうなんでいきなり走るのよ。ほら、手」
でも――、
「ううう、あ、ありがとぅございます。星波ちゃん」
「うん」
いつか、そういう関係になれたらなって思ってる私もいた。
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